【KAC9】落ちこぼれと奇跡の魔法(お題:おめでとう)

 アーリエ王国の王都、エベルタの街は、今日も活気に溢れていた。

 でこぼこな石畳、ゆるやかな坂道、古びたレンガ造りの建物、街角のパン屋――嫌いになりかけていたはずの街が、今は愛おしく思えた。


 僕は素材探しの旅を終え、一月ぶりにエベルタへ戻ってきた。あとは「アーリエ魔法使い養成所」へ帰り、ようやく完成した課題の魔法具「羽ペン」を、担当教官のハース先生に提出するだけだ。

「エヴェン……ちょっとだけ、寂しいわね。色々あったけど、楽しい旅だったから」

 一緒に旅をしてくれていたサリエットが、僕の手を握った。旅の間に「友人」から「恋人」へと関係が変化した彼女が、僕を見つめて微笑んでいる。

「こんなに早く戻れるなんて、最初は考えもしてなかったよ」

「きっと、アウルのご加護だわ。アウちゃんのおかげね」

 サリエットが、僕の肩に留まっていたフクロウのアウちゃんを、指でつついた。

「フクロウは知恵だけでなく、幸福も授けるのじゃぞ!」

 会話ができて魔法も使える「魔法アウル」のアウちゃんは、得意気に胸を張った。

「二人とも、本当にありがとう」

 モフモフのアウちゃんを肩に乗せ、赤い髪をなびかせるサリエットと手を繋いで、僕は見慣れた景色の中を歩き出した。


 僕たちが帰った養成所は、大騒ぎになった。

 ハース先生は提出した羽ペンを見て「前代未聞だ!」と絶叫し、すぐにどこかへ駆け出して行った。そして血相を変えた所長を連れて来たかと思えば「卒業式の代表挨拶は二人にお願いします」と僕たちへ言い渡した。それはダブル首席という事で、サリエットは嬉しそうに笑ってくれた。

 一月ぶりの教室へ顔を出した時には、何故か既に首席の事もバレていて、教室中がお祭り騒ぎとなっていた。

 みんなが口々に「おめでとう」と言ってくれた。

 ずっと仲が良かった友達も、貴族令嬢のサリエットを避けていた人も、僕を「落ちこぼれ」と呼んでいた人も。

 無事に旅から戻った事。首席での卒業が決まった事。そして、僕たちが恋人同士になった事。その全てを、クラス中が、思い思いの言葉で祝ってくれた。


 夜になり、僕は寮の自室で一人だった。アウちゃんは本来の主人であるハース先生のところへ帰ったし、サリエットはもちろん女子寮だ。

 日常だったはずの時間がとても静かで、僕は気を紛らわせようと、旅の出来事を記録していた。

 出発前、心配性の領主様に、剣術の腕を試された事。

 アウちゃんとの出会い。

 僕を追いかけてきた、サリエット。

 湖畔の精霊使いに「魔力が人並み外れて大きい」と教えられた事。

 時系列に沿って、三人の旅の結晶である羽ペンを使い、普通のインクで綴っていく。

 不意に、背後で扉が開く気配がした。振り返ると、同じクラスのルベラスがいた。彼は後ろ手に扉を閉めると、一直線に僕の目の前へやってきて、不快そうに顔を歪めた。

「落ちこぼれのキミが、いったいどんな手を使ったんだい?」

 どうやらルベラスは、僕が不正をしたと思って、糾弾しにきたらしい。

 僕にやましい事はない。羽根の加工は職人に頼んだけれど、課題は材料の「入手力」も含めて評価される。製作日数では大幅に減点されたけど、羽ペンの出来栄えでそれ以上に加点された、それだけの事だ。

「自分の魔力の特性が、ようやくわかっただけだよ。アウルに誓って、僕は何も恥ずべき事はしていない」

「そんな事はわかっているッ!」

 できるだけ冷静に答えたつもりなのに、ルベラスはいきなり激昂した。

「ボクが言いたいのは、サリエットの事だッ!」

 ああ、君はサリエットが好きだったのか――さすがに口にするわけにもいかず、どうしたものかと思った瞬間、ルベラスが「決闘だ」と呟いた。

「ボクはッ、キミに決闘を申し込むッ!」

 正直言って、かなり面倒な事になった。この養成所で言う「決闘」は、中立な立会人を立て、授業と同じ形式の模擬戦で戦う事を指す。敗者は勝者の命令に従わなければならない。

「決闘でどうするのさ。サリエットを譲れと言われても、決めるのは彼女だよ」

「ボクは身の程知らずの落ちこぼれに、わきまえて身を引けと言うだけだッ!」

「それで、ルベラスを好きになるとも思えないけどね」

 落ちこぼれと呼ばれた僕は、つい苛立って本音をぶつけてしまい、ルベラスはますますいきり立った。

「キミのそういうところが、ボクは嫌いだッ!」

「気が合うね、僕もバカは嫌いだよ……決闘、受けるよ」

 僕の言葉が意外だったのか、ルベラスは少し怯んだように見えた。


 翌日の放課後、僕たちは練習場の中央で対峙した。

 立会人はクラス委員のナリクに頼んだのだけれど、当然のようにクラス全員が集まった。設備の使用許可を出したハース先生も来ていて、肩の上にアウちゃんを乗せたまま、サリエットの隣に立っていた。

 模擬戦では大怪我をしないよう、魔法の威力を吸収する腕輪を左手首に嵌める。魔法具類は武器を一つだけ使う事が出来て、ルベラスは魔法長杖スタッフを構えている。僕は三年間ずっと使ってきた、相棒の魔法短杖ワンドを握り締めた。

 ナリクが「それじゃ始めるよ」と、僕たち双方に確認をする。どちらも頷いたところで、彼は高々と右手をあげた。

「ルベラス=マディールの申し込みにより、エヴェン=ストライバスは決闘を受諾した! 立会人はナリク=ウィラー。私はアウルに公正を誓う!」

 ナリクの声だけが響き、そして静寂が訪れる。

 僕は目を閉じて、サリエットを想った。

 私は物じゃないわよ、と睨む彼女を。

 私がエヴェンを好きなのよ、と拗ねる彼女を。

 だから僕は、負けられない――サリエットの選択を、決して誰にも踏み躙らせはしない!

