【KAC3】落ちこぼれと意地っ張り(お題:シチュエーションラブコメ)
今朝まで滞在していた僕の故郷から、馬車で半日。空が紫色になりかけた頃、僕はようやく目的地の土を踏んだ。
制服である黒いローブの上に、更に黒いマントを羽織った少女。彼女と同じ制服姿の僕と、肩に留まる一羽のフクロウ。
馬車から降りた僕たちは、初めて目にする国境の景色に感嘆の声をあげた。
国境に沿って張られた魔法壁は淡い虹色の光を放ち、向こう側には美しい湖が透けて見え、とても幻想的だった。その中央にある国境門は意外と大きく、馬車の三台くらいは同時に通れそうだ。隣にある石造りの建物は警備隊の詰所で、隣国の領地であるハリルオーネへ足を踏み入れる為には、ここで出国申請をしなくてはいけない。
行商人でもないのに歩きで他国へ赴くのは珍しい事だけど、僕はじっくりと旅を進める必要があった。何故ならば、これは僕が魔法具として「羽ペン」を作る為の旅だからだ。自分の魔力と相性の良い羽根を見つけなければ、魔法具として成立しない。
今まで手に入れた羽根は一つ残らず、僕の魔力を拒絶した。だけど国境の外まで足を延ばせば、今度こそ見つかるかもしれない……それしか、可能性が残っていない。なので道中に生息する鳥だって、試した事のない鳥種は全て試す。それがヒヨコだろうと怪鳥だろうと、決して無視するわけにはいかないのだ。
「いよいよ出国じゃの、エヴェン。緊張しておるのか?」
フクロウのアウちゃんが、クチバシで僕の髪を梳いた。「魔法アウル」という鳥種である彼女は、人間と会話をする事ができる。
僕はアウちゃんを腕に乗せ、彼女と正面から向かい合った。
「そうだね……してないと言えば、嘘かな」
「案ずるな、何があろうとワシが護ってやろう。何もかも、このアウちゃんに任せておけばよいぞ!」
正直に不安を打ち明けると、アウちゃんは得意気に胸を張り、自信満々に言い切った。高度な魔法を操ることができるアウちゃんは、魔法の使用を禁じられている見習いの僕に、担当教官のハース先生が付けてくれた護衛役だ。
「ちょっと、私だって役に立つわよ! 養成所で誰より才能があるのは私なんだから!」
アウちゃんに張り合ったのは、僕の学友のサリエットだ。とっくに卒業見込みの出ているサリエットは、留年寸前の「落ちこぼれ」である僕と違って、魔法の使用を許可されている。アウちゃんほどではないにせよ、確かに優秀な魔法使いだ。
負けず嫌いのサリエットは、うねるほどに固く編んだ赤い髪を揺らして僕の前に回り込み、腰に両手を当ててぐっと胸を反らした。多分、アウちゃんの真似だ。
「エヴェンは私の後ろに隠れて、ハーブティーでも飲んでればいいわ!」
「ほっほ、そうじゃの。香りを楽しむ程度の余裕はあろうて」
頼もしい二人の女性と共に、僕は詰所の扉を叩いた。
それから五分も経たないうちに、僕たちは詰所を後にした。もちろん国境門は通っていない。
「たった今、国境門は閉門したんだ。申し訳ないが、明日また出直してくれ」
詰所の担当官にそう言われてしまっては、諦めて出直すしかない。街道を少し歩き、あまり高くはなさそうな宿屋へ飛び込んで、人の良さそうな主人に事情を話すと、国境の門は日没と同時に閉めてしまうのだと教えてくれた。
やむなく部屋を取ろうとしたものの、空きが一部屋しかないと言われてしまい、仕方なく僕とサリエットは同じ部屋へ泊まることになった。馬車の到着時間の関係上、この街道沿いの宿屋は概ね盛況なのだと言う。実際ここも、一階の酒場は行商人をはじめとする旅人たちでほぼ満員だった。
更によろしくない事に、夕食が必要なら酒場で頼むようにと言われ、その上で酒場に動物は入れないで欲しいと念を押された。詰所の役人に神経質な偉いさんがいて、衛生面にすこぶる煩いのだという。
動物扱いをされてふて腐れたアウちゃんを部屋に残し、僕たちは酒場のカウンター席に座った。
資金的に贅沢もできないので、二人とも一番安いイノシシのシチューを頼んだ。味は濃い目で肉は固かったけれど、値段を考えれば十分に食べごたえはあった。
会話を楽しむ余裕もないままに、僕たちは急いで部屋に戻った。しかし、既にアウちゃんは完全に拗ねていた。
「おぬしら、煮込んだシシ肉の匂いがするのぅ……ワシも食べたかったのじゃ……魔法アウルは人間と同じ食事ができるのじゃぞ……」
アウちゃんは首をクルクルと回しながら、シシ肉シシ肉、と呪文のように唱えている。
「フクロウだからてっきり、私たちと同じものは食べられないのかと思ったの。ごめんなさい、少し取り分けてくれば良かったわね」
サリエットが頭を下げたので、僕も慌ててそれに習う。しかしアウちゃんは首をくりくりと動かした後、まるで両肩をいからせるように翼を広げた。
「良いのじゃ良いのじゃ、所詮ワシはフクロウなのじゃ。フクロウはフクロウらしく、そこらの野ネズミでも食ろうてくるわ……サリエット、エヴェンを頼むぞ」
アウちゃんはそう言うと魔法を使って窓を開け、そのまま外へと飛び立って行った。
