ep10:ロマン

 鈴木が悲しみながら帰った後、少々久しぶりに同好会に顔を出そうと思って活動室に向かう。何しろ前にトイドローン飛ばした時以来来ていないのである。色々忙しかったからね、しょうがないね。


 活動室は本校舎内ではないのだが、この学校は18時に本校舎が閉じられてしまう。18時を過ぎると、無事に上履きのまま外に締め出しというわけだ。


 それは嫌なので、一応靴に履き替えようと思って玄関に向かう。流石に18時以降にはならんと思うが、一応ね。


 と、玄関に着いたところでちょうど顧問が通りかかった。


 この顧問は悪い人ではないが、いちいち話が長いのでちょっと苦手だ。ここで話しかけられても嫌だし、挨拶してさっと外に出ようとしたが、


 「おおそうだ、小畑お前ArdunPilot今日やって欲しいんだけど、大丈夫かい?」


 と声をかけられた。ジーザス。


 「え、どゆことですか?」

 「今週太田いないからさ、あのデカい機体の調整お前にやってもらおうかと思って。ほら、来週の市のイベントで飛ばすだろ?」


 とのことだ。うせやろ、まさか本当に18時過ぎてしまうかもしれないのか。


 顧問が言っていたデカい機体というのは、ペラが6つあるヘキサコプターだ。特にキャノピーもなく、フレームや基板・FCはモロ出し状態である。流石に基板や導線がつながる部分はスパイラルチューブなどでまとめてあるが、見た目は完全に業務用のそれといったところだろうか。


 こいつの調整をしなければならいと思うと憂鬱になってくる。しかし頼まれてしまったものは仕方ない。適当に了承してからケーブルを取りに戻り、再び活動室に向かう。あんなことを言ってたんだし、部屋に機体はあるはずだ。


 今教室から持ってきたこのケーブルはUSB Micro Bだが、これはPCとFCを繋ぐのに使う。Type Cだったらもう少し汎用性が高かったんだろうが、このFCが発売された当時はType Cなんてなかったからしょうがない。


 しかし、USBの端子の多さには本当に辟易する。Type Bなんか学校の実習でしか見たことがない。もっと言うと、USB3.0のType BとMicro Bは実習ですら見たことがない。


 USBへの不満を内心でぶちまけて1人怒っていたら、活動室に着いていた。傍から見ると相当変な人に見えたんじゃなかろうか。


 この活動室は環境科学科の横にあるボロっちい建物に入っている。名を同好会棟と言うが、有象無象の同好会ズが入りきるほど部屋の数が多いわけではない。その決して多くはない部屋には型落ちのデスクトップPCが5台ほどあり、ボロボロの扇風機とこちらもボロボロの電気ストーブがある。


 そんな状態なのでこの棟は当然各会共用で、一応鍵が付いたロッカーは存在している。しかし残念ながら鍵はどこかに消え去った状態で使われていて、そうなると流石にうん十万もするヘキサコプターをほいほい置いてはおけない。仕方ないので環境科学科のしっかりした倉庫に保管させてもらっている。


 中に入ると別の同好会の会長がPCと向かい合っていた。今日こやつの同好会は休みだったはずなんだけどな、と思っていたら向こうから話しかけてきた。エスパーかね君は?


 「今日は俺だけだよ。ちょっとイラレ使いたくてね。」


 ほーんと納得しつつ、それはご苦労さんなことでと言いながら周囲を見回すと、機体がない事に気づいた。どうやら予想が甘かったようだ。向こうさんが言いだしっぺなのに、こっちで出してこいということらしい。ひでぇもんだぜ。


 倉庫の鍵を借りてこなければいけないが、鍵の在処である環境科学科研究室は3階にある。同好会棟が環境科学科棟の隣にあるとはいえ、3階まで上がって下がってはめんどくせぇ。さらに、機体はそれなりにサイズも重さもあり保管場所の都合上部品を外してある。おかげで何往復かしないといけないが、助っ人たる後輩君はいない。


