第二話 情報
夕花は少しだけ考えていた。
晴海が、自分を主寝室に呼ぶのではないかと・・・。
紅茶を飲み終わって、二人の間に沈黙が訪れる。
両者とも人付き合いが得意な方ではない。
晴海は、それなりの経験はあるが、人付き合いという面では受け身だ。
当然だろう。金持ちの子息なので、周りが勝手に興味を持って話しかけてくる。晴海の興味を引くためにいろいろな話題を振ってくるのだ。自分から話題を振るような必要は夕花と話をするまで必要なかった。
「晴海さん」
「なに?」
「今日は、どうされますか?」
晴海は時計を見る。
(今度、ウェアラブル端末を用意するか?)
「そうだな。夕花。風呂にでも行くか?」
「え?」
「なんでも、このホテルは大浴場があるからな」
晴海は、ホテルの情報を見た時に、大浴場を見つけていた。
正直、行くつもりはあまりなかったのだが、夕花が風呂に入るのでは?と、考えて話をしたのだ。
「いえ、私はエステで・・」
「そうだったな。大浴場は明日以降にしよう」
「はい」
夕花は、大浴場には興味が持てないでいる。
確かに、大きなお風呂は魅力的だったが、それでは、夕花が晴海の背中を流す事ができない。家族風呂のような場所があればいいのだが、このホテルには混浴ができる風呂施設は用意されていない。
混浴施設は厳密な意味では無いのだが、実は大浴場を貸し切る事ができるのだ。
晴海は、時間があれば大浴場が空いている時間を聞いて、貸し切ってもいいと考えていた。
「それじゃ寝るか?」
「はい」
「あっ夕花は、先に休んでくれ」
「え?」
「少しやる事が残っているから、それを片付けてから寝るから、先に寝ていてくれ」
「はい」
「あっ!もう一杯紅茶をもらえるか?」
「かしこまりました」
夕花は、指示された事もだが自分に仕事が与えられた事が嬉しかった。誰かに必要とされていると感じる事ができるからだ。些細な事だが、自分にもできる事があるのだと考える事ができる。
紅茶を手早く入れてから、晴海に指示されたとおりに、主寝室に入っていく。
晴海は、夕花が主寝室に入っていくのを見届けてから、情報端末を立ち上げた。
遮音カーテンを引いてから、奥の部屋に入った。
夕花に声が聞こえないようにするためだが、晴海は聞かれてもいいと思っている。
すでに何度か連絡しているコールナンバーを入力する。
相手もこの時間に連絡が来るのがわかっていたのか、すぐにコネクトされた。
「能美さん?」
『坊っちゃん!』
「坊っちゃんは止めてくれ」
『そうでした。御当主様』
「能美さん!怒りますよ」
『ハハハ。それで、晴海様。目的の物はご入手できたようですね』
「どうだろう?それでどうだ?」
晴海の数少ない味方だ。六条家に代々仕えている。御庭番だと言えばわかるだろう。全滅に近い状況の御庭番の中では最高位で数名の手足を持っている。六条家の当主に仕える者としてもだが、能見は晴海の幼少期の家庭教師もやっている。教育係だった側面も持っている。
そして能見は弁護士資格を持っている変わり者だ。表と裏の顔を持つ能美が晴海の数少ない味方で最大の剣だと言える。
『大学は問題ありません。どこにしますか?』
「どこ?そんなにあるのか?」
『晴海様。いい加減、ご自身の資産を把握してください。伊豆に移られるのですよね?』
「資産?その為に、能見さんが居るのでしょ?伊豆の別荘なら街道から家まで一本道で都合がいいだろう?」
『そういうことですか・・・。それなら、駿河にある大学はどうですか?』
「能美さん。どうやって駿河まで通えと?」
『晴海様。それこそ、夕花様の所有スキルを見てないのですか?』
晴海は、そう言われて夕花の特記事項以外見ていなかった事を思い出した。
「そうか・・・。でも、駿河湾は、1級が必要だろう?横断するのには?」
『はい。この際ですから、夕花様に勉強して取得してもらいましょう』
「わかった、明日、夕花に話す」
『免許の名義変更も必要でしょう』
「あぁそうだな。夕花の免許って失効しないのか?」
『ハハハ。晴海様。そんな事をしたら、人権団体が鬼の首を取ったように騒ぎ出しますよ』
「・・・。それもそうか、能見さん。任せていいか?」
『勿論です』
奴隷となった場合でも、奴隷になる前に取った資格は有効になっている。
奴隷になった時点で、名義人は”不明”となってしまうのだが生体認証は消されていない。そお資格情報を名義登録するだけだ。奴隷市場ではやってくれない。主人が名義登録する必要がある。塩漬けされた資格は、更新料を払えば復活する事ができるが、その時に試験を必要とする場合もある。
「能美さん。夕花の他の資格も頼みます」
『わかりました。全部の資格を更新でいいのですか?』
「そんなにあるのか?」
『多くはありませんが、いくつかあります。自動二輪もありますね』
「わかった。頼む」
『承りました。資格や免許データはどうしますか?』
「あぁあとで、夕花の情報端末を教える。そっちに頼む」
『わかりました』
能美は、晴海から頼まれた事の作業を処理していく。
晴海と言うよりも、六条家専門の弁護士なのでできる事だ。忠誠心というのとは違う、信頼関係で結ばれた二人なのだ。
そして、六条家の事件の時に何もできなかった事から、晴海のやろうとしている事に全面的に協力しているのだ。
『あっそうだ。晴海様。ご結婚おめでとうございます』
「能美さん。今、それをいいますか?」
『えぇ文月晴海様』
「さすがに早いな」
『そりゃぁ勿論、愛する。晴海様の事ですからね』
「お前な・・・。絶対に、夕花の前では軽口は叩くなよ」
『わかっております。でも、思い切った事をしましたね』
「丁度いいだろう?」
『そうですね。あんな方法で、名字を変えるとは思っていませんでした』
「合法だろ?」
『えぇ今までやった人が居ないのが不思議なくらい自然な方法ですね。それにしても、文月ですか・・・』
「あぁ面白いだろう?」
『そうですね。よりによって、文月を名乗るとは思っていないでしょう。あっ各種変更はお任せください。処理を行います』
文月。
晴海は、夕花に”母親”の旧姓と説明したのだが、それは嘘ではない。母親の実家が使っている性なのだ。
晴海も能美も、六条家を襲撃した奴等を手配したのは、文月の家だと考えている。
六条家の屋敷は、昔の城下町風になっている。
真ん中に行けば行くほど六条と関係が深い者たちが生活をしている。そんな六条家の本家での祝い事が狙われたのだ。外部からの客は招いていない。内輪だけの催事だったのだ。勿論、文月家は、晴海の母親の出身だが六条ではない為に参列は許可されていない。
六条の屋敷にも家を持っていない。ただ、
文月家は、地方都市では力を持っているが、それだけの家だ。
そして、当主が交代した事で、屋台骨が揺らいでいたのだ。晴海が死んでいれば、文月家にも関係者として、多少の遺産が転がり込んだ可能性がある。六条家の遺産の1%でも転がり込んでくれば、数百億が懐に入ってくる計算だ。屋台骨が揺らいでいる文月家は是が非でも欲しい金額だったのだろう。
それだけではなく、当日の動きも怪しかった。六条の催事に合わせるようにして、文月の屋敷でも催事が行われていて多数の客を招いていたのだ。
「どう出ると思う?」
『わかりませんが・・・。晴海様を探されるでしょうね』
「それは、それは、頑張ってもらおう。道での攻撃許可は?」
『可能です』
「能美さん。夕花の事だが」
『はい。裏社会から狙われていますね』
「どこだ?東京系か?山陰系か?西南系か?大陸系か?」
『いえ、半島系です』
「半島?間違いではないのか?」
『はい。晴海さんから送られてきた画像を解析しました。間違いないと思います』
「ほぉ~。それは嬉しいな」
『そうですね』
六条家を襲った奴等の情報は、警察と軍部に握られていて詳細は秘匿されてしまっている。だが、文月家が裏の仕事で使っているのが半島系である事や、能美が調べた情報から半島系で間違いないと思われている。
『他には何か?』
「そうだ。駿河に行く為の足の準備をしてくれ。港への許可も必要だろう?」
『手配します』
「文月夕花で申請を出してくれ」
『わかりました』
「いいか、物は夕花が操作するのだからな。それを踏まえた物にしろよ。外見はそれなりの物にしろよ」
『わかっていますよ。私の愛しの晴海様を奪った夕花様の為ですからね』
「お前な・・」
『いつもの所から使っていいですよね?』
「あぁまだ大丈夫だろう?」
『十分です』
その後、晴海と能見はお互いの情報を交換して、通信を切った。
(ふぅ。まさか同じ糸だったとは・・・)
晴海は大きく伸びをした。
時計を確認したら、1時間近く通信していた事に気がついた。
冷めてしまった紅茶で喉を潤してから、寝る事にした。
夕花が入っていった部屋はロックなどされていない。
扉を開けると、夕花はベッドの端っこで丸くなって寝ていた。
晴海は、ベッドに腰掛けて、夕花の髪の毛を触ってから、夕花の身体をベッドの真ん中に移動させた。
そして、主寝室から出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます