【KAC8】落ちこぼれが手に入れたもの(お題:3周年)

 滞在していたアムルダの街から、馬車で二日。旅人の為の小さな宿場で、僕たちは乗っていた馬車を降り、山すその深い森へ入って行く。

 僕は魔法具「羽ペン」を作る為、素材の羽根を求めて旅をしてきた。紹介して貰った魔法職人の工房は、この森の中にあるらしい。

 職人に羽根の加工を引き受けて貰えれば、僕は羽ペンを作る事ができて、在籍している「アーリエ魔法使い養成所」を卒業する目処が立つ。今回の旅は一月にも満たないけれど、僕は三年間ずっと、この課題に振り回され続けてきたんだ。

「エヴェン、本当にこんなところなの?」

 恋人のサリエットが、僕のローブの袖を掴んだ。街育ちの彼女は、森の深さに怯えているようだった。

「間違いないよ、道があるから」

 僕たちの歩いている道は、街道のような整備はされていないものの、木の根さえ気をつければ難なく歩く事ができた。

「意外と怖がりなんじゃの」

 フクロウのアウちゃんが、目を細めて笑う。彼女は「魔法アウル」という鳥種で、会話も出来るし魔法も使える。僕の担当教官であるハース先生が同行させてくれた、優しくて頼りになるお姉さんだ。

「エヴェンは怖くないの?」

「養成所で誰より才能がある、サリエット様が一緒だからね」

 以前サリエットが言ったセリフを使ってからかうと、彼女は固く編んだ赤い髪を揺らして、僕の肩をポカポカと叩いた。

「エヴェンのバカ! 私を護ってくれるんじゃないの!?」

 もちろん護ってあげたいけれど、僕はまだ「魔法使い見習い」なので、学外での魔法の使用は禁止されている。サリエットもそれはわかっていて、だけど言わずにはいられなかったんだろう。

「一緒に卒業したいから、今は頼りにしてるよ」

 叩く手を止めたサリエットは、仕方ないわねぇ、と頬を染めた。


 しばらく歩いて辿り着いたのは、木や蔦で覆われた石造りの家だった。家の周囲には図鑑でしか見た事のない魔法生物が干してあって、この地域には育たないはずの薬草を植えたプランターが置かれていた。

 扉をノックしようとすると、触れる前にスッと左右に扉が開いた。よく見れば扉には「近付くと勝手に開きます」と書かれていた。中を覗くと、本や薬品だけでなく、様々な魔法具が大量に陳列されている。魔法使いなら誰でも心が躍るような、宝の山だ。

「いらっしゃい……おぉ?」

 僕よりも少し年上くらいの、何か書き物をしていた男性が、片眼鏡モノクルを外して目を瞬かせた。

「アーリエの子じゃないか! 君たち、わざわざ国境を越えてきたのか!」

 僕たちの黒いローブを見て、養成所の制服だとわかるこの人は、おそらくアーリエ王国の出身なのだろう。

「私はノーモス、君たちと同じ養成所の卒業生だよ! いやぁ嬉しいものだね、まさか隣国から後輩が来るとはね!」

 ノーモス先輩に握手を求められ、僕もサリエットも、何故かアウちゃんまでもが応じた。魔力を覗かれる感触はあったけれど、握手程度なら情報量は知れている。

「それで、私に何か依頼かな?」

「あ、はい。素材加工の依頼に来ました」

 紹介状を渡すと、ノーモス先輩は片眼鏡をかけ直し、内容に目を通していく。

「魔力が大きすぎて、素材に魔力を拒否される、か……羽ペンは入学直後の課題だから、ずっと肩身が狭かっただろう。まぁ、原因の検証も実力のうちだけどね」

 不意に図星を指されて、言葉に詰まる。

 僕は決して成績は悪くない。なのに「羽ペン」のせいで、この三年間「落ちこぼれ」と呼ばれ続けてきた。その事に不満を抱えてもきた。しかし、それも実力だと言われれば、確かにその通りだ。

「そんなのわかるわけないじゃない! ハース先生でも気付かなかったのよ!」

「うっ……ごめん、言いすぎた!」

 サリエットに怒鳴られたノーモス先輩が、慌てて僕に頭を下げた。先輩には申し訳ないけれど、サリエットだから仕方がない。

「まぁ、依頼を確認するよ。高魔力素材の魔力を弱めて、魔力の器だけをそのまま残す……かなり高額になるけど、可愛い後輩の頼みだからなぁ」

 ノーモス先輩は引き出しから羊皮紙を取り出すと、普通の羽ペンで見積もりを書き始めた。書き込まれていく金額に頭痛を覚えたところで、先輩が「これは商売抜きの話だけど」と、ペンを走らせながら呟いた。

「君は魔力が駄々漏れで、精霊にも距離を取られてしまっているね。魔力の量を自覚して、調整しないといけないよ」

 驚いた。僕は旅の途中、精霊使いに「精霊から怯えられている」と言われていた。的確に言い当てたノーモス先輩は、相当な能力があるとわかる。

「ほぅ。おぬし、その若さで魔力探知ができるのじゃな」

「魔法アウルには苦手分野でしょうけど、私はこれが商売ですからね。ああ、あなたの凄さもわかりますよ、レディ」

 ノーモス先輩に褒められたアウちゃんは、ほぅほぅとフクロウ語で鳴いた。ご機嫌だ。

「ええと、話を戻すよ。放出量調整は、養成所の教育課程に入ってないんだ。普通は魔力を出せるだけ出さないと、術式として成立しないからね。そうだろう?」

 サリエットが頷いた。確かに彼女は、魔力を瞬時に全力で解放する事に長けている。だから詠唱短縮も得意だったし、先生方の評価も高かったんだ。

「放出力の高い魔法具を使って、放出力が最大になるような呪文スペルを編んで、最大出力で魔力を解放する。そういう指導が、君の性質には合っていないんだね……さて、書けた」

