【KAC2】落ちこぼれとライバル(お題:2番目)

 眩しさを感じて目覚めると、実家の硬いベッドの中だった。懐かしい朝だ。

 僕のすぐ傍には、一羽のフクロウ。彼女――魔法アウルの「アウちゃん」が僕の顔を覗き込み、目を細めて笑う。

「ようやっと起きよったか、エヴェンよ。もう昼前じゃぞ。ワシがカーテンを開けねば、おそらくはまだ寝ておったな」

 窓の外を見ると、太陽がかなり高い位置まで昇っている。慣れない長距離移動が続いて、さすがに疲れていたのかもしれない。

「起こしてくれて、ありがと」

 僕の言葉に、アウちゃんは「任せておけ!」と得意気に胸を張った。全身の毛がふわふわと膨れている。ご機嫌だ。


 今から一週間前、僕は通っていた魔法使い養成所を休学して、一人で旅に出ると決めた。

 それは養成所の初級課題である「魔法具製作」の初歩の初歩、入学して最初に取り掛かる「羽ペン」の製作で、僕は見事に躓いてしまったからだ。自分の魔力と相性の良い羽根を、三年生になるまで見つける事ができなかった。

 このまま「羽ペン」を作る事ができなければ、養成所を卒業する事もできない。領地内で入手できるものは試し尽くしたので、どんなに物騒であろうと、国外へと探しに行くしかなかった。まだ僕が学外で魔法使用を禁じられている「魔法使い見習い」であろうと、選択肢はそれしかなかったのだ。

 アウちゃんは、そんな僕に担当教官のハース先生が付けてくれた護衛のフクロウ。見た目は普通のフクロウだけど、高難度の魔法を平気で操る魔法使い。

 少し気難しいところもあるけれど、優しく、強く、面倒見の良いお姉さんだ。


 後見人である領主様のところへ数日滞在した後、馬車で半日かけて訪れた実家は、何一つ変わっていなかった。相変わらず古臭くて、両親はせわしなく働いている。

 この村は皆、早朝から炊事や洗濯等の家事をこなし、昼間は農作業に精を出し、それを終えると針仕事や器具の手入れをして、暗くなったら早めに寝てしまう。夜更かしをしてしまうと、照明用の油代がかかってしまうから。

 養成所の寮は光魔法の照明なので、夜遅くまで勉強していても困る事はなかった。たった三年でそちらに馴染んでしまっていた僕を、父は「お前もすっかり都会の男だなぁ!」と笑い飛ばし、母は「あんまり贅沢覚えないのよ」と釘を刺した。

 無事に養成所を卒業する事ができれば、きっと僕はこの村に帰って来る。魔力はひけらかすものじゃないから、普段はみんなと同じ生活をする事になるだろう。

 落ちこぼれだと知られたくなくて、ずっと帰省していなかった僕は、旅立ちの前にこの村の空気を吸えて良かったのかもしれない。

 ここには、決して忘れてはいけないものがあった。


 両親の口から放たれる「もっとゆっくりして行けばいいじゃないか」という誘惑に抗いつつ、僕は翌日の馬車で国境へ向かう事に決めていた。なので今日は旅支度を整える為、商店が並ぶ広場へと足を向けた。大きな店はないけれど、この村は物価が安いので、国境を越える旅人が食料を仕入れていく事は珍しくない。 

 広場に向かう途中、アウちゃんが急に僕の耳をつついた。痛くはない。

「エヴェン、おぬしの同級生がおるぞ」

「まさか」

「そこにおるのじゃ」

 翼で示された方を見ると、村の入口へ続く道の真ん中に、黒いローブとマントを身に着けた女の子が立っていた。僕と同じ「アーリエ魔法使い養成所」の制服、きつく結びすぎて妙な角度が付いた赤毛の三つ編み。あれは――。

「サリエット!」

 間違いない、同じクラスのサリエットだ。何故ここにいるかは全くわからないが、友達の顔を見るのはそれだけで嬉しい。僕は駆け寄って、どうしてここに、と聞こうとした。しかしサリエットは、鬼のような形相で僕を睨み付けた。

「エヴェン……どうして、黙って私を置いて行ったの?」

「えっ?」

 どうしてだと言われても、僕がサリエットを連れて行く理由は何一つ無かった。黙っていたのは悪かったけど、追いかけて来るほどの話ではないと思う。

 僕とサリエットは同じ友人グループにいて、学内ではいつも一緒だったけど、羽根探しの旅は僕個人の問題だ。それにこの旅は、人里離れた地域に足を踏み入れるような、危険な旅になる可能性が高い。クラスメイトの女の子を付き合わせるだなんて、そんな事ができるわけはなかった。

