【KAC5】落ちこぼれの校則破り(お題:ルール)

 湖の上にそびえるような城が、特徴的な街だった。 

 魔法具「羽ペン」の素材探しの旅に出て、腕利きの魔法職人を探す事になった僕たちは、ハリルオーネ領の中心都市アムルダへ到着した。ここは街の最奥に大きな湖があり、その中央にある島に領主の居城が建てられていて、一本の大きな橋だけが街と城を繋いでいる。

 正門から入った僕たちを、活気に溢れた街が出迎えてくれた。忙しなく行き交う人々、ひっきりなしに街を出入りする荷馬車。町の中心にある広場では市が開かれており、色とりどりの天幕がとても華やかだ。噴水の前では白塗り顔の大道芸人が、集まってきた観客をどっと沸かせていたりした。

「エヴェン、顔色が悪いわ。無理しない方がいいわね」

 親友のサリエットが、心配そうに顔を覗きこんでくる。農村育ちの僕は人混みに不慣れで……つまり、僕だけ人酔いしている。情けない。

「サリエットの言う通りじゃ、少々早いが宿を取ろうぞ」

 担当教官の計らいで僕の護衛をしてくれている、魔法を使えるフクロウ「魔法アウル」のアウちゃんが、ほぅほぅとフクロウ語で鳴いた。

「あの裏手に、小綺麗な安宿があるようじゃな」

 どうやら街の鳥たちに聞いたらしく、アウちゃんは路地の方を指した。


 看板に「キジバト亭」と書かれた店へ入ると、一階はお決まりの大衆酒場だった。カウンターの中にいるマスターは、そこらの荒くれ者より強そうだ。

「店主、二名と一羽で宿を取りたいのだが空きはあるかの。あと、ワシも酒場ここで食事ができるじゃろうか」

 アウちゃんに話しかけられたマスターは、料理をしながらこちらへ視線を向けた。

「おお、魔法アウルか。任せな、部屋も食事も用意できるぜ」

「助かるわい。フクロウと言うだけで部屋に押し込められる事もあってのぅ」

「んな事してたら、使い魔連れてる魔法使いが寄り付かなくなっちまうよ」

 マスターは歯を見せて笑い、僕たちにカウンター席を勧めた。

「この店は、魔法使いも多く来るのかの?」

「アムルダの店はどこもそうだろうな、魔法使いが多い街なもんでね。精霊様のご加護に加えて、情報と物資の多さで群を抜いてるのがアムルダっ子の自慢さ」

 まぁ何か頼みな、とマスターがメニューを差し出した。一番安い料理は、鶏肉の白ワイン煮だ。

「ワシ、さすがに鳥類は食べないのじゃ……」

「野ウサギのパイ、同じ値段でいいぞ」

 マスターの心遣いに、アウちゃんがほっほーう、とご機嫌で鳴いた。


 食事をしながら「腕の良い魔法職人を知らないか」と尋ねてみると、マスターは「情報には対価がいるんだぜ」と苦笑した。

「悪く思うな、それがこの街のルールなんだ。それで生計立ててるヤツがいる以上、気軽に相場を崩すわけにもいかん」

「ちなみに、マスターの情報はどういうものですか?」

「その手の事に詳しい人物の紹介で、金貨一枚」

 金貨一枚となると、十日間はこの宿屋に泊まれる金額だ。紹介だけでその金額は、ちょっと辛い。そもそも僕は野営をしながら鳥の羽を毟る程度の旅しか想定していなかったので、資金が潤沢だとはとても言えないのだ。

「お金、余裕ないんです」

「金がないなら、こちらの頼みを聞いてもらう事になるが」

「それでお願いします」

 僕が頭を下げると、マスターは周囲を伺ってから声を潜めた。

「実はな……うちの客室の一室に、幽霊が出るって話なんだが」

「この魔法全盛の時代に、幽霊じゃと?」

 そんな非現実的な、とアウちゃんが首を傾げる。大抵は精霊の悪ふざけだとか、誰かがジョークで幻影魔法を仕掛けていたとか、そういう笑い話のはずだ。

「魔法使いに見て貰ったんだが、部屋には何の仕掛けもないって言うのさ。しかし夜中になると、見えない何かが……身体を触るらしいんだ、女性客だけ」

 変態じゃないの、とサリエットが露骨に不快さを顔に出した。僕もつい想像してしまい、物凄く嫌な気持ちになった。

「その何かを、捕まえればいいのじゃな?」

「ああ。解決してくれれば、情報屋を紹介してやろう」

「だったら決まりよ、やるしかないわ!」

 意外にも、強く食いついたのはサリエットだった。あまりの勢いに、マスターも目を丸くしている。

「嬢ちゃんも触られるかもしれんのだが、大丈夫か?」

「平気よ、変態なんか魔法でぶっ飛ばしてやるんだから」 

「あ、ああ……どうか建物は壊さないでくれよ」

 やる気に満ち溢れたサリエットのゴリ押しで、僕たちはその幽霊部屋へ宿泊する事になった。


 二階の最奥にある八号室で、僕たちは深夜になるのを待った。

 アウちゃんの「墓地ならまだしも、街中に幽霊なぞおるわけないわ」という意見には僕たちも賛成だったので、誰かが魔法を悪用して、直接イタズラをしているのだろうという事になった。もちろん犯罪行為なので、魔法使いならば資格が剥奪され、生涯にわたり魔力を封印される事になる。

