【KAC4】落ちこぼれと精霊使い(お題:紙とペンと○○)

 うわあ素敵、と僕の親友がはしゃいでいる。目の前に広がるのは大きな湖と、岸辺で草を食む野ウサギの群れ。僕たちはわざと街道から外れて、草原に足を踏み入れた。

「エヴェン、これ草の匂い? 私、この匂い好き!」

「サリエットは都会育ちなのにね」

「だからこそよ、エヴェンは珍しくもないでしょうけど!」

 石畳だらけの街で育った彼女は、制服の黒いマントをはためかせ、野ウサギの群れめがけて駆け出して行った。

「一羽くらい仕留めてくると良いぞ、サリエット!」

 そう叫んだアウちゃんは、野ウサギを完全に食料としか見ていなかった。


 旅の初日である昨日、さっそく国境で足止めを食らってしまった僕たちだけど、今日は無事に隣国へ入る事が出来た。隣国領であるハリルオーネは自然豊かで、「精霊に愛された地」との異名がある。魔法使いには欠かせない力である、火・水・風・土の「四大元素」の力が強いからだ。

 僕の旅に同行してくれている二人――フクロウだけど魔法を使う「魔法アウル」のアウちゃんも、僕が在籍する「アーリエ魔法使い養成所」で屈指の才媛サリエットも、揃って「魔力が満ちてくる」と言った。

「おぬし、この土地をどう感じておる?」

 アウちゃんに問われた僕は、正直に「いつもと変わらないよ」と返す。

「そうか……エヴェンの魔力は、性質が特殊なようじゃからの」

 それは、僕が魔法具を作れないでいる事を受けての言葉だ。魔法使い見習いが最初に製作する「羽ペン」の、主要素材である鳥の羽根に、僕は完全に見放されてしまっていた。

 養成所の売店で売っているようなカラスの羽根から、国内最高級品の孔雀の羽まで試してみたけれど、何一つとして僕の魔力を受け入れてくれなかったのだ。そのせいで、僕はこうして羽根探しの旅へ出る羽目になった。

「魔力を拒絶される原因は、わかっておるのか?」

「ハース先生は、相性としか言わなかったよ」

 僕の担当教官であるハース先生の事が大好きなアウちゃんは、基本的には先生の言う事を否定しない。僕の護衛係をしてくれているのも、先生がそう頼んだからだ。しかしアウちゃんは、ふむう、と首を傾げた。

「他の魔法具は普通に作れたんだけどな」

「羽ペンさえなければ、文句なく首席よね」

 戻ってきたサリエットが、珍しく僕のことを褒めた。羽ペンのせいで留年寸前の「落ちこぼれ」である僕を、励まそうとしてくれているのに違いなかった。


 湖に沿って歩いていると、ほとりに木造の小屋が建っているのが見えた。古そうではあるけれど、朽ちているという程ではない。小屋の前では茶色いニワトリが数羽、元気良く餌をつついている。

「かような所に人家か、ふむ……縄張りを通るからには、挨拶でもしておくかの」

 僕の肩から離れたアウちゃんは、小屋の方へと飛んで行く。僕たちも走って後を追った。

 アウちゃんは扉に付いたノッカーを咥えて、器用にコンコンと扉を鳴らした。中からは女性の声で「開いてるよぅ」と間延びした声が返ってきた。

 そっと扉を開けて中を覗くと、そこには艶やかな黒髪の美しい女性が、両足をテーブルの上に放り出して座っていた。濃紺のタイトスカートの、両横に深く入ったスリットのせいで、彼女がロッキングチェアを揺らす度、否応なく足の白さが目に入る。

「おやぁ、お若い客人だねぇ、珍しいねぇ」

「そういうおぬしは、見た目の十倍は生きておるのじゃろう?」

「へぇ、わかるのかい。こんな婆のところに可愛いヒヨコを二人も連れて、アウルは何しに来たのさぁ?」

 女性はカラカラと笑う。僕の親よりも若く見えた彼女は、どうやら人間の寿命を大幅に超過しているらしい。資格が必要な「魔法使い」に、常識を超えた延命術式は認められない……つまり、彼女は魔術師の可能性が高い。誰の許可も必要としてなければ、当然守るべき規則もない、誰の庇護も束縛も受けない存在。

「ワシらはたまたま通りかかったのじゃ。魔術師の縄張りを通るからには、挨拶を入れておこうと思うてな」 

「へぇ、殊勝な心掛けだねぇ。だけどアウル、アタシは魔術師なんかじゃないよぅ。なんかと間違えないでおくれよぅ、アタシは精霊使いさぁ」

 彼女が名乗った「精霊使い」とは、直接魔力を使って効果を得るのではなく、魔力を食わせる事で精霊を使役するタイプの術師だ。魔法使いとは完全に別種の術師だし、公には「既に途絶えた術式」だという事になっている。まあ、アウちゃんが言うように二百年以上生きているのなら、精霊術が使えても何ら不思議はない。

「おぬしが魔術師であろうと、精霊使いであろうと、ワシたちには関わりない事じゃな」

「アタシの方は、妙な誤解を噂されると困るのさぁ」

「かような噂をわざわざ撒くほど、ワシらは暇ではないのじゃが……まあ良い、ならばおぬしの名を聞こう。魔術師は名を知られる事を嫌うからの」

 僕とサリエットは顔を見合わせた。魔法使いが名を知られてはいけないなんて、かなり古い時代の話だ。とはいえ、高齢の魔法使いは確かにその傾向があるので、アウちゃんが言う事も的外れと言うわけではなかった。

