第二章 落札

第一話 締切


 壁のタイマーが残り60分をしめした。

 館内放送でも同じ事が告げられる。


 入札を終えた人たちはひとまず入札をしなかった奴隷の部屋を最後に見て回っている。

 必ず入札が成立するわけではない。相思相愛にならないと落札できないのだ。


 問題なのが、複数に入札を行った者が両方の奴隷を落札してしまった時だ。

 この場合には、先に入札を行った方が優先される仕組みになっている。奴隷側には、複数入札が解るようになっているので、選ぶときの指標にもなる。


 壁のタイマーが徐々に少なくなっていく。

 残り10分になると、廊下に残っている人も控室に移動を始める。


 落札が発表されるのだ。


 六条も入札を終えて、控室に戻ろうとしていた。

 控室で名札を返却すると、札が渡された。この札には、番号が入力されている、端末で札を読み込めば番号が解る仕組みになっている。その番号が空き部屋に表示されれば、落札した事になると説明がされている。


 六条は、札を端末で確認して63番が自分の番号だと認識した。


「落札されましたら番号をお呼びいたします」

「番号??この番号?」

「さようです。その後、あちらの部屋に移動していただいて、奴隷との面談をしていただいて、問題がないか確認して決定していただきます」

「契約はその時に決定するの?」

「はい。内容に関しては、奴隷が草案を作りますので、それを読み合わせしていただきます」

「わかった。ありがとう。番号が呼ばれる事を期待しているよ。そうだ、お金は現金だけ?」

「いえ、チェックが可能です」

「そうか、大きな金額を入れたので、手持ちがなかったからどうしようかと思っていた」

「大丈夫です。端末も用意していますので、その場でのお手続きが可能です」

「そうか、心配しても落札できなければ意味はないな」


 六条は、執事風の男性から渡されたプレートを持って、料理や飲み物が並んでいる場所とは反対側の壁に寄りかかって目をつぶった。


 時間が過ぎた。

 廊下や部屋に誰も残っていない事を確認していた人が戻ってきた。執事風の男性が廊下に通じる扉を閉めた。


「今から、奴隷が落札者を選別し、契約書を作成します。暫くお待ち下さい」


 執事風の男性が、朗々とした声で宣言した。

 用意された食事や飲み物は、無料で飲み食いできるようになっている。アルコールは出されていない。タバコや大麻も、この部屋では呑めないが別室に行けば呑める事が説明されている。

 各々が適当な場所で時間を潰すようだ。


 仲間と思われる者と話をする人たち。

 ひたすら出された物を食べて飲んでいる人たち。

 家族だろうかまとまってなにかを話している人たち。


 そして、六条は壁に寄りかかって端末を開いている。

 部屋から得た情報を見ている。


(奴隷には名前は無いのか?)


 あの男たちの1人が呼ばれて部屋に繋がる通路に入っていった。実際には、どの部屋に入るのかは、待合室からは見る事ができないようになっているが、番号が示されてからすぐに移動すれば、わかってしまう。

 わかっても、どの奴隷なのかわからないので問題は少ない。


(今のやつ。ルーム21の前ですれ違ったやつだな。へぇ僕の事を意識していたのか?)


 六条は、男が入っていった場所を見つめている。


 中では、契約に関しての取り決めが行われている・・・。事になっている。

 皆、そのくらいの事はわかっている。


 奴隷は23名。

 徐々に少なくなってきているのは、参加者にもわかっているのだろう。


 空いている部屋に63と番号が表示された。


 六条は、端末を起動して、渡された札を確認する。


(僕で間違いないようだ。あの子。僕の手をとる事にしたのだな)


