第三話 会話


「夕花」

「はい。晴海さん」


 晴海は、夕花を自分が座るソファーの前に座らせた。


「夕花の事を聞きたいのだけどいいかな?」

「私の事ですか?」

「そうだ」


「・・・」


 夕花は、晴海がどんな答えを望んでいるのかわからない。わからないが、必死に考えた。


「どうした?」

「いえ・・・。お話できるような事はないと思います」


 晴海は少しだけ困った顔をする。しかし、夕花に問題があるわけではない。晴海に大きな問題があるのだ。話を聞きたいとだけ言われて、どんな話をすればいいのか考えられる人間がどれほど居るだろうか?


 晴海は、夕花に真意が伝わっていないのは解っているのだが、どうやって伝えていいのかわからないのだ。


 家の事もあり、自分に近づく女性が”晴海”個人ではなく、六条の家に興味をしめしているのが解ってしまった晴海は、女性への興味を失っていた。

 そこに事件である。女性との接し方や話し方が解るはずがない。


 しかし、22歳の健全な男として、彼女が欲しいし、性への欲求も勿論持っている。


「うーん。夕花。夫婦として最低限の事を知りたいと思っているし、僕の事も知ってほしいと思うのだけどダメか?」

「あっ」


 夕花は、夫婦という言葉に反応した。

 自分が普通ではないが結婚したのを思い出したのだ。


 夕花は、美少女と言って問題は無い。エステを受けた事で磨きがかかっている。

 晴海ほどではないが、印象的な見た目をしている。

 少しだけ釣り上がった目が攻撃的な印象を与えるが、それを体全体から出る雰囲気が和らげている。

 髪の毛は、奴隷市場で首輪に繋がれていた時には、腰まで有ったのだが、今は、肩甲骨くらいで綺麗に切りそろえている。夕花としては、バッサリ切りたかったのだが、エステを担当した女性が”ご主人様の意向を聞いてからのほうがいいですよ”と助言をくれて、それに従ったのだ。

 古来の日本人と同じ直毛黒髪の夕花は、エステで髪の毛の色を聞かれたがどうしていいのかわからないので、そのままにしている。


 エステは薄手のワンピースのような物だけを羽織って受けたのだが、すごく恥ずかしかったのだけは覚えている。

 全裸になる事は恥ずかしくはなかった。奴隷となった時から見られたりする事は諦めていた。

 しかし、恥ずかしくなってしまったのだ。夕花はエステを受けたときに、身体から擦っても擦っても垢が出てくる事が恥ずかしかった。全身の毛を綺麗にされた事が恥ずかしかったのだ。夕花も年頃なので、脱毛は気にしていたのだが、脇は脛や腕や手の脱毛は自分でやっていた。

 エステではそれこそ全身の手入れをされたのだ。そして、エステティシャンがまとめた毛を見たときに羞恥心が芽生えてしまったのだ。毛の中にはかなり長い縮れた毛も混じっていたのだ。


 そしてなぜか、買ってくれた主人の顔を思い出して、垢だらけの身体や伸び放題になっていたムダ毛を見られなくてよかったと思っていた。それが、どんな感情に由来するのもなのか、そのときの夕花には判断ができなかった。


 このときにはまだ、夕花は晴海の事が理解できていなかった。若い女だから買ってくれたのだと思っていた。

 しかし、晴海は夕花の見た目が気に入って購入したわけではない。ましてや、若い女性だからではない。結婚したのは、若い女性で養子縁組を結ぶには年齢が近すぎると思ったので、婚姻という手段をつかっただけなのだ。


「夕花?」

「ごめんなさい。勘違いをしていました」

「勘違い?」

「はい。晴海さんが、私の”特記事項”をお聞きになりたいのかと思ってしまいました」

「うーん。それを聞きたくないと言ったら嘘になるけど、夕花が話したいと思ったタイミングでいい。それよりも、夕花の事を教えて欲しい」

「私の事ですか?」

「そ、僕の奥さんの事だよ」

「あっ」


 晴海は、少しだけ天然の要素がある。

 今のセリフも、キザになって言ったセリフではない。素で思った事を口に出しただけなのだ。


 しかし、それを聞いた夕花は、少しだけ考えてから言葉の意味を考えてしまった。

 夕花も年齢程度には知識を持っている。少しだけ偏った知識になってしまっているのはしょうがないと思うのだが、夕花が考えた”奥さん”に関して知りたい事が、性の方向に傾いてしまった。

