第四章 襲撃

第一話 監視


 晴海は着信を確認してから、通話モードに切り替えた。


「何かあったのですか?」


 着信は、コンシェルジュからだ。


「文月様。夜分に申し訳ありません。先程、親戚を名乗る者が夕花様の事を問い合わせてきました」


 晴海は夕花を見て、少し考えた。

 不思議に思った事が2点ある。


「なぜ夕花だと?」

「はい。具体的に、写真を見せられました。当ホテルのエステを使われる前の夕花様に似ていらっしゃるお写真でした」

「夕花の名前を聞いたのか?」

「いえ、写真だけを見せられました」

「それで?」

「お泊りになっていないとお答え致しました」

「わかった。それは、どんな奴だった?複数か?」

「お一人でした」

「そいつの映像はあるか?」

「ございます。監視カメラが撮影した映像ですがよろしいですか?」

「十分だ。回してもらう事はできるか?」

「はい。後ほど、端末に送付いたします」


 晴海は、もう一度夕花を見た。


「夕花を訪ねてきた者が居たようだが、奴らでは無いようだな」

「え?」


 晴海は、夕花の名前を訪ねなかった事から、奴等である可能性は低いと考えた。

 奴らなら、奴隷になる前の名前を知っている事が考えられる。それで問い合わせれば、親戚を名乗る時に真実味を持たせる事ができるからだ。


 また、1人で来ている事から、警察の関係者である可能性も低いと考えている。


「監視カメラの映像が送られてくると思うから・・・おっ送られてきた」


「・・・」

「知っている顔か?」

「いえ・・・」

「どうした?何か気になるのか?」


 夕花が何かいいかけて辞めた事が晴海は気になった。

 何か、隠しているとは思わないのだが、何か思い当たる事が有るのかもしれない。


「記憶が違っているかもしれませんが・・・」

「あぁ」

「兄の親友と言って来た人に似ています」


「そうか・・・。それなら、本当に、夕花の事を心配していたのかもしれないな?どうする?会うか?」

「いえ、必要ありません。私は、晴海さんの奴隷です」

「違う。俺の家族だ。いいか、夕花。俺も約束は忘れない。だから、夕花も約束は忘れるな」

「・・・。はい。申し訳ありません」

「いい。わかってくれれば・・・。いい。それで・・。まぁいい」


 晴海は、夕花が自分から話してくれるまで待つつもりで居る。

 夕花は、晴海が聞いてくれれば答えるつもりで居たのだが、お互いがお互いの事を考えてしまって、説明するタイミングを逃してしまったのだ。


 それでも、晴海は夕花の事情をある程度は認識している。

 奴隷を購入して手続きをするときに、筋の悪い所からの借金や関係があったら問題になってしまう。そのために、夕花自身の事情は説明されていたのだ。あくまで、他者から見ての事情説明だが、まったく知らない状態ではない。しかし、晴海は自分から夕花に話すつもりはない。情報は、所詮情報で実際に夕花が”どう”思って、”どう”感じたのかが大事だと考えている。


「晴海さん」

「ん?」

「もし・・・。兄が、目の前に来たら・・・。いえ、なんでもありません。兄は、母と父を殺して、逃げました。ただの犯罪者です。捕まえて・・・。ください」

「わかった。俺の好きにしていいのだな?」

「え?あっお願いします。組織にも属していました、すぐに切り捨てられる下っ端でしたが・・・」

「そうか・・・。ありがとう。夕花」

「え?(晴海さんは優しすぎます。ありがとう・・・なんて言わないで欲しい・・・です)」


 自分の思考に入ってしまった晴海には、夕花のつぶやきは届いていない。

 一本の連絡から、二人のはじめての夜は終わってしまった。


 晴海は、少し考えたいと言って、寝室に入る事なくビジネスルームに入って情報端末を操作して過ごした。

 そしてい備え付けられているソファーで朝を迎えた。


「誰が・・・。夕花しかいないか?」


 朝起きた時に、晴海は自分にかかっていた毛布を嬉しそうに眺めていた。

 ソファーで寝てしまうのはよくある事だ。いつもなら部屋に厳重なロックをかけてから寝るために誰かに毛布をかけてもらう事など無い。昨晩は、ホテルに宿泊したために部屋にはロックはかけていなかった。


