第4話 総攻撃

 鳥がさえずりだすよりも早く彼らは進発した。地鳴りの如き足音を響かせて、隊列を組む。朝日に照らされた満艦飾を思わせる軍旗の群れは、市街地のパレードであれば人々を沸かせただろう。だが、観客の代わりにそれを見下ろすのは彼らにとっては倒すべき敵であり、絶望的な戦力差を頑強に跳ね除けた強者たちだ。


「昨日の今日でこれですか。少しは休ませてほしいものですね」


「全くだ、昨日より忙しくなると思うが頼むよマティアスさん」


 ヴァレリーがマティアスの肩を叩くと、少し周りを見回しながら小声でマティアスが答える。


「やめてくださいよ司令閣下、兵に聞かれたらどうするんです?」


「ペドロ流の緊張のほぐし方だと聞いたが違ったか?」


 それを聞いてマティアスが頭を片手で頭を抱える仕草を取ると、他の者にはしないように釘を刺す。今まで傭兵として戦ってきた彼からすれば、ヴァレリーのように若い指揮官は珍しくはない。大貴族が嫡男に箔をつけるためと、戦のいの字も知らない若様につけられたことは何度もあるが、彼の前に居る司令官はそれらと同じ年頃ながら全く違う雰囲気があり、能力も十二分にある。

 それは先日の戦闘で既に示されたし、野盗と化した元傭兵達を正規兵として組み込んだ手腕も含め疑う余地はないが、若さの分世間知らずである事に一抹の不安を加えた。名将の器だがそれはひどく脆いバランスの上に成り立っているように彼には感じる。


「街道側の様子は?」


「歩兵の展開は終わっています。後は砲を陣地へ据え付けるだけです」


「夜通しの作業でみんな睡眠不足だ、早くに終わらせたいものだな」


「いえいえ、三日三晩まともに寝られないことなんて戦ではよくあることです。っと、二度とごめんですがね」


 本当にそんな戦場へ駆り出されるのは是が非でも辞退したいと、うっかり口を滑らせたマティアスが慌てて訂正する。そんなやり取りをする二人に兵が駆け寄る。


「敵先鋒、カノンの射程に入りました」


 ヴァレリーが要塞壁上の全砲に対して撃ち方始めを下令すると、砲兵達はせわしなく砲弾を装填し始めた。程なくして、第二戦の号砲がすべての敵味方の耳を打ち、これを知らせた。


「始まりやがった。準備の方はどうだ?」


「最後の一門がもうじき完了でさぁ傭兵隊長シェフ殿」


 よし、とペドロが一言返した後迫る大軍の方を見る。壁の上と異なり、彼方の敵は見えない。弾着による土煙が、ただその存在を彼らに知らせる。ペドロ達は簡素な壕に障害物を設置した急造の陣地からただそれを眺めていた。

 予備の砲と使用されていない東と北側の一部の砲を下ろして作られた砲兵陣地と増設したバリケードとまばらに掘られた壕が彼らの命を守る城だ。

 堅牢な要塞の代わりに土嚢と簡素な馬防柵が彼らを守る胸壁となった。これらを各旅団・連隊から抽出された2,000が守る。これは彼らの総兵力の1/5であり、臨時の指揮官として旅団長であるペドロがこの指揮に当たる。


 もともとの彼の麾下にあった兵はその一部がマティアス麾下の旅団へ、余った隊は大隊規模で連携し、戦闘を行うこととなる。

 通常であればこのような急な編成変更は指揮官たちの混乱をもたらし、連携に支障を来すが今回に限っては要塞を主軸とした防衛戦であることに変わりは無く、籠城戦力への影響はほぼないと言っていい。


 要塞外で待機する臨時連隊はペドロ直轄の本部二個中隊を中心に、精鋭である擲弾兵グラナディーロや独立して戦闘を行う猟兵カサドールが組み込まれているため直轄中隊以外はそれぞれ中小隊指揮官の裁量に任せることとした。


「歩兵隊の配置も完了しております隊長」


「よし、じゃあ後は接敵するまでゆっくりしてな」


 砲がうなりを上げ白煙を吐くたび、貴族連合軍の兵は土と血の花を巻き上げる。それは轟音を放つ側の意図しない場所でだ。


「もっとしっかり狙え、外してばかりだぞ」


 砲兵指揮官が兵を叱咤するが、彼らが放つ砲弾は貴族連合軍の本隊を捉えることは出来ない。本隊を襲うはずだった鉄の固まりは魔術に阻まれ、発射されたときのランダムスピンに従って、時に側衛を襲い、時に山肌へと吸い込まれていった。


「銃砲が流行らない理由がこれか……」


 ヴァレリーが未だ無傷の敵中央を見ながらつぶやく。銃も砲も飛び道具である以上は防御の魔術の影響を受ける。それは魔術師が意図した場所に見えない鉄傘を開くようなもので、時には投石であっても貫くことがある。

 だが、魔術師の集中運用による防御は投石よりも遥かに威力のある砲弾ですら弾く事ができるということは、実験によって既に知られていたことだ。


 ならば魔術切れを待つという選択肢もあるが、彼らが魔力を消費するのは飛来物が到達しその機能を果たす瞬間のみであるため、計算上ではあと1,000発の砲弾を用いても不可能なことだった。


「いかがなさいますか?閣下」


 横で戦況を共に見守るホルベルトがヴァレリーに問う。このままではただ無駄に砲弾を消費するだけとなる。巻き添えを食っている側衛達は捨て石であろうことは彼も理解していた。


「中央へ砲撃している砲は側衛に照準を変更させろ。あと砲兵達にはアレの用意をさせておけ」


 伝令兵達が走る。未だ射程外である歩兵達はその様子をただ見守るほかなかった。


 大地には前日の戦闘で斃れた彼らの友軍たちが未だその屍を晒したままで、新兵達は多少たじろぎはしたものの、古兵ふるつわもの達はそれらを踏みつけながら歩を進める。彼らのすぐ隣といっていい距離では、壁上から放たれた金属の塊が彼らの同僚の体を吹き飛ばしていた。

 砲撃の猛威にさらされながらも進まなければならないのは、至近に魔術師を伴った騎兵たちが進め進めと威勢よく掛け声を上げ督戦しているためだ。


「あまり見るなよジョアン。新兵には目に毒だ、魔術師の傘に入れてもらえたんだ。俺たちはああはならねぇよ」


 そう声をかけられた新兵の一人は、足元に不快な感覚を覚えて下を見る。前日の戦闘に参加していた同僚だったモノの腕を踏んだからだ。小さく悲鳴を上げるが、この稼業で一旗上げると両親に大見得を切ってしまった以上はそれらを乗り越えて進まねばならぬと、ジョアンはまだその重量に慣れぬ鎧と槍を携えて体を前へと進めてゆく。彼の目の前で、炎の尾を引いたはじけ空中を赤く染めたのは決意を新たにした直後だった。


 ムラーノ伯爵の命脈を断ったそれは、防御の魔術でカバーしきれなかった箇所にいた幸運に恵まれなかった兵達のごく一部を焼くにとどまった。空中で燃え続けるそれは、普段見ることが出来ない防御魔術の領域を彼らに見せつけたが、魔術に挟まれ酸素を喪った炎が消えると共に、姿を消す。


「うわっ、なんだ」


 それが消えた後には燃え残りが、ジョアン達へと降り注ぐ。まだほのかに熱を持つそれは蛭のようにジョアンたちの体へまとわりついた。それでも彼らは歩みを止めず、遥か遠くに見たかの城壁は間近に迫ってきた。


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