魔法使いの羽ペンは奇跡を綴る(KAC1~10まとめ)

水城しほ

KAC参加作品

【KAC1】落ちこぼれとフクロウ(お題:切り札はフクロウ)

 僕が旅に出ると決めたのは、通っている「アーリエ魔法使い養成所」の担当教官に呼び出しを受けた日の事だった。

「エヴェン。なぜ呼び出されたか、わかっているね?」

「はい……」

 力なく答える僕に、担当教官のハース先生が溜息をつく。

「三年生で羽ペンが完成してないのは、エヴェンだけなんだ」

「はい、わかっています」

「自分の魔力と相性の良い羽根は、まだ見つからないのかい」

「はい、見つかりません」

「もちろん市販品は試しただろうし……近隣の森も、あたってみたのかい」

「はい、領地内は全て回りました」

 僕は事実だけを述べる。言い訳は無用だ。どんな理由があろうと、初級の専用魔法具「羽ペン」すら完成させられない学生に、卒業が許可される事はない。逆に言えば、それ以外の卒業要件をとっくに満たしている僕は、羽ペンさえ完成すれば胸を張って「魔法使い」を名乗れるようになる。

 このままでは留年は確定で、その先も見つからなければ、いつかは退学だ。その後に残るのは「落ちこぼれ」のレッテルと、何者にもなれなかった僕だ。

 辺境の小さな村に生まれた僕は、領主様に魔法の素養を見込まれて、村の期待を背負って養成所に入学を果たした。それなのに「落ちこぼれ」として村に帰れば、みんなはどれだけ失望するだろうか――。

「ハース先生。僕」

「うん?」

「……羽根を探す旅に、出ようと思うのですが」

 先生はしばらく考えた後、それがいいだろうね、と言いながら執務机の引き出しを開けた。

「これを持って行くといい、何かの役には立つだろう。アウルのご加護を」

 それはタイガーアイでできた、フクロウを模したブローチだった。知恵の象徴であるフクロウは、僕たち魔法を学ぶ者にとっての神様だ。

 僕はそのフクロウと一緒に、当てのない旅へと出る事になった。


 他国へ旅に出るとなれば、一度は実家へ戻った方が良いだろう。領主様へ挨拶もしておかなくてはならない。僕の後見人となっているファリアッソ男爵は、気さくで人の良いオジサンだ。収穫期には僕の生まれた村で、普通に作物の収穫をしていたりする。貴族様には内緒だぞお、なんて言って。

 学外での魔法使用を禁じられている僕は、馬車で三日かけて、領主様のいるベルゴンゲンへ向かった。


 僕を大歓迎で迎えてくれた領主様は、庭園でお昼ご飯を食べながら、僕に「他国なんて行っちゃダメ」と言った。軽い。

「でも羽根が見つからなければ、僕は卒業できません」

「だけど一人旅なんかして、死んだら何にもならないだろう。魔法を禁じられてる身では、エヴェンは自分を守る事もできないじゃないか」

 護衛を付けるとしても他国ではなぁ、と領主様は眉間に皺を寄せた。気にしているのは、おそらく人件費だ。この人は爵位の割に、あまり裕福な暮らし向きではない。領民からの徴収は最低限で、領内で何かがあればスパッと大放出。本当に気の良い領主なんだ。

 だからこそ僕は、出して頂いた学費に報いなければいけない。

「絶対に卒業したいんです。でなければ、養成所に通った意味がありません」

「でもなぁ」

「大丈夫です、絶対に戻ってきますから」

「だけどなぁ」

 うーん、と唸った領主様は「あーちょっと待ってて」と軽いノリで立ち上がり、食事中だと言うのに建物の方へ走って行く。給仕をしてくれていたメイドのマリエラさんが、いつもああだから仕方ないのよ、と言って笑った。


「よっしエヴェン、早く食べちゃってー」

「もう僕は食べ終わってます。それ領主様の分ですよ」

 守衛のニルダさんを連れて戻ってきた領主様は、あっそっか、と言いながら残っていたパンを口に放り込んだ。口をモグモグと動かしながら何かを言おうとして喉に詰め、マリエラさんが背中をバンバンと叩きまくった。

「領主様がな、お前の力量を見てくれと言うんだ。俺から見て合格なら旅に出すと」

 ニルダさんはそう言って、僕に練習用の剣を渡してきた。実戦用のものと比べれば、格段に軽く扱いやすい剣なのだけれど、それでも剣なんて普段持たない僕には十分に重いものだった。

 だけど確かに、これすら満足に扱えないのなら、一人旅では心許ない。

「打ち込んで来い、適度に反撃もするから避けろよ。当然だが魔法の使用は禁止」

「わかりました」

 村にいた頃は剣術の指南だって受けていたし、その成績も悪くは無かった。辺境に住む民は村を守って戦える程度の技術が無いといけない、というのが領主様の考えだからだ。そんな事ばかりしているから貧乏なのだと、揶揄する貴族も多いと聞くけれど……僕は、領主様の考え方が好きだ。

 だからこそ、僕は――魔法を、羽根を、手に入れたい!