「この旅は、僕の問題だからさ。サリエットは養成所に戻りなよ」

「嫌よ、もうハース先生にも言ってきたんだから。エヴェンの羽根が見つかるまで、私もお休みしますって」

「ほう。それでハースは、何と言ったのじゃ?」

 アウちゃんが声を出した途端、サリエットは一瞬硬直して、すぐにぶるぶると頭を振った。

「た、ただのフクロウが喋るなんて、あるわけないわ。私きっと疲れてるのね、四日間ずっと馬車に乗りっ放しだったし……」

「すまんがワシは魔法アウルじゃ、普通に喋れるぞい。ワシはハースの頼みでエヴェンの護衛をしておる、アウルア=モフリナと申す。気軽にアウちゃんと呼ぶが良いぞ」

 初めて聞くアウちゃんのフルネームに吹き出した僕を無視して、サリエットは「聞いてないわよ」と低い声で呟いた。

「エヴェンの一人旅だって言うから慌てて追ってきたのにっ、魔法アウルが一緒なんて聞いてない!」

「一人と一羽旅じゃのぅ。まぁワシは所詮フクロウよ、法に照らせば所持品扱いじゃ。それで、ハースはおぬしに何と言ったのじゃ?」

 サリエットはバツが悪そうに、アウちゃんから視線を逸らした。

「……別に。卒業要件は満たしてるから、卒業式までに戻って来なさいって」

 つまり、サリエットは本当に、僕に付いて来る気なのか。どうしてだろう。僕らは確かに友達だけど、そこまでするほどの熱い友情だった覚えは、僕の方にはないのだけれど。

「ねぇサリエット、どうして僕の旅に付いて来るの? 観光に行くわけじゃないんだよ?」

「わっ……わかってるわよ、そんなこと!」

 僕の言葉が彼女の中の何かに触れたらしく、サリエットは物凄い勢いで僕と間合いを取り、懐から小さな魔法杖ロッドを取り出した。

 これは、授業で模擬戦をした時と同じ動きだ。

 何が理由でそんなに怒り狂ってるのかはわからないが、サリエットは今、僕に戦いを挑もうとしている。

「連れて行くのが嫌なら、勝負しなさいよ! このまま勝ち逃げなんて、絶対に許さないんだから!」

 その要求で、わざわざ追いかけてきた理由がわかった。

 模擬戦で、僕は学年の誰よりも戦績が良かった。そして常に二番目だったのは、サリエットだ。勝ち逃げだなんて意識してないし、旅に出たくて出るわけでもないんだけどな。

「まかり間違ってエヴェンに死なれたら、私は永遠に二番目のままなのよ!」

「縁起でもないこと言わないでよ!」

「例えばの話よ! だけど私、許さないわ。そんなの絶対に許されないわ!」

 だから戦え、とサリエットがまくし立ててくる。そんな事を言われても、今の僕は、全ての魔法の使用を禁じられている。

「サリエット、僕はまだ卒業要件を満たしてないんだ!」

「だから何なのよ!」

「だから……学外での魔法使用を、僕は禁じられてるんだよ!」

「あっ……」

 さすがのサリエットも、その規則を破れとまでは言わなかった。当然だ。この状況で僕に魔法を使わせれば、サリエットの方が重い罰を受けることになる。

「ごめんなさい……無神経、だったわね……」

 サリエットは自分の言葉の意味を理解したのか、すっかりしおれてしまった。

 これが、既に卒業要件を満たしている「優秀」な学生であるサリエットと、留年の危機にいる「落ちこぼれ」な僕の決定的な違いだ。

 たかが羽ペン一つを作れないだけで、成績を競い合ってきた僕たちは、対等な立場に立つ事さえできないんだ。

 今の僕は二番目にすらなれないんだよ、サリエット。

「だから、魔法アウルを連れているのね……」

「そもそもワシがいなければ、旅に出る許可が下りとらんわい」

 得意気に胸を張ったアウちゃんを見て、サリエットは「なんで」と悔しそうに呟いた。僕が守られる立場だという事実が、彼女には受け入れ難いのかもしれない。

「でも僕、剣術もサリエットよりは強いと思うよ。辺境育ちは打たれ強いしね、そう簡単に死んだりしないよ」

 僕はサリエットを安心させたくて、魔法が無くても少しは戦えるのだと主張した。するとサリエットはニッコリと微笑んで、僕の両手をぎゅっと握った。

「私、決めたわ。エヴェンに付いて行く!」

「えっ?」

 何でそうなっちゃったの、と問う僕の声は、サリエットの熱弁によってかき消された。

「魔法であれだけ戦えるくせに、剣術まで修めてるなんて聞いてないわよ! 一人で強くなられちゃ困るのよ、置いて行かれてたまるもんですか! これも修行よっ、永遠に二番目なんてゴメンだわ!」

 逃がさないわよ、と僕の手を痛いくらいに握り締めるサリエットを見て、アウちゃんが「エヴェンもなかなか罪作りじゃのー」とからかうように言った。


 翌朝、サリエットを僕の彼女だと勘違いした村中の人たちに見送られながら、僕たちは国境行きの馬車に乗った。

 農村地帯の風景が珍しいサリエットは、事あるごとに僕を質問攻めにしてくる。のどかで楽しいひと時に、肩の上のアウちゃんもご満悦の様子だ。

 ずっとこんな風に平穏なら良いのにな、などとありえない事を思う。

「おお、そうじゃそうじゃ。今宵の寝床はサリエットと一緒にしておくれ。エヴェンを起こす役目も悪くはないが、ワシも一度、女子とーくなるものをしてみたいのじゃよ。こいばな、というのであろう?」

「私は恋なんかしてないわよ。だいたいフクロウの恋って何なのよ、相手もフクロウなの?」

「ん、ワシはハースに惚れておるのじゃ。隠さずとも良いぞサリエット、おぬしはエヴェンに――」

「ちがああああう!」

 全力で否定するサリエットの叫び声が、絵画のように美しい山々へと響き渡った。

 二人はその明るさで、僕の不安をかき消してくれる。先の旅路を思い、僕は少しだけ心が躍った。

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