第四話 芝居


 部屋の温度が上がったように思える。

 泰史やすふみに視線が集中する。忠義と礼登以外は、泰史やすふみを凝視している。夕花も、泰史やすふみを見てしまっている。


 泰史やすふみの次の言葉を誰しもが待っているのだ。


「お館様。私は、合屋家は、無関係です」


 泰史やすふみは泣きそうな声で、晴海に訴える。


 だが、晴海は臨んだ答えではないと泰史やすふみを追求する。


泰史やすふみ!違うだろう?」


 夕花が、意を決して、晴海の名前を呼ぶ。自分の考えを口にしていいのか迷ったが、晴海が机の下で夕花の手を握ってくれている。暖かさが伝わる優しい握り方だ。本当は怒っていない。夕花には、晴海が本当に怒っているようには思えなかった。


「晴海さん」


「なに?」


 泰史やすふみを追い詰めていた時とは違う優しい声で夕花に問いかける。これだけで、六家の者たちは夕花が晴海にとって特別な存在であると再認識でる。夕花を外の人間だと言えなくなってしまうのだ。晴海に、六条家当主の隣に立つ者なのだ。


「晴海さん。泰史やすふみは、晴海さんにだけなら言えるのではないですか?皆が居る前だと話せない内容なのかも知れません」


 晴海は、夕花の言葉を聞いて礼登を見た。礼登は首を横にふる。晴海は、礼登が夕花に言わせたのかと思ったが、違っていた。

 そして、忠義からは晴海が待っているサインは出ていない。晴海が待っている連絡はまだきていない。


 少し時間を開けたほうがよいと晴海は判断した。夕花の援護は丁度よかった。


「どうだ?泰史やすふみ。俺と夕花だけなら話せるか?これが本当に最後だ」


泰史やすふみ!どうだ!お館様や奥方様のお言葉だ!しっかりと答えろ!」


 泰章やすあきが殴り飛ばしそうな勢いで泰史やすふみに詰め寄る。


泰章やすあき!控えろ!」


「はっ」


「お館様と奥方だけなら、僕があの日に・・・。全部、お話をさせていただきます」


「わかった。俺が聞いて、皆に話すかも知れないぞ?」


「解っています。でも、お館様は、合屋家が無関係だとわかれば・・・」


「そうだな。無関係なら忘れる」


「ありがとうございます」


 泰史やすふみは、顔を上げて晴海をしっかりと見る。

 先程の泣きそうな声ではない。


「忠義。夏菜。秋菜。礼登」


「「「「はっ」」」」


「忠義は、市花を別室に案内しろ、夏菜は新見を、秋菜は寒川を、礼登は城井を、それぞれ担当しろ、合屋泰章やすあき


「はっ」


 泰章やすあきは自分の立場が悪い状況なのを理解している。

 晴海に名指しされて、立ち上がった。


泰章やすあきは、扉の前で待機だ。私と泰史やすふみの話が終わるまで、扉の前から離れるな。話が終わったら、すべての家を呼びにいけ」


「はっ」


 泰章やすあきは、晴海の意図がなんとなく解った。泰章やすあきだから解ったと言うべきなのかも知れない。合屋家が背負っている”業”が泰章やすあきだけでなく泰史やすふみに遺伝していたら、悪いようにはならない。


 各家が案内されて部屋から出ていく、残された泰章やすあきは晴海を見つめている。

 最初に会った時の印象とは違って、確かに六条の人間だと感じた。選んだ女性も普通ではない。これだけの者の前で、"泰史やすふみ"と呼び捨てにしている。

 泰章やすあきは、先代を思い出して居る。姿は似ていないが、晴海の中に先代の影を感じたのだ。


「お館様。御前、失礼いたします。奥方様。お待ちしております」


 泰章やすあきは、晴海と夕花に深々と頭を下げてから、泰史やすふみの肩を2回叩いて部屋から出た。泰章やすあきが部屋から出たのを確認して、夕花が扉をロックする。立ち上がる必要はない。礼登からリモコンキーを受け取っていたのだ。


 扉がしまったのを確認して、晴海は姿勢を崩した。


「泰!お前、まだ諦めていなかったのか?」


「え?」


 夕花が驚くのも当然だ。

 晴海が、礼登や忠義に話しかけるときと同じ口調で話しかけたのだ。


「お館様」


「”お館”はやめろ。俺とお前と夕花だけだ」


「はい。晴海様」


「ふぅー。昔みたいには呼ばないのだな」


「ご勘弁ください。立場があります」


「そうだな」


「え?え?」


「晴海様。奥様にはお伝えしていなかったのですか?」


「あぁ知っていたら、誤魔化せなかっただろう?」


「そうですね。それで、確定なのですか?」


「間違いない。あとは、能見からの連絡を待ってから行動する」


「そうなのですね。でも、晴海様。”いつものところ”をよく覚えていらっしゃいましたね」


「当然だろう?お前から、誘われたからな。行ったことは無いけど・・・」


「晴海さん?」


「泰は、簡単に言えば、忠義や礼登と同じだ」


「晴海様。同じではないです。私の方が、晴海様を愛しております。身も心も、全て晴海様に捧げました。忠義も礼登も、しっかりと告白していません。私は、何度も、晴海様に気持ちを伝えて、晴海様も受け入れてくれています」


「・・・?・・・?・・・!・・・。えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!晴海さん?!」


「泰。今の、言い方では、俺がお前を好きだと勘違いをしてしまう。俺が許したのは、俺に仕えることだけだ」


「同じ事です。晴海様が、私の愛を受け入れてくれたからこそ、お側に置いていただけるのです。そうですよね。夕花奥様!」


「えぇ・・・。僕・・・。晴海さん。なんで、こんなに・・・。濃い人ばかりがお側に居るのですか?」


「俺が知りたいよ。泰。時間は、それほど残っていない。そろそろ、話を戻すぞ?」


「はい。晴海様。夕花奥様。今度、ゆっくり、私がどれほど前から晴海様を愛していたのかを、教えて差し上げます。幼少の頃の晴海様のお写真や動画が、奥様のご存じではない、晴海様のお姿が・・・。一晩では見きれないほどあります。それらを一つ一つ、丁寧にご説明いたします」


「え?写真や動画か・・・。興味が・・・」


「泰!夕花も・・・。話をさせてくれ」


「「はい」」


 晴海が呆れながら、夕花の頭を軽く叩いてから、泰史やすふみに話を戻させる。


「泰。それで?」


「はい。残念ながら」


「そうか、解った。あと、泰。お前、あの日に、あの場所に居たのはなぜだ?」


「はい。晴海様の名前で呼び出されました。”本邸の離れで待機していろ”と書かれていました。最初は、晴海様が私の愛を受け入れて、私を抱いていただけると喜んだのですが、”離れ”という場所と”本邸”という言い方に違和感があり、本邸には向かわずに、”いつものところ”で待機していました」


「そうか、それで、昼前に忠義が俺を連れて、別宅に向かうのを見て、後を着けたのだな」


「はい。正確には、忠義ではなく、”慌てていた礼登を捕まえて問いただした”です」


「そうか、泰も見ていないのだな?」


「はい。晴海様。お聞きしたいのですが・・・」


「なんだ?」


「春奈と冬菜は?」


「死んだ」


「そうですか・・・。仇を・・・」


「晴海さん?」


「事情が複雑だけど、夏菜と秋菜には、姉と妹が居て、それが春菜と冬菜だ。腹違いの姉妹で、六条で給仕をしていた。泰史やすふみの婚約者候補だ」


「そうだったのですね。僕、余計な質問を・・・。ごめんなさい」


「夕花が謝る必要はない。泰。お前は、俺の所に来た時と思いは変わっていないか?」


 晴海の真面目な声に、泰史やすふみは姿勢を正した。


「はい。六条晴海様。いえ、晴海様に忠誠を誓います。そして、私のすべてを、貴方に委ねます。私の願いを叶えるために、合屋家の呪いを断ち切るために・・・」


「期待しよう。夕花。泰は大丈夫だ。俺の目的とも合致している。俺が道を間違えない限り、裏切らない。背中は預けられないけど、前を歩かせて弾除けには出来る」


 晴海は、夕花を見てニヤリを笑う。

 そして、晴海の情報端末に、晴海が待ち望んでいた連絡が入った。


「夕花。泰。喜べ・・・。連絡が来た。終焉を始めよう」


「はい!」「はっ」

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