第八話 闘争


 部屋の中に、湯呑が割れる音だけが木霊する。


「夏菜!」


「はっ」


「そのクズを連れて行け、礼登と秋菜に合流しろ。死ななければ何をしても構わない。自白剤の使用も許可する。不御月の関与と、文月と襲撃者の所在を喋らせろ」


「かしこまりました」


「礼登にも秋菜にも言っておけ、手足を切り落としても構わない。だから、殺すな!」


「はっ」


 夏菜が直亮なおあきの首にワイヤーを巻きつけて部屋から連れ出した。


「ふぅ・・」


 晴海は、椅子に座り直した。


「最悪だな」


「はい」


 応じたのは、忠義だ。貴子と会った時点から城井が怪しいと思っていた。貴子を軟禁するとは考えていなかった。


「晴海さん。その本は?」


「あぁ先代が俺に残してくれると言った西条八十著の”人食いバラ”という本だ。簡単に言うと、少女向け探偵小説だ」


「え?少女向け?」


「子供の時に読んだが、あまりにも内容がぶっ飛んでいて、荒唐無稽で笑えてくるが、内容が遺産にまつわる物で登場人物たちの言動が常軌を逸している」


「そうなのですか?」


「うん。夕花も読んでみてよ。きっと、笑ってしまうよ」


「そうですね」


 晴海は夕花に本を無造作に渡す。

 晴海の手から夕花の手に渡る時に、表紙が外れた。


「え?」


 夕花が見た表紙の裏には、文字が書かれていた。文字の羅列で言葉ではない。


”キーを叩く音で扉は開かれる”

”につちんらにちとちくにのらのらみにみいもなすな”

”六条基晴”


「!!」


「晴海さん?」


「わからない。でも、不御月が欲しかったのは、これなのか?それなら・・・。本だけ渡してしまえばよかったのでは?」


 晴海の疑問は正しい。

 本が狙いだったら、さっさと渡してしまえばよかったのだ。不御月の狙いは本ではないのか?

 だが、実際に城井は不御月に本を渡そうとしていた。不御月もそれを受け取って”なにか”が得られると考えたのだ。


 城井が不御月に繋がっていたのは間違いないだろう。

 だが、それでは?晴海の頭が混乱し始めた。


 そして、一つの可能性に行き着いた時に、会議室のドアがノックされた。


「礼登か?」


 ドアが開けられなくても、ドアから漂ってくる雰囲気で、礼登だとすぐにわかった。


 晴海の呼びかけにドアの外から返事をする。


「はい。晴海様。愚か者が事情を話しました」


「そうか、早かったな。それで?」


 礼登は、部屋に入ってきて、跪いた。


 拷問したのは、礼登から漂ってくる臭いで判断出来る。人肉が焼ける臭いや血の臭いが付いている。


「”人食いバラ”は、先代から晴海様にお送りになるという話を、文月の者が聞いていて、それで、偶然、寄贈された本の中に見つけて、隠したようです」


「そうか、偶然だったのだな?」


 晴海が行き着いた答えと同じだ。

 偶然が重なっただけ。一番、問題を複雑にして、それでいて、解ってしまえば面白くない結論だ。


「はい。本人たちは、交渉材料にしようとしたと言っています」


「交渉材料?」


「不御月から、城井が六家を支配するのを手助けすると言われて、誘いに乗ったようです」


「愚かな」


 泰章やすあきが呟いた言葉だったが、皆が同じ意見だ。実際に、六条が晴海を残して死んでも、六家の力は弱まっていない。


「そうだな。礼登。それで?方法を話したのか?」


「いえ、六条の者が全員死ねば、一番六家に近いのは、城井だから、城井が支配するのが当然だと思いこんでいるようです」


「・・・。先代が本を寄贈したのが悪かったのかも知れないな」


「はい。晴海様。彼らも、自分たちが、先代から価値のある物を貰っている。自分たちが後を継ぐのが正しいと言っています。晴海様は1冊だけだと・・・」


「文月に関しては?」


「不御月が処分したようです。裏は取れていませんが、文月の家にも踏み込みましたが、すでに蛻の殻状態です。戦闘が有ったようですし、潰されたと考えるべきでしょう」


幸典ゆきのり。初仕事だ。文月に襲撃をしたのが、不御月が行ったという証拠を探せ、なければ捏造しろ!」


「はっ」


「忠義。礼登。合屋の者と合流して、東京都以外の不御月を潰せ」


「はっ」「はっ」


泰章やすあき。先代の弔い合戦だ。お前が、指揮を取れ。忠義と礼登は、サポートと俺との連絡を担当しろ」


「ありがたき幸せ」「はっ」「はっ」


「死ねると思うなよ!死ぬことは許さない。お前には、先代の墓守をやってもらう仕事が残っている。俺の命令に背いて勝手に死んだら、先代の近くで眠らせてやらない。いいか、死ぬな。これは命令だ」


