6時間目 修学旅行 2

 放課後になった。

(花ノ宮、話したい事があるって言ってたけど、一体、何なんだろう?)

 花ノ宮が話したい事は俺には見当がつかなかったが、何となく嫌な予感がした。

「花ノ宮? 来たぞ」

「新垣先生、来てくださってありがとうございます」

「話ってなんだ?」

「わたくし⋯⋯⋯⋯修学旅行には行きませんわ」

「えっ⋯⋯!?」


 その瞬間、霧が晴れたように嫌な予感がしなくなった。

 嫌な予感は、この事だったのか。

「どうしてそんな事言うんだ?」

「⋯⋯わたくしは、ずっと1人でしたの。

 友達なんて一度もできた事がございません」

 花ノ宮は、ぽつりぽつりと語った。

「小学校とか、中学校の修学旅行はどうしてたんだ?」

「両方とも、行く前の話し合いから不参加でしたわ。修学旅行だけではなく、全ての行事で」

「じゃあ、何で今日は⋯⋯」

「お父様は花女の幼稚園から大学までの指導内容を全て把握しているのですが、今日は2-Aの時間割が1時間目だけ間違って伝わってしまったみたいで⋯⋯」

 伝達ミスか。

「⋯⋯花ノ宮、今から聞く事は答えたくなければ答えなくても構わない。友達が欲しいか?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯はい」

 沈黙の後、花ノ宮は涙をこぼしながら答えた。

「今からでも遅くない。やってみようじゃないか!」

「⋯⋯ありがとうございます」

 花ノ宮はまだ涙を流していた。


 次の日になった。

「花ノ宮、今日の目標は誰かに挨拶あいさつをする事だ!」

「挨拶なら、いつもしていますわよ」

「うん、それは知ってる。例えるなら『教室の皆』に挨拶をするんじゃなくて 『教室にいる誰か1人』に挨拶をする感じだ」

「分かりました。やってみますわ」

 そう言うと花ノ宮は教室へ入っていった。

 俺も少し間を空けて入る。

「お、おはようございます、南沢さん」

 花ノ宮は南沢に挨拶をした。

「沙羅から挨拶してくるなんて珍しいね〜!

 おはよ! 」

 少し驚きつつも、南沢は挨拶を返した。

「あ、あの、あの⋯⋯」

 花ノ宮が何か言おうとしている。

「何? 焦らなくていーよ」

「い、今からでも遅くなければ、わ、わたくしを、修学旅行の班に入れてくださいませんか!?」

 正直、今日は挨拶ができれば十分だと思っていたが、言った。花ノ宮が勇気を振り絞った。

「マジ!? うちの班人数足りなくてさ、嬉しい!!」

「ありがとうございます、南沢さん」

「あいらでいーよ。あ、鈴菜〜! うちらの班、沙羅入るって〜!」

「分かっ⋯⋯って、えぇ!?」

「そんなびっくりしなくていいじゃ〜ん」

「だって、あの花ノ宮さんがだよ!?」

「七草さん、よろしくお願いしますね」

 花ノ宮は七草に頭を下げた。

「そんな⋯⋯鈴菜でいいよ」

「それでは、あいらさん、鈴菜さん。改めてよろしくお願いします」

 再び、花ノ宮が頭を下げたその時、廊下で硬い靴音がした。

「あいらちゃん、誰か来てない?」

 それに七草が気づいた。

「あ、確かに」

 それからほどなくして、教室のドアが開いた。そこには、スーツを着た40代後半くらいの男が立っていた。


「こんにちは、新垣先生」

 男がにこやかに話しかけてきた。どこかで見た事がある気がするが、誰なのか思い出せない。

「お、お父様!! どうしてここに!?」

 花ノ宮がぎょっとした顔で男を見ている。

「お父様、って事は⋯⋯」

「理事長先生ですね」

 七草が説明してくれた。

「り、理事長、どうされましたか?」

「新垣先生、聞きましたよ。沙羅が修学旅行に行きたがっていると」

「は、はい。僕としては、沙羅さんを修学旅行に行かせてあげたいと思っています」

「存じておりますよ。ですが、沙羅を行かせる訳にはいきません」

「なぜですか?」

「⋯⋯⋯⋯花ノ宮の家を継ぐ者に、娯楽など必要ない、と言いたいのでしょう?」

花ノ宮が口を挟んだ。その目には怒りが宿っていた。

「そういう事です。行くよ、沙羅」

 理事長は花ノ宮を連れて行こうとする。

「花ノ宮!」

 俺は叫んだが、

「いいんです、新垣先生。お父様に背いた私が悪いのですから」

 花ノ宮は全てを諦めたような目をしていた。

 突きつけられた理不尽に抵抗もせず、まるで処刑台に登る囚人のようだった。

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