第5話 女神の仕事
「魔術師隊は何処だ。どの辺りにいる?」
わざわざ壁上まで様子を見に来た砲兵旅団長のマルティネスがイライラしげに魔術師達に問う。彼らが十全の仕事を果たすためには魔術師の排除が最優先だ。
既に彼らの最先鋒は榴弾砲の射程へと入りながらも行進を続けている。先程試しに撃った
「そう言われましても少将、我々もこの距離では探知が難しいのです。先程の砲弾をもういくらか撃っていただければ逆探も捗るのですが」
「何だ、そんなことでいいのか? それを早く言ってくれ」
少々そそっかしい彼はそのまま壁を降りることなく要塞内の部下へと大声を張り上げる。
「3番から9番装填! 弾種
同時に撃て」
赤い炎の尾を引いて、7発の砲弾が空中を舞う。死を招く火炎は彼らを包む前に空中で押し止められ、その熱を失う。宙で燃える灼熱が、彼らを衛る壁の存在を示す間に、魔術師達がその障壁の力の根源をたどる。
その位置を知らせる声に、マルティネスは予め用意していた鉤縄を使い、要塞内へと飛び降り、砲兵達に指示を飛ばす。弾薬箱に腰掛けていた砲手たちがせわしなく、砲口掃除を始め、しばらくの後に白煙を上げ始める。
その頃壁城壁を我が物とせんと進んできた兵たちは、城壁まであと200mというところに至ると、先鋒が二手に別れ始めた。魔術師の傘からは離れることとなるが、壁上の砲は俯角を取れずそのまま彼らを素通りさせる。
ペドロ達門外待機の兵たちにそのことが伝えられた時、砲兵たちが放った第一射が空中に白い花を咲かせ、高速で飛来する矢玉でも、身を焼く炎でも無いそれらは防御の魔術に阻まれることは無く、貴族連合軍側の魔術師達を白煙の中へと閉じ込める。
「ドンピシャだ。どんどん撃て」
観測員からの報告を受けたマルティネスが嬉々として砲撃を継続するように指示を出す。そうする間にも彼らは迫り続け、ついに銃の射程に入り始めた。
「斉射三回! 以降は任意射撃。
壁上からの射撃が始まり、砲弾をも弾く魔術の保護を受けた彼らはそれをものともせず突き進む。地に倒れ伏すのはその保護を受けられない側衞と街道へと突き進む別働隊ばかりだ。
程なくして、臼砲達もその砲火を上げ始めた。銃弾から衞られた彼らは、西門とその周囲に殺到し、ハシゴをもった兵が壁に取り付こうと全力で駈ける。白煙の合間からは人波の中に破城槌が見え、西門を破らんとしていた。
「門へ近づけさせるな! 破城槌を持っている連中を狙え」
マティアスが悲鳴とも怒号ともつかぬ声で叫ぶと、西門近辺の射手たちが迎え撃つ。10発、20発と放たれる鉛の雨も、傘がある彼らにとっては小気味よい歓声だ。一部の運の悪いもの達を除いて城門まであと10mの地点にまで至った時、破城槌の持ち手が一斉に倒れ始める。それは魔術師たちが防御の魔術を行使しなくなった事を意味していた。
「どうなっている、飛び道具は通じないんじゃなかったのか」
「知るか馬鹿野郎! こうなったら突っ込むしか無い。そのまま行け! ハシゴもだ」
混乱する西門前の兵士たちに更に追い打ちをかけるべく、大隊長のロペスが擲弾銃中隊に破城槌への射撃命令を出す。構え、狙え、撃ての三拍子揃った中隊長の号令に従って放たれたそれはただの鉛ではなく攻城兵たちの足元へと到達すると爆ぜ、破片の嵐が屍の山を築く。これで即死出来たものはまだ幸運なほうで、命をとりとめたものは後続に踏み、蹴られ悲惨な最期を遂げた。
第一波とは比べ物にならないほどの兵がハシゴを登り始め、城壁上は乱戦の様相を呈し始める。しかし、彼らの後続は臼砲から放たれた榴弾の雨に見舞われ剣を携えた勇者達は、銃剣をつけ槍と化した小銃を前に苦戦を強いられる。
強固な鎧を身にまとった彼らに守備兵達も銃剣では力不足を感じたが、至近からの銃撃によってひとり、また一人と壁上のシミとなった。斃れた体はそのまま投石代わりにと下にいる兵たちを押しつぶすのに使われた者も居る。
ハラード侯爵の全面攻勢における先鋒達は魔術師隊の掩護を受けられなくなった事による破綻を免れない状況となっていた。
「先鋒は何をしておる! 両翼は仕方ない。何故未だに門を破れておらぬのだ」
砲の届かぬ馬上でハラード侯爵は攻城戦を見て未だ自軍の旗が翻らぬどころか固く閉ざされた城門を見て苛立ちを隠そうとせずに言い放つ。本来であればとっくに西門を破り、内部へとなだれ込んでいる頃合いなのだ。
それどころか、魔術師に保護されているはずの中央すら敵の砲火にさらされ被害を受けているように見える。唯一の攻城兵器たる破城槌がその歩みを止めていることからも、魔術師達は与えられた仕事を全うしていない、侯爵はそう判断した。
「報告! 魔術師隊を中心に周辺の隊が行動不能状態に陥いっています」
中央に傘を広げていた魔術師達を中心とした一隊は予期せぬ惨状に見舞われていた。作戦は候の目論見通りに進み、身を焦がす火炎ですら防いだ彼らの力は今は最前線どころか自身らすら守ることができるものは稀である。
倒れた者は肌を灼かれ、その激痛に這いつくばるのは運が良い者で白煙の中心にいたものの殆どが、喉をかきむしり呼吸困難となって斃れていった。
ただの煙幕だと思われた要塞から放たれたモノの正体は生石灰。水分と反応し熱を発する物質だ。汗と反応し肌を灼き、吸い込めば肺や気管を傷つけ呼吸困難に陥らせ、目に入れば失明は免れない。
防御の魔術は矢や砲弾といった高速で飛来する対象や火炎や水といった物理的な危害を与えるものに対しては絶大な効果を示すが、舞い散る粒子を防ぐには適さない。
もしそれらを防ぐように術式を構築すれば、土煙が舞っただけであっという間に魔力を使い果たしてしまうだろう。
魔術師達の多くが砲兵たちが放った石灰弾により、魔術を行使することが出来ない状態に陥り、前線の兵たちは自身を守る傘を喪い、第二波の戦闘はハラード侯の目論見は外れ、数対火力の戦いとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます