第六章 縁由

第一話 権力


 晴海は、能見からの資料の扱いを考えていた。


 寝ている夕花を見てから情報端末の資料を見る。


(能見の奴、こんな爆弾を用意していたのか?夕花を寝かせておいて正解だな。夕花の前で見ていたら・・・)


 資料には、夕花の実家にまつわる調査結果(第一弾)が書かれていた。


 夕花の父親が友人と立ち上げた会社は裏で密輸に手を染めていた。

 州国間の貿易は認められている。州国によって取り扱いが違う商品は基本的には存在しない。大麻を合法化しようとした州国も存在したが、内外からの反対で廃案になった。

 夕花の父親たちは、表向きは東京都(旧東京都の千代田区と港区と中央区だけが東京都を使い続けている)で扱われる諸外国の物資を州国に売って、諸外国向けに州国の物産を東京都で販売していた。しかし裏では、東京都に残っていた特権階級を相手に大麻や合成麻薬サキオイシンを流していた。

 もちろん、大麻や合成麻薬サキオイシンは違法だ。特に、合成麻薬サキオイシンは緩やかな精神崩壊だけではなく、一定期間は細胞の分裂を遅くなる成分が含まれていた。そのため、老いにくくなるのだ。権力者たちがこぞって使って、精神崩壊を招いた歴史から世界中で使用はもちろん、製造も販売も所持も禁止されている。禁止されている合成麻薬サキオイシンなので、高く売れる。使い続けなければ意味がない。まさに、悪魔の薬なのだ。


 東京都では、州国の存在を未だに認めていない。すでに特権階級以外では、住民が居ない場所で彼らは独自のルールを策定し始めていた。東京都は、諸外国との窓口にもなっている。諸外国の大使館は変わらず東京に置いてあるためだ。東京都は、入都税を策定した。諸外国から”奴隷”となる人の輸入を始めた、2000年初頭に発ししたパンデミックで経済に大ダメージを受けた諸外国では食糧不足から来る難民が問題になっていた。東京都は積極的に難民を受け入れた。高い税金を課して払えない場合には奴隷として州国に売っていた。東京都は、自分たちが楽をするために労働力を求めた。その労働力から搾取する方法として高い税金だけではなく、奴隷としての販売益を得て肥大化した。


 夕花の父親は、そんな特権階級が望む品々を州国からかき集めて、販売していたのだ。

 その中には、違法な物も多かった。大麻や合成麻薬サキオイシンも含まれていた。特殊性癖を持つ者への販売も行っていたのだ。


 夕花の父親は、その商売で得た情報顧客名簿を持ったままだと思われるとまとめられている。


 兄は、組織が追っているのは間違いないが、兄も組織の裏帳簿や情報顧客名簿を持って逃げていると思われている。そして、その情報顧客名簿も東京都を根城にしている犯罪組織が絡んでいる。


(東京都が絡んでくるのか・・・)


 晴海は、寝ている夕花を見る。

 ベッドで横になってから、すぐに寝息が聞こえてきている。


(そうだよな。夕花に黙っていて・・・)


 晴海は、情報端末の資料を閉じた。夕花が寝ているベッドに近づいた。


 寝ている夕花の顔を覗き込んでから、まだ寝ているのを確認した晴海は横のスペースに腰掛けて、夕花の髪の毛を触って資料の内容を思い返していた。


(そういえば、母親に関しては何も書かれていなかった)


