第五章 移動
第一話 方法
晴海は悩んでいた。昼間に移動するか?夜に移動するか?
一人で悩むよりも、相談したほうが良いと判断した。
「夕花」
「はひ!」
夕花がおかしな返事をしてしまったのには理由がある。今日も二人でホテルの部屋で過ごしていた。能見に頼んだ、試験に必要な書類が届いたので、二人で勉強していたのだ。共通の勉強は、大学への入学申請に必要になるテストの対策テキストだ。試験は、形だけなのは晴海も夕花も認識している。せっかくだからと二人で勉強をしていたのだ。そして、夕花は復活した資格の上位資格を目指す勉強を始めた。能見からは、船舶免許の取得を厳命された。
そして、夕ご飯を食べて、風呂にお湯が溜まったタイミングだった。
一緒のベッドで寝るようになったが、寝るだけの生活だ。風呂も一緒に入っていない。
夕花は、今日は?今度は?次こそは?明日こそは?と毎日を過ごしている。スキンシップは増えたがキスもまだなのだ。夕花は、晴海が本当は女性が好きじゃなくて、男性が好きで、本当に能見と出来ているのではないかと疑い始めていた。しかし、朝、起きたときに、夕花がした
その後なので、夕花はお風呂に誘われるのだと思って緊張して噛んでしまった。
「ソファーに座って、それから、相談に乗って欲しい」
「え?あっ・・・。はい!」
夕花は、晴海の言葉を聞いて、お風呂じゃないと残念に思ってから恥ずかしくなって、でも、相談と聞いて嬉しくなったのだ。
なんとなく、夕花の表情がコロコロ変わるのを見て、晴海も嬉しくなった。
「お話が長くなるのでしたら、何かお飲み物を用意しましょうか?」
「そうだね。コーヒーを頼む」
「かしこまりました」
夕花は、ソファーから立ち上がって、簡易キッチンに移動する。
「夕花。そのままでいいから、聞いて欲しい。大丈夫か?」
「はい。大丈夫です」
お湯を一度ポットに入れて、沸騰させる。その間に、コーヒーの準備をする。ミルクを、レンジで温める。これらの作業を行いながら、夕花は晴海に話を聞く。
晴海は、能見からの報告があった襲撃を夕花に聞かせる。
襲撃犯から得られた情報は少なかった。男を捕らえて女は犯して好きにしろという指示だけだったようだ。その後で、文月の家宰が晴海の身柄を抑えて、本家を支える家を順番に脅迫したり、能見の事務所を脅迫したり、身代金を要求する予定だったようだ。
文月は、家宰を切り捨てた。家宰も失敗を悟って口を噤んでいる。得られた情報は多くなかった。家宰は、すでに能見たちの手から市花家に移されている。
一枚一枚、脱がしていけば、最終的に全裸になる。全裸になる前には晴海が欲している情報に手を付けるだろう。
夕花は、コーヒーを作りながら、晴海の話を聞いた。
コーヒーを晴海に渡して、正面に座る。
「今日の夜に抜け出すのもいいし、明日の朝に出るのもいいと悩んでいる。夕花は、どっちがいい?」
晴海は、どちらにもメリットとデメリットがあると見ている。
「晴海さん。準備はどうなのでしょうか?」
「準備?」
晴海は、ミルクがたっぷりはいったコーヒーを飲んでから夕花の質問に質問で返した。
「はい。受け入れ先というか・・・。新居というか・・・。それと、私を追ってくる者たちも居ると思います」
「ハハハ。そうだね。夕花と僕の新婚生活の為の新居は用意しているよ。伊豆だけどね」
「伊豆ですか?」
「そうだよ。義母様にお眠りいただく寺も近く・・・。正確には・・・。敷地内だよ」
「え?」
「あの大地震で出来た突起が、目指す場所だよ」
「え?突起?伊豆の?
「そうそう。やっぱり知っていたね」
「でも、あそこは、軍が・・・。え?本当に・・・。ですか?」
夕花はびっくりしすぎて言葉遣いがおかしくなっている。
驚くのは無理もない。晴海が言った、伊豆の突起は、二十一世紀半ばに発生した南海トラフ地震のときに出来た、島なのだ。島と言っているが、正確には島ではない。プレートの盛り上がりで出来た場所で、陸地と繋がっている。繋がっている場所は、トラックが一台の通行が可能な幅だ。それも、大潮だと水没してしまう。それが、800メートルほど蛇行している。そして、島の部分はプレートの隆起で出来た場所なので、小さな山の様になっていた。日本軍が、基地の建築を目的として、頂上部分を切り崩して、1キロ四方の平地が出来た。風速40メートル級の台風で引き起こされる津波が来ても大丈夫なように、20メートル程度の高台になっている場所だ。それを、民間である晴海が個人所有していると言っているのだ。驚かないほうがおかしいのだ。
「うん。購入したのは、僕じゃないけどね。爺さんの父さんが軍と交渉して、都内の土地と交換で手に入れた場所だよ。そこに、菩提寺から改葬した寺を置いた。お墓参りや行事の時に使えるように、別荘を作ってあるから、その別荘が新居だよ。僕用に作られた物だから、まだ誰も住んでいないから安心して」
「それは・・・。別に、問題では無くて・・・。え?晴海さん。本気ですか?」
「何を聞きたいのかわからないけど、別荘は嫌?それなら、駿河の中に適当な家を建てるけど?」
「いや、いや、違います。いろいろ、お聞きしたいのですが、食事はどうするのですか?」
「何か作るよ。キッチンもあるよ?」
「そうではなくて・・・。材料とかは?」
夕花は、晴海がわざと言っているのか、本気で言っているのかわからなくなってしまった。ふざけている雰囲気はないので、本気だとは思うけど、本当の話ではないと思っている。
「あぁごめん。食材や必要な物は手に入るよ。能見さんの部下も居るから買い物は頼めるよ。それに、夕花が船舶一級を取得すれば、海から駿河に移動して買い物やデートやデートが出来るからよ」
大事なことだから二回言ったと続けなかったあたりが残念な晴海だ。夕花は、そんな晴海をみて、呆れはしなかったが、残念な人でこれは”彼女が居なかった”と言うのは本当の事かもしれないと考えるようになった。
「・・・。わかりました。能見さんが、船舶が必須だと言った理由がわかりました」
夕花は、晴海が本気だと感じて、しっかりと考えた。そして、一つの可能性を含めて考えた内容を晴海に説明した。
「晴海さん。昼間に移動しましょう」
「なぜ?」
「はい。晴海さんに安全に移動してもらうためです」
「説明が必要な答えだと思うけど?」
「そうですね。まず、大前提として、晴海さんも、私も狙われています。別々の理由です」
「そうだな」
「はい。でも、お互いの狙いは、別々なので、私を狙っている者は、晴海さんの素性を知りません。知らないので、殺してしまう可能性があります。それでは、私の目的が達成できません。反対に、晴海さんを狙っている者たちは、私を犯して殺してもいいと思うでしょう。こちらは、私の願いとは少しだけ違いますが結果は私が死ねるので問題はないと思います」
「うーん。少しだけ、訂正して突っ込みたいけど、今は、スルーするよ。それで?」
「はい。お互いの組織に、まとまってもらいましょう。別々に対応を考えるよりも楽になります」
「相手が合流すると、戦力が単純に倍になるよ?」
「そうですが、指揮系統がしっかりしない組織は脆いものです。そのうち内部で分裂を起こします。その場合には、以前の戦力を維持するのは難しくなりますし、お互いを意識する必要が出てきて、攻撃や逆襲のチャンスに繋がります」
「わかった。僕たちは目立って移動すればいいのだね?」
「いえ、違います。昼間に目立たないようにして移動しましょう。晴海さんを狙う者たちは、晴海さんの目的地に心当たりがあるでしょう。私の方は、違いますが、駿河に戻ってくると期待している可能性があります」
「僕の方は解るけど、夕花は戻ってこない可能性が高いと考えない?」
「晴海さん。晴海さんは、私を・・・・。その・・・。沢山、服やアクセサリーを買ってくれました」
言いにくそうにしている夕花を晴海はニコニコとした笑顔で見ている。
本当は、エステや下着も付け足したほうがいいのは解っているが恥ずかしかったのだ。
「うん。沢山、可愛くなったよ。下着も服も可愛いけど、夕花が一番可愛いよ」
「むぅぅぅ・・・。でも、僕の今の姿を見れば、晴海さんが僕にしてくれた内容を想像するでしょう。そして、僕と晴海さんが駿河の僕の実家に来る可能性は低くないと考えるでしょ」
「そうだね。夕花が可愛く育った場所は見てみたいからな。案内を頼むと思うよ」
「晴海さん・・・。でも、だから、駿河にある程度の人間が残っていると思います。兄さんが戻ってくる可能性もあります」
「そうか、それでお互いに調べている者たちがいると解らせるわけだな」
「はい。ある程度の時間が稼げます」
「よし、夕花の作戦で行ってみよう」
「はい」
「準備を始めましょう」
「はい!」
夕花は、まず飲み終えたコーヒーカップを洗うことから始めた。
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