たたたた殺人事件

ポンデ林 順三郎

***

 俺の名は田沼清次たぬま きよつぐ。埼玉県警捜査一課に所属する、ベテラン刑事だ。

 今日は先日殺人事件のあった現場へ、「最後の捜査」に訪れた。

 マンションの大家に借りた鍵で入った部屋は、被害者の遺体以外は、事件が発覚した三日前そのままで残されている。

 白い水彩絵の具、バケツ、そして部屋の鍵。

 事件当時、部屋は鍵がかけられた密室だった。


「密室殺人、不可能犯罪か」


 部屋に凶器は無し、自殺ではない。

 犯人が持ち出したはずだが、一体どうやって?


 殺人事件に時効がなくなった昨今、捜査の打ちきりタイミングは、各都道府県警が独自基準で定めるのが暗黙のルールとなっている。

 我が埼玉県警の場合は──つまり、今日が最後のチャンスだ。

 事件の鍵になるのは、被害者が壁一面に書いたこのメッセージ。

 

「しかしタヌキヨ先輩、これがダイイングメッセージだって言うんですか?」


 俺の背後から壁を覗き込むのは、新人の矢野益彦やの ますひこ。通称・マス。

 先月一課に配属されたばかりのド新人だが、なかなか機転の利く奴だ。まるで経験者でもあるかのごとく、犯人側の視点に立った推理は、ベテラン刑事の俺でも舌を巻く。

 だが、刑事としてはまだまだ経験が足りないようだな。


「ああ、刑事デカの勘……略して『デカン』って奴さ」


 俺達は改めて、その壁に書かれたメッセージを確認した。


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 たたた犯たたたたたたたた人たたたたたたたたたはたたたたたたたたマたたたたたスたたた。


 ↓↓↓ヒント↓↓↓

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 土壁をわざわざ白く塗って、その上から血文字で書かれた、被害者の最期の言葉。


「しかしタヌキヨ先輩、この血文字『た』の字ばかりで、まったく意味がわかんないスよ」


 マスは壁を見つめたまま首を傾げている。こういう所が、刑事としては未熟なんだよ。


「馬鹿野郎、これは暗号文だぞ。そのまま読むやつがあるか、ヒントをよく見ろ」

「ヒント? この動物の絵ですか?」


 この動物の絵が、暗号を解くヒントになっている。


「この絵は……そうか!!」

「やっとわかったようだな」


 そう、こいつは、つまり……。


「アライグマ! つまり、壁を『洗え』ってことっスね!」


 ダイイングメッセージを洗って消すなどあり得ない──そんな常識を逆手に取った、巧妙な暗号。


「正解だ、恐らくな。マス、スポンジと石鹸だ!!」

「はい、タヌキヨ先輩!!!」


 壁面を洗った俺達が見たのは──意外な事件の真相だった。


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 犯人は大家


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