 唯一の救いであるあのきれいな先生がいたら、と思ったが今日はもう帰ってしまったらしい。残念無念、やる気が失せる。


 またも内心で文句を垂れながら運び込んだが、これだけで1週間の気力を使い切った気がする。疲れたから椅子の背もたれによりかかると、消防の防火ポスターが目に入ってきた。おかげで消火器を持ってきていないことに気づけたが、もっとめんどくさくなった。


 「あークソ」


 今度は声に出しながら再び倉庫に向かう。ロボットが勝手にやってくれないかな。


 今めんどくせぇめんどくせぇ言いながら取りに向かっている消火器だが、まず消火器と言ってもよく見るあの赤い消火器ではない。簡易消火器だ。


 簡易消火器は、見た目はスプレー缶だが消火剤はスプレーではなく液体である。消火剤と窒素ガスが充填されており、窒素ガスの圧力で消火剤を吹き出すという仕組みになっている。しかしこれではリポバッテリーの場合初期消火くらいしか対処できない。


 それでもないよりは遥かにマシなので、リポバッテリーを使うときは持ってきている。今日は愚痴ってたら忘れてしまった。


 倉庫から消火器を取り出し活動室に戻ると、さっきより靴が増えている。


 「あ、おばたー先輩やっと来たー。」


 後輩だ。あと5分早けりゃ手伝ってもらえたんだが。


 「やっととは何だやっととは。御手洗お前、俺はこいつら全部持ってきたんだぞ。」

 「あーそれはご苦労さんでぇす。」


 煽りスキル高いねこいつ。まぁしかしこうなったのには原因...みたいなものがある。御手洗たちの代が入部したとき、「変に堅苦しかったりするのは苦手だから、そういうのしないでいいよ」と言ってあったのだ。


 しかし今の御手洗を見ていると、残念ながらそれを言わなくても普通にこんな感じで喋っていたんじゃないかと思ったりする。


 悶々と考えながらPCの電源を入れていると、


 「今日は何するんですか?」


 と聞かれた。


 「んー、なんか機体の調整やっとけだってさ。来週のイベントで飛ばすから見といて欲しいみたいね。」

 「え、じゃあ太田先輩がやった方がよくないですか?あの人が飛ばすんですよね。」


 全くもって正論だな。俺もそう思うよ。


 「しょうがねぇだろいないもんは仕方ないし。」

 「まだ月曜じゃないですか、今週中にあの人がやりゃいいと思いません?」

 「いや、今週はずっと顔出せないみたいだから。」

 「あー...。ならしょうがないですね。あれ、でも太田先輩は先輩の調整みて分かるんですか?」


 よく頭が回る奴だが、その点については問題ない。


 「お前、太田先輩俺より遥かに経験あるんだから大丈夫に決まってるだろ。チェックリストもこの前作ったしさ。」

 「あーそうでしたね、忘れてました。」


 チェックリストというのは、無人航空機法に規定されている国交省の許可・承認をもらって飛ばすときはに必要になるものだ。


 つまり許可ウンヌンが必要じゃないときや無人航空機法適用外の200g未満の機体ならチェックリストはいらんのだが、一応念のためというやつである。


 これは先輩と顧問と俺とで顔を突き合わせて作ったので問題はないはずだ。それでもこのチェックリストを使うのは初めてだからちょっと心配だ。調整とは言っても別にPC見てるだけではなく、一応動かすからだ。まぁ飛ばしはしないので大丈夫だと思うが。


 リポバッテリーは残量が100%近い状態で保管するのは危険で、ある程度減らして保管することが理想らしい。そのためにも少々動かしてリポバッテリーの残量を減らそうということで動かしてみる予定だ。


 手順を思い出しながら御手洗と機体を組み立てていたが、その間にHDD搭載オンボロPCも安定した。HDDだと遅いし安定に時間かかるしでいいことが価格くらいしかない。しかしその安定するまでの時間で組み立てもできたし、手早くやってしまおう。


 まずはFCとPCをUSBケーブルで接続する。電源ボタンはなく、これでもう電源ONになる。


 続いてPC側でMIS Plannerを起動し、FCとリンクする。そうすると画面に機体のテレメトリーと現在位置その他諸々が表示される。これをまとめてフライトデータと呼んだりする。


 今は屋内だからGPSが拾えず、現在位置は表示されていないが、気圧センサやジャイロセンサで傾きや速度、高度といったものは分かる。しかしGPSが拾えてないんじゃ何の意味もないため、こういうこともあろうかと思って買った長いケーブルを生かして、御手洗に機体を持って外に出てもらう。


 中庭に来て数秒ほどでマップに機体のアイコンが表示された。眉間にしわを寄せながら画面をにらんだが、テレメトリーにもGPS測位のエラーは出ていない。OKだ。


 御手洗が外に出ているあいだドアを開けていたが、やっぱり春でも放課後になると寒い。電気ヒーターはあまり効かないから割とつらい。やっぱり予算欲しいな。


 帰ってきた御手洗が寒い寒い言ってる横で画面を変え、FCがプロポのスティックやボタンに割り振った通りの動作をしているか確認する。


 どういうかというと、いくつかあるチャンネルのうちどれが受信していればどんな出力がされるかを見ているだけだ。


 チャンネルというのはテレビやラジオでよく聞く言葉だが、ざっくり言ってしまえば電波通信における周波数の区切りみたいなものだ。今回の場合、チャンネルひとつに操作系ひとつが割り振られている。


 具体的には、アンテナから来ているチャンネルの電圧の高さと、FCからの出力を表示している。プロポを操作するとデータが入る側の電圧ゲージと出力側のデータのゲージが上下するが、それぞれのチャンネルに設定した操作系が出力されていれば大丈夫。


 分かりにくいだろうから例えを出すと、ch1にロール操作を設定したはずがピッチ操作が出力されているなどということがないかどうかを見ているわけだ。


 やっているとちょっと面白いのでしばらく遊んでいると、御手洗がまた聞いてきた。


 「おもろいですけど、結構遅延ありますね。」

 「まぁこんなもんだろ。FCで処理したあとこっちにデータ送ってるんだから。」

 「でもこんなんで大丈夫なんですかねこのPC。」

 「いやまぁ確かにこのPC遅いけどさ、飛ばすときはPC関係ないし何も問題ないら。」


 これはPCのせいではなくFC側のインタフェースが遅いせいじゃないかと思うんだがどうだろうか。しかし飛ばすときにはPCに出ているデータが遅れてもモータの方にちゃんと出力できてれば問題ないのは確かだ。


 いい加減飽きたのでまた画面を変える。今度はフライトモードの確認だ。


 ArdunPilotには多くのフライトモードがある。完全マニュアルモードから、事前に設定されたルートを操作なしで飛行する自律飛行モードもある。これの切り替えはプロポの肩の部分のスイッチに設定してあるが、このスイッチは三段階だから設定できるモードは3つまでということになる。


 何も操作しないとホバリングするモード(これが一番一般的)、有無を言わさず離陸地点に戻ってきて着陸するモード、完全マニュアルのモード3つにしてある。


 これの切り替えもさっきの受信電波の電圧によって判断するようになっている。


 スイッチを操作すると、FCが「ピー」と大音量を流す。空の上からでも聞こえないといけないから音が大きいのは仕方ないんだけど、室内だと流石にうるさすぎる。横にいるイラストレーターくんにも悪いので、長くやらずにやめ、ランディングスキッドの設定を確認する。


 この機体のランディングスキッドは可動式で、機体裏面にくっつくまで上にあげることができる。これはサーボで動かすのだが、どのチャンネルを受信したらどのポートに出力があるかを確認する。さっきやってたのと似た感じだ。