 能見からの資料は第一弾となっていて、これから詳しい内容を調べるのだが、夕花を狙っている組織が2つあるという事実を晴海に伝えたかったのだ。


 晴海は、夕花の隣に潜り込む。布団をめくると、ワンピースの裾が捲れて、夕花の健康的な腿が目に入る。ワンピースを元の位置に戻して横になった。


 2時間後に、晴海は目を覚ます。寝たつもりはなかったのだが、抱きついてきた夕花の暖かさに負けて寝てしまっていたようだ。


「夕花?」


 晴海は、横で寝ていると思っていた夕花が居ないのに気がついた。


「あっ晴海さん。起こしてしまいましたか?」


「ん?大丈夫だよ。あっ僕にももらえるかな?」


「はい。わかりました」


 晴海は、夕花が用意した紅茶を受け取った。


「うーん。おいしい。夕花。話がある。座ってくれるか?」


「はい?」


 いつになく真剣な表情の晴海を見て、夕花は首を傾げながら晴海の正面に座る。


「夕花。能見から資料が届いた」


「はい?」


「その資料には、夕花の父親と兄を調べた情報が書かれていた」


「え?」


「正直に言うと、僕は、夕花に、この資料を見せるべきか、教えるべきか、悩んだ」


「・・・。晴海さん」


「でも、多分、これから、僕や夕花を狙う者たちが出てくるだろう。対峙する場合も考えられる」


「そうです」


 晴海は、自分で言い訳を回りくどく言っているという認識はある。夕花に、資料の内容を教えると決めた今でも迷いはある。考える度に、反対側に天秤が傾くのだ。


「夕花」


「はい」


「対峙した者から、事実を知らせるよりは、僕から、夕花に知らせたほうがいいと判断した」


「はい。私も晴海さんから聞きたいです」


「ありがとう。能見の資料は、後で見せる」


「ありがとうございます」


 晴海がカップに残っていた紅茶を一気に飲み干す。


 空になったカップを晴海が見ていたので、夕花はおかわりを入れようと立ち上がろうとした。


「おかわりを入れましょうか?」


「いや、いい。ふぅ・・・。お兄さんは・・・」


 晴海は、兄の話からした。

 まだショックが少ないだろうと考えたのだ。


「・・・。そうですか・・・。兄は、やはり・・・。真実だったのですね」


「そうだな。夕花が知っている事実と変わりがないと思う」


「はい。それで、あの人は?」


「あの人?お兄さんか?」


「晴海さん。違います。私と兄を、お母さんに産ませた人です」


「・・・。うん」


 晴海は、夕花が兄を呼ぶときよりも感情がこもっていない呼び方をしている父親に関して書かれていた情報を伝える。


「・・・。そうですか・・・。あのひとは・・・。小心者で、愚か者だと思っていましたが、ただのクズだったのですね」


「・・・」


「晴海さん。その資料は、どこにあるのですか?」


「能見も見つけられていない。探すとは書かれているから、探しているとは思う」


「晴海さん。連絡が可能なら、能見さんに、あの人の仕事のパートナーだった人が仕事を始める前に住んでいたのは、讃岐です」


「讃岐・・・。四国州国か・・・」


「はい。母の知り合いからの紹介だと言っていました。でも、母は知らない人だと言っていました」


「なぜ、そんなわかりやすい嘘を?」


「母。東京都出身なのです。なので、母の知り合いだと言えば・・・」


「そうか、外国産の物を扱っても、不思議に思わないわけだな」


「だと思います」


「わかった。能見に伝える。ありがとう」


「・・・。晴海さん?」


「なに?ん?」


 夕花は、晴海をじっと見ているだけだと思ったが、涙が目から零れ落ちていた。


「夕花?どうした?」


「・・・。僕・・・。は・・・るみさ・・・んのじゃ・・・ま・・・しか・・・し・・・て・・・ない。やくに・・・たと・・・うとして・・・もな・・に・・・もでき・・・ない」


 晴海は、腰を浮かせて、夕花の隣に座る。泣き止まない夕花を抱きしめる。


「夕花。役に立っているよ」


「う・・・そ・・・です。あ・・・の人が・・・」


「うん。それは、計算外だったけど、東京に居る連中を潰せるかも知れないネタが手に入るかもしれない」


「え?」


 まだ、鼻をすすっているが、夕花は晴海の言葉で顔をあげた。

 目が真っ赤になっている。


「夕花。目を閉じて」


「はい」


 晴海は、泣いている夕花に目を閉じさせて、まぶたに優しくキスをする。


「え?」


「夕花。僕は、夕花で良かったと思っている。夕花。確かに、僕の狙いは復讐だ。それも、個人の感情を優先した最低の行為だ」


 耳まで赤くした夕花が晴海を見つめる。

 目には涙が浮かんでいるが、先程まで違って、新しい涙は産まれてきていない。


「は」


 夕花が、晴海の名前を言いかけたが、唇を晴海の指が塞いだ。


「いい。夕花。僕の狙いは、僕の家を狙った・・・。僕の家族を殺した奴らだ!」


「・・・」


「そして、直接命令を出したのは解っている。尻尾は掴んでいないが、間違いはない。でも・・・」


「でも?」


「直接手を出した者たちにも報いはくれてやる。しかし、道具だ。道具に命令した奴らがいる。そして、その命令した奴らの耳元で囁いた連中が居る。自分たちは、安全な場所に居て、自分たちは手を出さずに、美味しいところだけを持っていこうとする奴らを許せない」


「はい」


「東京都に居るのは解っている。殺すのは簡単だ。でも、それだけでは、復讐にはならない」


「・・・」


「僕は、僕が味わった喪失感を、彼らにも味わわせたい。彼らが、大事にしている権力を彼らから取り上げて、彼らが悔しがるところを見たい。それから、ゆっくりと時間をかけて殺してあげたい」


「・・・。晴海さん。私は、晴海さんのお手伝いがしたい。ダメですか?」


「ダメじゃない。夕花にも手伝ってもらう。そのために、夕花がいう”あの人”の資料が気になる。解ってくれるか?」


「はい!あの人を思い出したくは無いのですが、資料は必要です。何か、思い出したら、晴海さんにお伝えします」


「ありがとう。夕花!」


 晴海は、改めて夕花を抱きしめた。

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