8時間目 修学旅行 4

 それは、俺が残業をしていた時の事だった。

 電話が鳴ったのだ。

「花ノ宮女子高等学校の新垣です」

「先生! 沙羅です! 助けてください!」

 電話の相手は花ノ宮で、緊迫した声だった。

「どうした!?」

「お、お父様に⋯⋯居場所がバレてしまいましたの!」

「今、どこでどうしてる!?」

「おじいさまの家の物置部屋に隠れていますわ!」

「分かった、今から行く!」

 それだけ言うと、俺は電話を叩き切って学校を飛び出し、車に飛び乗った。

(俺が行くまで見つかるなよ、花ノ宮!)

 はやる気持ちを抑えて、俺はカーナビに住所を打ち込む。

 花ノ宮からおじいさんの家の住所を聞いておいてよかったと、心から思った。


 花ノ宮の家出先に着いた。

 そこは、漫画に出てくる金持ちが住んでいるような屋敷だった。

 もんの横につけられたインターフォンを押すと、

「はい」

 年を取った男の声がした。

「花ノ宮女子高校の新垣です」

 と答えると、

「お入りください。玄関の鍵は開けてあります」

 という返事と同時に門扉が開いた。

 よし、行くぞ。

 俺は花ノ宮邸に足を踏み入れた。

 玄関まで行くだけでも、5分ほど歩いた。

 玄関の鍵は、言葉の通り開けてあった。


 開けると、

「ようこそお越しくださいました、新垣様。わたくし、執事のづきと申します」

 香月という執事が出迎えてくれた。

「沙羅さんは、どちらにいらっしゃいますか?」

 物置部屋に隠れて電話をしていたが、大丈夫だろうか。

「お嬢様は旦那様の書斎にいらっしゃいますので、ご案内いたします」

 見つかってしまったのか。急がなければ。

 俺は執事に案内されて書斎へ向かう。

「そういえば、お嬢様からあなたの事を伺っておりました。とてもい先生だ、とおっしゃっていましたよ」

「そうですか」

 初めていい先生だと言われて、何だか泣きそうになった。

「こちらです」

 1つのドアの前で執事が足を止め、ドアをノックした。

「お嬢様、新垣様がお越しです」

 執事がドアの向こうに呼びかけると、

「お通しして」

 すぐに花ノ宮の声が返ってきた。

「どうぞ」

 執事がドアを開ける。

 そこには花ノ宮と理事長が向かい合って座っていた。

「先生⋯⋯!」

「やれやれ、私が探している間に助けを呼んでいるとは。あなどれない子だ」

 理事長は大げさに肩をすくめてみせた。

「理事長」

「何ですか」

「⋯⋯沙羅さんは1人の人間です。もう親の思い通りにできるような年齢ではないです」

「そうじゃ、わしもそう思う」

 いきなり、声がした。

 声がした方を振り返ると、高そうな着物を着た年配の男が立っていた。


「お、おじいさま!」

「新垣先生、初めまして。沙羅の祖父の花ノ宮せいじゅうろうです。すまんが、話は全て聞かせてもらった。あきひこ、お前のその癖は直らなかったようじゃな」

 彰彦――理事長の事か。

「でも、修学旅行ごとき行かなくても⋯⋯」

「黙れ! 子供の気持ちを尊重しない親がいるか!」

「修学旅行に行けなかった思い出と、修学旅行は楽しかったという思い出。どうせ思い出を残すなら、僕は楽しい思い出を沙羅さんに残してあげたいです」

よう。それにこれは、沙羅が初めて言ったわがままだ。叶えようではないか!」

「それじゃ、おじいさま⋯⋯!」

 花ノ宮の顔がぱぁっと明るくなった。

「あぁ、修学旅行にはわしが行かせる。

 それに、帰りたくなければもう家に帰らなくていい」

「ありがとうございます、おじいさま!」

 花ノ宮は今にも踊り出しそうなほど、嬉しそうだった。

「⋯⋯どうやら、沙羅むすめの成長に私は気がつけていなかったようですね」

 それだけ言って、理事長は部屋を出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る