「アタシはアンディナ、水の精霊使いさぁ。アンタたちも名前を教えておくれよぅ、ヒヨコちゃんは怖くて名乗れないかねぇ」

 アンディナはからかうように言い、ぺろりと赤い唇を舐めた。サリエットの機嫌がどんどん悪くなっていくのが分かる……アンディナは、わかっていて挑発してるんだろう。

「私は、サリエットよ」

「僕はエヴェンと言います」

 僕たちが名乗ると、アンディナは何故か僕だけを見つめた。

「へぇ……坊やの魔力は面白いねぇ、無色透明じゃないかぁ。なぁ、ちいとばかり見せておくれよぅ」

 テーブルから足を下ろした彼女は、立ち上がって僕の手を取った。

「エヴェンに触るんじゃないわよ!」

「おやぁ、赤毛の嬢ちゃんはヤキモチかえ。可愛いねぇ」

「ちがっ……!」

 言葉に詰まったサリエットの頬をつついて、アンディナは棚に置かれていた羊皮紙と羽ペンを手に取った。

 それは、かなり高度な術式を編んだ魔法具だった。そこに尋常じゃない量の魔力が込められている事は、僕の目から見てもはっきりとわかる。その凄さに気付いたのか、サリエットも黙り込んだ。

「己の魔力の性質を、坊やはまだ知らないんだねぇ?」

 言い当てられてしまい、僕は頷く。

「羽ペンの材料の羽根に、魔力を拒絶されるんです」

「そうかい、ちょっと見てあげるよぅ。これも精霊の引き合わせだねぇ」

 アンディナはそう言いながら、紙の中央に円を描くように、古代文字のような何かを書き付け始めた。その手が止まると羽ペンが発光し、青いインクで書かれた文字が、羊皮紙の上に浮かび上がって踊り出す。それは魔法具としての羽ペンと、触媒としての羊皮紙の効果だと思われた。

 この紙の上では今、精霊を呼ぶ儀式が行われている。

「さぁ、おいで。この輪の中に、利き手を入れるんだよ」

 言われるままに、踊る文字の中心へと右手を置く。その途端に書かれた文字が纏わり付いて、僕の右手は水に浸したような感触で包まれた。その僕の手を、更にアンディナの両手が包み、白い指が艶かしく這い回った。

「水は全ての根源さぁ、生きる全ての源さぁ。見せとくれ、見せとくれよぅ。我のいのちを受け入れとくれ、お前のいのちを見せとくれよぅ。さぁ、我と一つになっておくれよぅ」

 アンディナは歌う。水の精霊を使役して、僕の内側を覗いている。その感覚はとても刺激的で、身体の内部を循環している魔力が、沸騰してしまいそうで――。

「ああ、火を舐め取り風を吸い尽くす子よ、水を飲み干し土を食らう子よ! あっ、あっ……大きいっ、大きいよぅ、溢れちまうよぅ!」

 アンディナの叫びで、僕は我に返った。踊る文字は羊皮紙もろとも弾け、水風船が割れたかのように飛沫をあげた。しかし僕の手は刺激を感じる事も、水に濡れる事もなかった。

「エヴェンのバカ……やらしい、最低」

 耳まで赤くなったサリエットが僕を睨んで、アウちゃんに「飛躍しすぎじゃ」とツッコミを入れられている。いったい僕はどんな表情だったんだろう、怖い。

「凄いねぇ、坊や……精霊たちは、坊やの魔力に怯えているねぇ」

 上気した表情のアンディナに、突然ありえないような事を言われて、僕は言葉が出せなかった。だって僕は、四大元素系列の魔法を使う事が出来るから。

「でも僕、精霊系の魔法を使えます」

「精霊の加護がなくたって、それだけの魔力があれば少しは使えるよぅ」

 アンディナが、真剣な眼差しを僕に向けた。

「魔力が大きすぎるのさね。強いんじゃないよぅ、大きいのさぁ。注ぐ魔力が多すぎて、羽根が拒否しているんだねぇ。器の大きな、制御できる魔力の羽根をお探しよぅ」

 素材の魔力と容量は、比例しているのが常だ。そんな羽根があるなんて、話すら聞いた事がない。

「そんなの、ありませんよね……」

 落ち込む僕の耳元で、アンディナが「作ればいいのさぁ」と囁いた。耳に吐息がかかり、さっきの艶かしさを思い出してしまい、僕は慌てて頭を振った。サリエットの視線が怖い。

「職人に頼めばいいのさぁ、腕前は必要だけどねぇ。魔力の高い羽根を手に入れて、魔力を抜いて貰いなよぅ」

 それを聞いた途端、アウちゃんとサリエットは表情を輝かせ、全身で喜びを表すように飛び跳ねた。

「羽根はワシのを分けてやるわい!」

「腕のいい職人を探せばいいのね!」

 サリエットは僕の手を引いて、そのまま外へと飛び出した。慌ててお礼を叫んだ僕に、水は坊やの味方だよぅ、とアンディナが返したのが聞こえた。


 固く手を繋いだまま、僕たちは草原を駆け抜けて行く。

「ワシが礼儀正しいからじゃぞ。やはり挨拶は大事なのじゃな、うむ!」

 羽ばたきながらも得意気なアウちゃんが、ほっほうとフクロウ語で鳴いた。

 サリエットの温もりが、アウちゃんの翼が、僕を望む場所へと導いてくれる――この二人と一緒なら、僕はどこへだって行けるような気がした。

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