 ノーモス先輩は、書き終えた見積書をこちらに向けた。案の定、酷い金額だ。

「使う触媒が高額だから、どう値引いても金貨十枚にはなるね。だけど私の出す条件を飲んでくれたら、費用は工房で持つよ。つまり、君はタダだ」

「まさか幽霊退治とか、不法侵入とかじゃないでしょうね」

 ここに来るまでの出来事を思い出したらしく、サリエットが苦虫を噛んだような顔をしている。何それ、と笑うノーモス先輩は、見積書の下段に書かれた条件を指した。

「君が養成所を卒業できたら、何になりたいのかを教えて。その内容が私を納得させられたら、タダで加工してあげるよ」

 質問が卒業後の進路だなんて、先輩はサービスのつもりなんだろう。だけど僕はまだ、具体的な事は何も考えていなかった。ぼんやりと「故郷に戻るんだろう」とは思っていたけど、それは「なりたいもの」というわけではなかった。

「まだ、何も考えていません」

「そうだね。三年間ずっと羽ペンの事で、頭が一杯だったんだろうしね」

 今日は泊まって行くといい、とノーモス先輩は天井を指差した。 


 僕とサリエットは、屋根裏部屋に通された。アウちゃんは、ノーモス先輩がハース先生の教え子だと分かったので、工房で語り明かすらしい。

 本来ここは天体観測に使う部屋らしく、天井には大きな窓が付いていて、その向こうに天の川が見えた。僕たちはベッドに並んで腰掛けて、天の川を眺めた。

「初めて会ってから、ちょうど三年になるわね。覚えてる?」

「もちろん、覚えてるよ」

 僕たちが初めて会ったのは、入学試験の時だった。三年前の今頃だ。貴族の令嬢であるサリエットに、みんながやたらと気を遣っている中、僕は普通の口調で話しかけてしまったっけ……。

「あの日から私、エヴェンをずっと見てたのよ……これからもずっと、傍にいたいの」

 サリエットが僕の手を握り、僕たちは目が合った。魔力を繋げるか迷う僕に、彼女の魔力が触れてくる。言葉にできない感情が、一緒に伝わってくるような気がした。

「僕も、一緒にいたい。でもサリエットは、卒業したら……どう、するの?」

 僕の声が、情けなく震えている。離れたくなんかないけれど、家に戻ると言われてしまえば、僕にはどうする事もできない……それでも今、向き合わなければいけない。

「実は、決めてないのよ。なりたいものもないし、故郷にも帰らないから」

「え……?」

 拍子抜けした僕を見て、サリエットがクスクスと笑っている。

「私、出身がゲラート領なの。機械工業で発展しているゲラートでは、魔力は卑しい力と言われているわ。だから、魔法使いの居場所は無いの」

 その感覚は、僕には理解できなかった。だけど地域や信仰によって、魔法使いが災厄のように扱われる事があるのは知っている。そのせいで、歪んでしまう魔法使いもいる……だけどサリエットは、いつだって真っ直ぐで、そして優しかった。

「貴族にとっては、家名を汚す娘なんて、ただの厄介者なのよ」

 それは、僕の見ている世界とは違う世界の常識で、軽々しく「酷い」とも言えなかった。だけど、そんな常識は間違っている――そう、僕は信じたかった。

 間違った常識を覆したいと言ったら、君は笑うだろうか。

「ねぇ、サリエットの凄さを、世界中に見せ付けてやろうよ」

 僕が言うと、一瞬の間の後、サリエットが吹き出して笑った。

「それ、いいわね! いつか大魔法使いになって、ゲラートをサリエット様の出生地だって言わせてやるわ!」

 しばらく大声で笑い転げて、それから僕たちは、愛情を伝える為のキスをした。

「ずっと、僕がそばにいるよ。二人一緒なら、何だってできるよ……」

 そのまま朝が来るまで、僕と彼女はどこまでも深く、互いの魔力を繋げていった。


 翌日、僕は先輩へ「サリエットと一緒に、魔法の勉強を続けたい」と伝えた。

「うん、合格。卒業したらここにおいで。二人とも面倒見るよ、一応は兄弟子だしね」

 そう言ってノーモス先輩は、アウちゃんの羽根を一本差し出した。

「試してごらん」

 僕はその羽根にそっと触れ、ゆっくりと魔力を込める。すると羽根は白い光を放ち、僕の指先からは魔力が流れていった。

「受け入れて、くれた……!」

 嬉しさの余り呆ける僕に、サリエットが「一緒に卒業できるわね!」と抱き付いて、その肩の上ではアウちゃんが「一生大事にするのじゃぞ!」と得意気に胸を張っていた。

「共に喜んでくれる人がいるのは、君が頑張り続けたからだよ。三年間、お疲れ様」

 ノーモス先輩の言葉は、僕の心に温かく響いて、いつまでも胸に残り続けた。

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