「はっ。晴海様。ご配慮、感謝いたします」


文孝ふみたか!お前には、城井の後始末を頼む」


「寒川で、ですか?」


「そうだ?不服か?」


「いえ、しかし・・・」


「大学と駿河の一部は、貴子と次男が仕切る。それ以外だ。寒川が適任だろう?」


 宏明ひろあきが手を上げて晴海に意見を伝える。


「晴海様。寒川では、教会に筋が通せないかも知れません。市花から人を出します。お許しを頂けますか?」


文孝ふみたかでは、まだ判断が難しいか?」


「晴海様。義父からは委任されております。宏明ひろあき殿。よろしくお願いする。確かに、寒川では教会に話をするのは難しい」


「わかりました。後ほどご相談させてください」


「はい。お願いいたします」


 趨勢は決まった。

 六家は、不御月に対して紛争を仕掛ける。晴海の言葉で皆が動き出す。


 それぞれの思いと願いを胸にいだきながら・・・。


「直ちに行動を開始せよ。相手は、すぐに仕掛けてくるとは思っていないだろう。今晩が勝負だ。一気に進めろ」


 皆が立ち上がる。


「忠義」


「はっ」


「礼登」


「はっ」


「2名と夕花は残れ」


 2人と座った状態の夕花を残して、皆が会議室から出ていく。


 皆が出ていったのを待っていたかのように、夏菜と秋菜が戻ってきた。


「夏菜。秋菜。ご苦労。何か、喋ったか?」


「・・・」


「どうした?」


「不御月は城井が六家を支配した暁には支援の対価として”伊豆の出島を寄越せ”と、言ってきていたそうです」


「伊豆の出島?」


「晴海さん」


「そうだな。でも、あそこは古い軍事施設と六条の墓しかないぞ?忠義は、なにか知っているか?」


「いえ、軍の施設だった場所の大半は、先代の時から、立入禁止にされていまして、入っておりません。施設を維持するための通路やメンテナンスの為の場所だけは使えるようにはしておりますが、先代からの申し送りでそれ以上は踏み込もないようにしております」


「晴海様。直道なおみちの言葉ですが・・・」


「なんだ?」


「”ゆうかは鍵だ。若返りの鍵だ”と、不御月が言っていたらしいのですが、それ以上は聞き出せませんでした」


 視線が夕花に集中する。

 本当に、これは偶然なのだろうか?


 偶然、晴海が奴隷市場で気になった女が、夕花だった。

 その夕花が、六条と不御月を繋ぐ鍵になってきている。


「夕花。本格的に、お義母さんのことを調べるけど許して欲しい」


「晴海さん。僕は、晴海さんの物です。気になさらないでください。それも、僕も気になっています。僕は、何者なのか?僕が今まで信じていた価値や知っていたつもりになっていた事柄が全部違うのかも知れない」


「そうだな。でも、夕花は、夕花だ。僕の奥さんだ」


「はい。それだけは間違いません。僕のご主人さまで、僕の旦那様です」


 晴海が夕花の頭に手を置く。

 晴海は、自分の手を見る。そして、考えるのだった。

 血で汚れている手だ。これからも多くの血が流れるだろう。自分では殺していないと強弁しても、晴海は自分で解っている。自分の命令一つで、多くの人間が動き、多くの人間が死んでいく。


「夕花。僕は、これまでも多くの人を殺してきた。魂まで汚れてしまっている。そして、この生き方を変えようとした。でも、ダメだった。これからも、多くの人の命を奪うだろう。それも、たかだか”家のメンツ”というくだらない理由だ。こんな生き方が嫌で逃げ出したかった。逃げ出せなかった。やはり、僕は六条だ。この生き方を変えられない」


「はい。晴海さん。変えなくてもいいです。僕は、晴海さんと一緒です。僕を殺してくれるまで、僕は晴海さんと一緒にいます。それが修羅の道でも構いません。晴海さんが僕を必要としたのです。今更、出て行けとは言わないでください」


 晴海は少しだけ驚いてから、夕花を抱き寄せた。


「(ありがとう)」


 夕花にだけ聞こえる小さな声で感謝を告げる。


「忠義!」


「はっ」


「夕花の母親と不御月の関係を徹底的に調べろ、無茶しても構わない。邪魔なものは壊せ」


「はっ」


「礼登!」


「はっ」


「お前は、文月を調べろ。いつから、不御月と繋がっていたのか?」


「はっ」


「夏菜。秋菜」


「はい」「はい」


「夕花の護衛を頼む。それから、壊れたおもちゃは始末しろ」


「かしこまりました」

「はい。晴海様」


 残った人間たちへの指示を出して、晴海は夕花を抱きしめながら立ち上がった。夕花と一緒にブリッジに戻る。

 忠義と礼登と夏菜と秋菜は城井が使っていたクルーザーで戻る。


 晴海と夕花は、夕花が駿河に航行してから、乗り換えて伊豆に戻る。

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