 晴海は毛布を持ってリビングに向かう。

 そこには、昨日購入した服に身を包んだ夕花がソファーに座って待っていた。


「おはよう。毛布・・・。ありがとう」

「おはようございます。気が付きませんで申し訳ありません。朝ごはんはどうされますか?」

「夕花はどうした?」


 そのタイミングで、夕花のお腹が可愛く鳴った。

 耳まで赤くして俯いてしまう夕花の頭をポンポンと叩きながら、晴海は端末を操作する。


「昨日の今日だ、奴らの監視があるかもしれない。ルームサービスでいいよな?」

「はい」


 端末を操作して、ルームサービスの中から所持を探して、遠慮する夕花を説得しながら、朝食を注文していく。


「晴海さん。私、そこまで」

「夕花。遠慮するな」

「いえ、遠慮ではなく、本当に、そんなに食べられない」


 また、夕花のお腹が自分の発言を否定するように鳴った。


「ほら、いいから。別荘に行けば、夕花に作ってもらう事になるのだから、今はルームサービスを食べよう」

「・・・。はい」


 観念して、注文をする。

 晴海は、粥とフレッシュジュースを注文した。夕花は、おにぎり2個と温かい緑茶を注文した。


 10分位して、ルームサービスが届けられる。

 わざわざ廊下に出なくても、リビングで受け取る事ができる。二人揃って、リビングで朝食を摂る事になった。


 夕花は、固辞したのだが、晴海が”一緒に食べろ”と命令する事で、晴海が座る反対側に座って食べる事になった。


 晴海が、夕花に命令したのはこれが初めてなのだ。夕花もわかっている事なのだが、はじめての命令が”一緒に食べろ”だったとは思わなかった。

 ”くすり”と笑ってしまった夕花を、晴海は不思議な表情で眺めていた。


 晴海も、夕花がおにぎりを両手で持って食べる姿を眺めていた。

 そして、家族が居た時の事を思い出していた。六条家は、名家では有ったが家族の仲は悪くなかった。忙しく働いている両親も、時間が有るときには揃って食事をする。家政婦も居たのだが、母親の手作りの料理を食べる事もあった。

 そして、夕花のおにぎりの食べ方が、殺された弟と同じなのだ。


「晴海さん?」

「どうした?」

「え?あっなんか、私・・・。おかしいですか?」


 おにぎりを食べている所を凝視されれば、誰だって自分の食べ方がおかしいと思われているのだと考えてしまうだろう。


「すまん。その・・・。な。おにぎりの食べ方が、知っている者と同じだったから見てしまった」

「・・・。そうだったのですが・・・。申し訳ありません」

「ん?何を謝る事がある。それよりも、朝食を食べよう」


 不思議そうな顔をする晴海を今度は夕花が凝視してしまった。

 夕花は、自分が不幸だとは思っていない。こうして、朝食が食べられているのだ。それに、目の前に座っている青年は、10人の女性が居たら6人は振り返る程のイケメンなのだ。そして、夕花は知らないのだが、晴海の総資産を聞けば10人中8人が晴海に言い寄ってくることなるだろう。


 いい意味でも悪い意味でも目立つ容姿を晴海と夕花は持っている。


 夕花が後片付けをしている最中に、晴海は端末を操作して、ホテルの情報を眺めている。

 主に、非常階段や避難経路だ。ホテルの施設に関してもチェックを行っている。全ての施設で通常使う出入り口とは別に、業者や従業員が使うのだろう裏口的な出入り口がある事が施設案内からわかった。


「晴海さん」

「なに?」

「紅茶と珈琲がありますが、お飲みになりますか?」

「紅茶は何?」

「え?」


 慌てて、銘柄を確認して、晴海に告げた。


「そうか、茶葉?ティーパック?」

「両方あります」

「それなら、アッサムを茶葉で頼む。蒸らしとか気にしなくていい。砂糖はいらない。ミルクを用意してくれ」

「わかりました」


 5分後。

 ティーポットと温められたカップを一組持って、夕花は晴海の所に戻った。


「ん?夕花は飲まないのか?」

「はい」

「嫌いなら無理に進めないけど、遠慮はしないようにしなさい」

「・・・。はい」

「夕花?」

「ご一緒してよろしいですか?」

「勿論だよ」


 もう一組のカップを夕花が持ってきた。晴海は、夕花を正面ではなく隣に座らせた。

 砂時計の砂が全部落ちたのを確認して、ティーポットを持ち上げた。


「晴海さん。私がやります」

「いいから。いいから」


 そう言って、晴海は自ら自分のカップと夕花のカップに順番に紅茶を注いだ。

 最初はカップの1/3程度まで注いでから、交互に紅茶を注いでいった。


「夕花は、ミルクを入れる?」

「はい」

「砂糖は?確か、ガムシロもあったよな?」

「はい。お持ちしますか?」

「俺は、いい。夕花がほしいのなら持ってきてくれ」

「私は普段からミルクだけで無糖で飲んでいました」


「一緒だな」


 そう言って、微笑んだ顔を夕花に向けた。

 晴海の微笑んだ顔を初めて見た夕花はなんだか嬉しい気持ちになった自分に驚いていた。そして、その感情の正体がわからないモヤモヤした気持ちで、美味しい紅茶を両手でカップを持って、ちびちびの飲んだ。


 晴海は、そんな夕花を見て何故かわからないが懐かしい気分になっていた。


 二人の因果が繋がるのには、もう少しだけ時間が必要になるのだが、紅茶で喉と気持ちを潤している二人はまだ考えても居なかった。

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