「行きます!」

 叫んで駆け出した僕に、ニルダさんは「宣言するバカがどこにいる阿呆!」と叫び返し、その剣で僕の初撃をあっさりと弾き飛ばした。勢いで転がった僕に、ニルダさんが自分の剣を突き出してくる。必死で避けた僕の顔の横に、ニルダさんの剣が突き刺さった。本気で僕を刺すつもりじゃないとわかっていても、恐怖が腹の底から湧き上がってくる。

 僕はまだ、本気で他人と戦った事が無かった。命を賭して戦う事などまずありえない、平穏な世界で生きてきた。年齢の割には修練を積んでいたつもりでいたけれど、今のニルダさんは、稽古をつけてくれていた時とは全く違う。

「甘やかしても死ぬだけだからな!」

 腰が抜けて立てなくなった僕めがけて、ニルダさんが剣を振りかぶった。

 終わりだ。羽根を見つけられない僕、村を守って戦う程度の技術もない僕。結局僕は全てに中途半端で、何者にもなれないままなのか――そんなのは嫌だ、立ち上がりたい、何で動かないんだよ僕の身体!

 悔しさと恐怖で、僕は胸元のブローチを握り締めた。するとその指の隙間から、淡い光が漏れ始める。思わずその手を離すと、まるで何かが爆発したかのように、ブローチが強い光を放った。

「おわ、わ?」

 光に目が眩んだニルダさんが、バランスを崩して僕の方へと倒れこむ。剣は振りかぶったままで……領主様の「エヴェン!」という叫び声、マリエラさんの悲鳴、僕の身体には鈍重い衝撃――。


「最近の若者は、随分とひ弱なんじゃの」

 その聞きなれない、甲高い声に目を開けると、僕の胸の上に一羽のフクロウがいた。その向こうではニルダさんが、見えない壁にへばりついている。魔法壁だ。僕が展開したものではない……というか、僕はまだこの強度のものは編めない。おそらくは、このフクロウの仕業だ。

 領主様やマリエラさんは、わけもわからずオロオロしている。

「……エヴェン、これはお前の魔法か?」

 ニルダさんが体勢を立て直しながら、僕に問う。返事をしたのは僕ではなく、目の前のフクロウだった。まるでニルダさんを煽るように片翼をバサバサと振った。

「この小僧がこんなもん作れるわけなかろう、ワシじゃよ。ハースが小僧に付いて行けと言うのでな、まぁ護衛よ護衛」

 フクロウは僕の方へ振り返り、目を細めて笑う。ちょっと可愛い。

「よう頑張ったの。心の内、ハッキリと見させて貰うたぞい」

 褒めながら僕の頭を翼で撫でたフクロウは、今度は領主様の方へと向いた。

「ワシが付いていくのならば、問題なかろうて。そこのメイドよりワシは強いぞ」

 マリエラさんは「んなっ」と声を上げ、焦る表情を見せた。彼女が領主様の護衛係である事は、この屋敷に出入りしている一部の人間しか知らないはずの事だった。

「それは……そうですな。ならば、エヴェンを頼んでもよかろうか」

「むしろ、フクロウ様の羽根を頂いてみればよろしいのでは?」

 マリエラさんが口を挟むと、フクロウは残念そうに翼を左右へ振った。

「こんな小僧に、ワシの魔力が制御できるわけなかろう。暴発するのがオチじゃ……だがまぁ、いつかこやつがワシの羽根を使う日が来るかもしれんなぁ。楽しみじゃの」

 そう言ってフクロウは僕の肩に止まり、敬礼のように翼をかざした。

「護ってやる代わりに、色々と世話になるぞ。ワシの事はアウちゃんと呼んでくれ」

「アウ……ちゃん?」

「アウルのアウじゃ、ハースが付けてくれたのじゃ」

 アウちゃんは恥ずかしげに翼で自分の顔を隠した後、そのクチバシを、そっと僕の頬に付けた。

「共に行こうではないか、エヴェンよ。案ずるな、ワシがいる限りは安泰じゃて!」

 その場にいる誰も、異論はなかった。


 そうして心強い味方を得た僕の旅は、無事にスタートを切る事ができた。

「ちなみにワシはメスじゃからの、水浴びの時は覗くでないぞ。虫よりは魚が好きじゃのう、その辺りくれぐれも宜しく頼むぞ」

 ……少しだけ面倒臭くて、楽しい旅になりそうだった。

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