 そして、自分が奴隷だという事で、求められているのだと考えたのだ。


「ん?」


 晴海が、肯定したのだと思った、夕花は恥ずかしいという思いが有りながら、晴海に全部を告げる事にしたのだ。


「晴海さん。僕、初めてですが、その・・あの・・自分では触ったりしていたのでできると思います。おっぱいは、そんなに・・・大きくないのですが、エステのお姉さんには柔らかくて色も綺麗だと褒められました。その・・あの・・指を入れた事もあるので・・初めてじゃないかも知れません。その、男性の・・・あの・・・見たことは無いのですが、授業で教わった事や、学校の女の子たちが話していたのを聞いたのでわかります。うまくはできないとは思いますが、教えてくれたら何でもやります。痛いのはイヤですが大丈夫です。あの・・・お尻も使いますか?今日はエステで綺麗にしてもらったので・・・。僕・・・あの1人でする時に、女性が乱暴にされるような事を想像して・・・していたので・・・多分Mだと思います。晴海さんに・・・あの?晴海さん?」


 夕花は、俯いたまま一気に”自分が考えた奥さんの事”を一気に話した。

 普段は、”私”という一人称を使っていたのだが、子供の時から使っていた”僕”という一人称が緊張と恥ずかしさから出てしまった。


 話し終わってから、目の前に座る晴海の顔を見たら、キョトンとした表情をしていたのを見て、自分がなにか勘違いしていたのではないかと思ってしまった。


「夕花。それも知りたかったけど、他の事も知りたい。さっきの話しは、夜寝るときにまた話そう」

「・・・。はい。ごめんなさい」


 自分が間違えた事もだが、聞かれても居なかった、性癖の事や1人でしていた事を、晴海に話してしまった事がすごく恥ずかしくなってしまった。これなら、裸を見られたほうがまだマシだと思えてしまうくらいに恥ずかしくなった。夕花は、自分の体温が1~2度程度上がったのを認識して、余計に恥ずかしくなって俯いてしまった。


「僕も経験があるわけじゃないから、夕花を満足させられるかわからないけど、いろいろ試すからね」


 晴海は、話しに乗る形で夕花の反応を楽しんでいる。

 少しだけ驚いた夕花は、晴海の顔を見てしまった。自分が顔を赤くしているのを認識していても、晴海が言った”僕も経験があるわけじゃないから”という言葉の真意を聞きたかったのだ。夕花は、晴海がお金を持っているのは知っている。そのお金持ちが、女性経験が無いとは思っていなかった。

 しかし、目の前に座る男性から”経験がない”と言われて、何故かわからないが嬉しいと思えてしまった事が不思議だった。自分の感情を確認するためにも、晴海の顔をみたのだ。


「晴海さん?」

「ん?なに?」


「いえ、なんでもありません。それで、どんな話を・・・」

「うーん。夕花は、学校に行ったのだよね?」

「はい。小学校と中学校と高校には行きました」

「大学に行きたいと思った?」

「無理だと思ったので、諦めました」


「それは、金銭的な事?」

「はい」

「今から大学に通う?」

「いえ、晴海さんと一緒に居たいと思います」

「そうか・・・。それなら・・・少し待ってね」

「はい?」


 晴海は、まだ切り替えていない自分の情報端末を取り出して、数少ない味方だと思える弁護士に連絡をする。


 晴海が通話しているのを、夕花は不思議な顔で見守っている。

 時折自分の名前が出るので、自分に関係がある事を話している事だけがかろうじて認識できていた。


 10分くらい晴海は説明と今後の方針と頼み事をした。

 まずは、大学への入学手続きを行う事だ。俗に言う裏口入学だ。晴海は自分と夕花二人の入学を頼んだ。大学は、六条家が管理している大学なので、厳密な意味では裏口ではない。推薦枠を増やして、推薦で入学できるように調整してもらう事だった。


 丁度晴海が通話を切ったときに、コンシェルジュに頼んでいたものが届いたようだ。


「丁度よかった。夕花」

「はい」

「発信素子の使い方は解る?」

「・・・。いえ。教えていただければできると思います」


 可愛く首をかしげる夕花に、晴海はコンシェルジュが持ってきた、発信素子と情報端末を渡す。

 自分が使っていた、情報端末から発信素子を取り出して、新しい端末にセットした。夕花も、晴海に聞きながらセットアップを完了させた。


「それじゃ、夕花はその端末を使ってね」

「え?」

「ん?」

「よろしいのですか?」

「連絡ができないと困るからね。それに、夕花の位置や状態が解るから、僕としてはこのほうが嬉しいよ」

「わかりました。ありがとうございます」


 お互いに連絡先の交換を行った。

 晴海は、それ以外に必要な連絡先を移行しながら、夕花を見ていた。


「どうされましたか?」


 見つめられている事に気がついた夕花は、端末から目を離して、晴海を見つめる。


 晴海が何か言いかけたときに、晴海の端末に着信を知らせるメロディーが鳴った。

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