普段、何かにつけ強い言葉で話すサリエットは、僕と二人になった途端に大人しくなった。こちらから話を振っても「ええ」とか「そう」とか生返事ばかりで、何だか彼女らしくない気がする。
疲れているだけならいいのだけれど、本当は僕と二人が嫌なんだろうか。実は嫌われているのだろうか、養成所の試験では常にライバルだったし……だけど、今回の旅に同行すると言ったのはサリエットの方からだった。僕を嫌いならそんな事は言い出さないだろうとも思う。
一人部屋に、僕と二人で押し込まれたのが気に入らないのかもしれない。
「サリエット、僕やっぱり、物置でも借りられないか聞いてくるよ」
「えっ?」
ベッドの縁に腰掛けて、ずっと俯いて黙っていたサリエットが、驚いたような表情で顔をあげた。鏡台用の椅子に座っていた僕が立ち上がると、サリエットは僕を止めようとしたらしく、ローブの背を掴んで思いっきり引いた。
「ま、待ちなさいよ!」
よほど焦ったのか、それは首が絞まりそうなほどの力だった。僕がむせながら元通りに着席すると、サリエットは慌てて手を離した。
「ご、ごめんなさい。でも私、エヴェンの邪魔をしに来たつもりじゃないのよ……それなら私が、物置に行くわ」
言い分はわからなくもないが、女の子を物置に押し込んで自分がベッドだなんて、そんなの僕にはとても無理だ。よく女の子と間違われる僕にだって、男としての意地というものがある。
「サリエットは女の子なんだから、この部屋を使っていいよ」
「……そんな気遣い、必要ないわ」
サリエットはあからさまに不機嫌になった。しまった、サリエットは「女のクセに」と揶揄されることを何よりも嫌うんだ。
「えっと、女の子は身体を冷やしちゃいけないって聞くから。それだけだよ」
「平気よ、この辺りは暖かいし」
「僕はもっと平気だよ。物置でも、酒場の片隅でも」
「あんなところで寝たら、制服が油まみれよ。ダメよ、絶対にダメ」
サリエットは、僕が何を言っても受け入れてくれそうにない。そのくせにずっと気まずそうな表情をしていて、僕と目を合わせようともしない。いつものサリエットなら「だからダメだって言ってるでしょ! エヴェンのバカ!」なんて叫び出す頃だと思うのに、それすら全く気配がない。
「どこか具合でも悪いの?」
「それ、どういう意味よ」
凄い目で睨まれた。ああ、ようやく調子が出てきたみたいだ。ずっと慣れない馬車に揺られていたし、ただ疲れていただけなのかもしれない。
「……アウちゃんにエヴェンを頼まれたのに、別々の部屋なんて、ダメよ」
サリエットが、自分の膝を掴んでいるのが見えた。どうやらサリエットの態度が頑なな理由は、律儀に僕を護ろうとしている為らしい。だけど外歩きならまだしも、こんな場所で何事もあるわけがない。
「宿屋の中で寝るだけなんだから、そんなに気を遣わなくていいよ」
「でも、私は頼まれたの! だから別々なんて、絶対にダメ!」
今のサリエットの決意は、もうテコでも動かないだろう。だけどサリエットの意地っ張りは、相手を思うがゆえの事だと、僕は知ってる。
「ありがとう、サリエット。じゃあ遠慮なく、僕もここで一緒に寝させて貰うよ」
受け入れる事にした僕がお礼を言うと、サリエットは頬を薔薇色に染めた。
「そうよ……私、エヴェンが大切、なんだから……」
サリエットが真っ直ぐに、僕の方へと視線を向けた。
やっぱりサリエットはいい子だなと、僕は改めて思う。サリエットはいつだって優しくて、どんな時でも懸命に生きている女の子なんだ。
僕は床に膝をついて、ベッドに腰掛けているサリエットへ視線の高さを合わせた。
「サリエットは、僕の自慢の親友だよ」
つい昂ってしまった僕は、サリエットの手を取って、今の素直な想いを伝えた。するとサリエットはじっと僕の顔を見つめて――そして、その可愛らしい顔立ちに似合わない、大変に酷い形相で僕を睨みつけた。
「親友……ですって?」
「あ、うん……ダメ、だった?」
「ダメだなんて言ってないでしょ! 何なのよもう!」
よくわからないけれど、僕は何かサリエットを怒らせてしまったらしい。ごめんねと謝ると、サリエットが泣きそうな顔で、僕の頬を思いっきり引っ叩いた。
「痛いんだけど!」
「うるさいわね! エヴェンのバカ!」
「何で!?」
サリエットは、一枚しかない毛布に包まって芋虫のようになりながら、怒っている理由も言わないままベッドに転がった。
「ごめん、サリエット」
「理由もわからないくせに謝ったりしないでよ!」
「じゃあ理由を教えてくれる?」
サリエットは、それ以上の返事はくれなかった。僕は仕方なく床に座り、ベッドに背を預け、マントを毛布代わりに眠る事にした。
灯りを消してしばらくすると、サリエットの「本当にバカね」と呟く声が微かに聞こえた。その声が優しかったから、僕は安心して眠りに落ちた。
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