 面白いわけでもないからこっちも長くいじらず、次の作業に移る。


 次は実際にサーボなどを動かしてみる。その前にバッテリーを取り付け、接続する。


 バッテリーを取り付ける場所だが、ケースがあるわけではなく機体にマジックテープでくっつけるだけだ。最初のうちは、大丈夫なの?とか思ったりしていたがそんなに衝撃が加わるわけでもないしアクロバットするわけでもないからこれでNo問題だ。仕事に使ったりする以外はね。


 バッテリーを繋げたので動かしてみるが、こんな室内でモータを回すわけにもいかんのでスキッドアップだけやってみる。


 御手洗に機体を持ち上げてもらって、スイッチON。パイロットがコックピットでパチパチやってるアレと似たような感じだ。たのしい。


 ウィィィィというモータとギア特有の少々高めな音がしてスキッドが持ち上がる。設定はすぐに終わるが実際に動かすのはやっぱり楽しいのでこれを何回もやる。かっこいい。


 機体を持っている御手洗が、あははだかいひひだか判別が付かない笑い方を出している。よほど面白かったのか僕にもやらせてください、と言うので今度は俺が機体を持って御手洗が操作する。プロポから「パチン」と音がし、スキッドが上がる。


 笑いながら「かっこいいっすねこれ!」と言っているが、ご満悦していただけたようで何よりだ。


 次に何言うかと思っていたら、「ちょっとカメラ置くんでもうちょっと待ってくださいね。」と言われた。


 うん?


 そして「かっこいいから動画撮るんで。」とG〇Proを出してきた。流石に4K60fpsで記録したいとまでは思わないぜ俺は。


 「え、俺の顔写さないでね?」

 「当たり前じゃないすか、スキッド上がるとこ撮るだけですよ。」


 御手洗のご要望にお応えし、もう2回くらい動かす。


 スキッドが定位置に下がると、御手洗が


「はぁいありがとうございまぁす。」


 とカメラを引っぺがしてSDカードをスロットに挿す。


 SDカードのドライバインストールを待っていると、ずっとイラスト描いてた奴もこっちに来た。


 「面白そうなことやってんじゃん?」

 「面白いぜ。お前もどうだ?たのしいぞぉ。」

 「いや遠慮しとくわ。自ら沼に着陸する気はねぇからな。」


 その割にはこっちのやってる事ずっと見てるじゃねぇか。と、そこでやっと激遅HDDにインスコできたのでデータを移して再生を開始。


 「結構いい感じに撮れてるじゃないですか。インスタ上げていいですか?」

 「そりゃまずいだろ、個人の持ち物じゃねぇし。」

 「うーん、じゃしょうがないなぁ。」


 そうは言うがかなり満足している様子。やはり男はいくつになってもオトコノコらしい。


 ひと段落したし、バッテリーにバッテリーチェッカーを接続すると68%になっていた。まぁ理想より多いが、これくらいなら問題もないだろう。


 とりあえずチェックリストに従って一通り終わったが問題もなかったので今日はここで終了にした。イラストレーターくんがもう終わりかよと言った顔をしていたが、終わりと言ったら終わりなのである。


 2人で片付けた後倉庫の鍵を返して顧問に声をかけ、外に出る。終わってみるとまだ17時半。やっぱり靴替えてからこっちに来ることはなかったな。損した。


 「それじゃあ、今週はもうないってことでいいですかね。」

 「いや、小っちゃいやつら飛ばすんだったら来ていいんじゃないかな、多分。」

 「あーそうですね。じゃあ僕ちょっと遊びに使わしてもらいますんで。」


 俺じゃなく顧問に言えよと思うが、指摘するのもアレなのでやめておく。


 今日は調整だけだったが、来週のフライトまでに何回か飛ばせられれば御の字だ。雨が降らないといいが、この辺の天気予報の予報精度は気象庁ですらランクCなのであんまりあてにできないな。

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