 六条は、部屋に番号が付いてから暫くは動かなかった。

 他の部屋に番号が灯るのを確認してから動き出した。


「札を」


 執事風の男性に持っていた札を渡す。男性は、札を端末にかざして確認してから


「確認が取れました」


 そう言って、六条の前を執事風の男性が歩いていく、六条は男性の後に続いた。


「こちらです」

「ありがとうございます」


 六条は、ポケットから丸めた札を取り出して、執事風の男性に渡す。

 いわゆるチップという物だ。


 男性は、少しだけ六条の顔を見てから、深々と頭を下げた。


「心遣いありがとうございます」


(そうか、この人も奴隷だったのだな)


 六条は何も言わないで部屋に入った。

 頭を下げたときに、首筋が見えた。チップが埋め込まれているのがすぐに解る位置だ。


 男性が心遣いと言ったのは、六条がチップを電子コインで渡さずに、丸めた札を使った事にある。

 電子コインでは、奴隷が交換しようと思ったときに足元を見られてしまう可能性が高い。手数料50%をとる事もよくある話しだ。六条は、その手の話を調べて知っていたので、チップで渡す金額を紙幣にした。丸めたのは、受け取るときに額がすぐにわからないようにしたのだ。

 貰った紙幣から六条の心遣いがわかった執事風の男性は深々と頭を下げるのだった。


 通された部屋では、別の男性が待っていた。

 この部屋は、防音がされていて、電波も外側にも内側にも流れる事はない。完全に独立している部屋だと説明された。


 半島事変から始まった第三次世界大戦は、情報の戦いだと言われている。

 日本は、無防備な状態だった情報戦で負け続けた。第三次世界大戦の特徴というべき事なのだが、人的な被害が殆ど出ていない。殆どが電子戦/情報戦なのだ。無人の爆撃機を敵国に送り込む。送り込まれる方も、無人の戦闘機で対応する。すり抜けたあとで、ジャミングで爆撃機を拿捕する。拿捕した個体から通信方法を解析して、的確なジャミングを作成する。

 スマホと呼ばれていた端末で海外企業のパーツを使っている物は禁止され、国内での生産に切り替えた。半導体も第三国から買っていた物を国内に切り替えた。

 この時期になると、石油は全世界で枯渇してきていた。第三のエネルギーへの対応ができなかった国が、できた国からの支援を求めて傘下に入っていく。


 情報戦で負け続けている事に気がついた国のトップ達は慌てた。

 その時には、国の資産の7割が海外に流出していた。技術情報も流出したが、技術に関しては職人を基盤としているので、それほど大きな打撃ではなかった。

 それから100年。情報戦でもトップを走る事ができるようになった。

 進みすぎたテクノロジーは喜劇を産む。戦争末期は、電子網が使い物にならなくなってきて、古来の方法が取り入れられるようになった。

ひどい場所では伝書鳩を利用した所がある。手旗信号を使ってのモールス信号なんかも使われた戦場まで存在する。やっている本人や考案した軍部は真剣だったのだろうが、戦争が愚行である証左であると言えよう。


 いろいろな事情から衰退していた情報網が復活してきたのはここ10年くらいだ。

 この部屋の様に防音設備だけではなく諜報対策も施してある場所はまだ少ない。窓の少しの振動から音を再現したり、部屋の内部の様子を再現したり、端末の画面を盗聴できる事は、当初この国では不可能な事だと思われていた。

 そのために平気で、上役の一番大事な端末画面を、窓に投射して産業スパイに情報を盗まれ続けていた。


 これらの対策が取られているのは部屋の作りを見れば解る。

 盗聴対策もしっかりされているようだ。天井や壁に微妙な凹凸があり振動を拡散する役目を持っている。他にも最新技術から使い古された技術まで織り込まれた部屋なのだ。


 そして、六条は先程入札を行った奴隷が目の前に座っている事に安堵の表情を浮かべた。

 まだ透明な壁で遮られて、話すこともできない。


 古い人なら、刑務所の面会室と言えば想像ができるような部屋なのだ。


「ご主人様」


 マイク越しの声が六条の鼓膜を刺激する。

 六条の手元に、奴隷契約書なる表題の文章が表示された。

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