 設置型魔法や精霊の痕跡が無いというのなら、犯人は物理的にこの部屋を見ているに違いない。念のため七号室を僕が、八号室をサリエットが借りている事にした。三階はマスターや従業員の私室で、関係者以外は立入禁止となっている。従業員に魔法使いの資格持ちはいない、とマスターは言った。

 アウちゃんが鏡台の上から部屋全体を監視する事にして、サリエットはベッドに、僕はベッド脇のクロゼットにそれぞれ潜り込んだ。

「嫌な役をさせてごめん、サリエット」

「平気よ。でも、護ってよね」

「魔法は使えないけど……できる限りの事は、するよ」

 魔法使い見習いの僕は、いかなる理由があろうとも、養成所の外で魔法を使う事は禁じられている。そんな僕に、サリエットは「魔法具は使えるでしょ」と言って笑った。

「そろそろじゃな……サリエット、何かあれば声をあげるのだぞ」

 アウちゃんがカーテンを閉めて、部屋の灯りを消した。

 それからは誰も何も言わず、物音すらしないまま、ただ時間は流れていく。もしかすると今日は来ないのかもしれない――そう油断して、うっかり眠気が襲ってきた頃、サリエットが急に身じろぎをした。何も言わないままだけど、その動きは絶対に寝返りなんかじゃなかった。

 アウちゃんが幻影魔法を展開して、ここにはサリエット一人しかいないように「見せかける」。僕が部屋の灯りを点けると同時に、サリエットが毛布を蹴り飛ばした。

 ベッドの上にいるサリエットは今にも泣き出しそうな顔をしていて、服の中で何かがうごめいていた。それでも彼女は何も言わず、ただ唇を震わせて、ベッドシーツを強く握り締めている。

「言霊封じか!」

 アウちゃんが叫んだ。それは対象の言葉を奪い、呪文の詠唱を封じる呪い。サリエットに効いたという事は、犯人はかなり強い魔力を持っている。

「ワシは幻影を展開中じゃ、同時に浄化は扱えぬ! 今宵の事は全て見逃すゆえ、すぐに言霊封じを解くのじゃ!」

 アウちゃんが、僕を「見逃す」と言った。その言葉で、僕は気付いてしまった。先生が僕に付けた「魔法アウル」は護衛じゃなくて、僕を見張る為の存在だった――気が動転した僕は、頭の中が真っ白になった。

「迷うな! 放置すればサリエットは、永久に言葉を失うのじゃぞ!」

 アウちゃんの叫び声で、僕の視界は再びサリエットを認識した。僕を見つめるサリエット、苦しそうな表情、乱れている呼吸……そうだ、今はとにかくサリエットを護らなければ。アウちゃんの事は、後で考えればいい。

「光の精霊よ、エヴェン=ストライバスが請う。浄化の光を降らせ度く、闇を呪いを打ち消す為に」

 詠唱短縮の為の準備をしていない僕は、呪文を一から唱え始める。サリエットが涙目で頭を振ったけれど、この詠唱を止める気は無かった。彼女が言葉を失うなんて、僕にとっても恐怖でしかない――そんな事は、させない!

「祈りは賛歌となりて」

 たかが校則が何だと言うんだ、どうせ僕は留年寸前の落ちこぼれだ!

「願いは咆哮となりて」

 アウちゃんだって、役目を捨ててサリエットを護る選択をしたんだ!

「不浄のものを焼き尽くせ」

 真面目に校則を守っても、大事な人を護れなければ意味がないんだ!

「――浄化ピューリファイ!」

 詠唱を完了させると、サリエットが光に包まれて、唇からは僕の名が飛び出した。

「エヴェン、ダメよエヴェン、退学になっちゃう!」

「そんなのどうだっていい! それよりごめん、服に手を入れるよ!」

 僕はサリエットのローブの中に手を入れて、彼女の身体にまとわり付いている何かを探り当て、そのまま掴んで引き摺りだした。感触はあるが姿は無く、空気が人間の手の形をしているみたいだ。

「僕はお前を許さない。絶対に、許すものか!」

 僕は腰に下げていた道具袋から、魔法具用のインクを取り出した。暴れる手に向けて中身をぶち撒け、手の形を浮かび上がらせる。それから僕は自分の両手に炎を纏わせ、青く染まった犯人の手を強く握った。

 宿全体を揺るがすような、男の悲鳴が響き渡った。


 ――犯人は酒場の従業員で、魔法を使う資格を持たない魔術師だったと判明した。真上の部屋で寝起きしていた彼は、床に穴を開けて被害者の様子を見ながら、透明化した右手だけを飛ばしていたのだそうだ。

 マスターは約束の紹介状を用意してくれて、キジバト亭は一生タダだと言ってくれた。


「高位魔法で痴漢だなんて、頭がどうかしてるわ」

「万死に値するのじゃ」

 街の広場の片隅で、サリエットとアウちゃんが、犯人の悪口を言い続けている。僕は燃える手の感触を思い出してしまい、なんとなく会話に混ざれなかった。

「エヴェン……護ってくれて、ありがとう」

 サリエットが、改まってお礼を言った。だけど僕は「魔法を使わなかった」し、アウちゃんも「何も見なかった」のだ。

「全部アウちゃんのおかげだよ」

「もう、お礼くらい言わせなさいよ! エヴェンのバカ!」

 アウちゃんを肩に乗せたまま駆け出して、くるりと振り返ったサリエットの笑顔は、何だかとても眩しく見えた。

 この二人と旅ができる幸福を、僕はそっと噛み締めていた。

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