「始め!」

 ナリクが開始の声をあげ、先に動いたのはルベラスだった。

 ルベラスは風球ウィンドボールをいくつも呼び出して、矢継ぎ早に僕の方へと放つ。僕はバトンのように杖をくるくると回し、その全てを打ち返した。

「エヴェン、かかって来いッ!」

 思わず「行くよ」と言いかけて、飲み込んだ。剣術の師匠に叱られたんだ、宣言するバカがどこにいる阿呆、って。

魔法壁ウォール! 浮遊レビテーション!」

 僕は事前に詠唱を仕込んでおいた、二つの魔法を展開していく。

水衣ウォータークロス!」

 最後に攻撃魔法を一枚、魔法短杖の先に展開した。

 身体には空気の塊と魔法壁を、杖の先には水の衣を纏わせた僕を見て、ルベラスもナリクも目を剥いた。

「持続魔法を複数展開するなんてッ、キミは気が触れたのかッ!」

 ルベラスが叫ぶ。風球程度の手軽な魔法ならまだしも、魔力を消費し続けるタイプの持続魔法を複数展開しても、普通ならすぐに魔力が枯渇してしまう。

 だけど僕は、魔力の大きさ「だけ」は桁外れなのだと、旅を通して自分の力を知ることが出来た。

「できるんだよ、僕はね!」

 これまでの戦術とは、変わる。僕は空中を駆け、一気に距離を詰めた。

「舐めてかかると、怪我するよ!」

 そのまま頭上へと跳び、上段から魔法短杖を振りかぶって、水衣をルベラスへと叩き付けた。魔法長杖で防御ガードされたけれど、水衣はそれを包むように、ルベラスの両腕へ接触した。

「はッ、所詮は落ちこぼれだッ!」

 その言葉とは裏腹に、僕の腕輪は青く、ルベラスの腕輪は赤く光った。それは、僕の攻撃の威力を吸収したという通知だ。模擬戦の勝敗判定は、吸収した威力の量も合わせて判断される。

 ルベラスはすぐさま移動魔法の疾走スプリントを唱え、瞬時に僕と距離を取った。

「見掛け倒しめッ!」

「どうかな!」

 確かに一撃だけでは、僕の魔法は強くない。威力そのものは全てが人並みだ。火属性に強いサリエットや、風属性に強いルベラスのような威力は出せない。

 だけど僕は、決して自分が不利だとは思わない。魔力の大きさも、魔法使いの「個性」の一つだから。

「奇跡の魔法を、見せてあげるよ……水衣、水衣」

 僕は魔法短杖に、水衣の重ね掛けを繰り返す。幾重にも重なる水の衣が、球体のように厚みを増していく。

「なッ……ありえないッ!」

 阻止しようとするルベラスの風球は、魔法壁が全て弾き飛ばした。

 魔法の威力が弱いなら、複数重ねてやればいい。特に難しい技術じゃない――魔力量さえ、足りるのならば。

「くッ、いくつ展開できるんだッ!」

「まだ限界は、見えないね!」

 一撃で勝負が決まる量を重ねた後、僕は一気に射程圏へ踏み込んで、水衣を投げつけるべく杖を振り抜いた。その瞬間、左手首に違和感があった。

「エヴェン待った! 止まれ!」

 制止の声が聞こえて、僕は咄嗟に足を止めた。しかし、水衣は既に放たれている。

 ナリクが僕を止めた理由は明白だった。僕とルベラスの腕輪に亀裂が入り、どちらもそのまま砕けてしまったのだ。

 生身でこの量の水衣を食らえば、怪我じゃ済まないかもしれない。それなのにルベラスは動かない……ぞくり、と背筋が凍った。

「ルベラス! 避けるんだ!」

 僕が叫んだ瞬間、ルベラスの前に強い光の壁ができた。僕の放った水衣はその壁に当たり、そのまま空中で掻き消えた。

「最近の若者は、随分とひ弱なんじゃの」

 腰が抜けたルベラスの腹の上に、一羽のフクロウがいた。

 アウちゃんは、僕と初めて会った時のように、目を細めて笑っていた。


 腕輪が吸収上限値を超えて砕けたので、模擬戦は無効試合になった。僕は魔力の放ち過ぎをアウちゃんにこっぴどく叱られて、ハース先生がそれを宥めてくれた。

「もう、キミを落ちこぼれなんて言えないな」

 無傷だったルベラスが握手を求めてきたので、その手をぐっと握り返す。

「おめでとう、エヴェン……ッ」

 感極まって泣き出したルベラスに、サリエットが近付いていく。怒鳴り出すかと思ったけれど、彼女はルベラスの手を取った。

「私……必ず、エヴェンを幸せにするわ!」

「そうじゃねーだろ、サリエット嬢!」

 ナリクが叫び、クラス中が爆笑の渦になる。僕も、ルベラスも、サリエットも笑った。ここまでクラス全員で盛り上がったのは、入学以来始めての出来事だった。

「おめでとう、サリエット」

 僕の隣でそう呟いたルベラスの声は、賑やかな笑い声に掻き消されていった。

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