08. ハッシュレートはかく語りき(2/3)
男が口にしたブロックチェーンという単語で、すべてが確信に変わった。エリザは、この
『……その場所は、あなた達のマイニング施設なんでしょう? そして、あのドローンはあなたたちの活動資金を生み出すマイニングサーバーを土台にして作られた。冷却コストを抑えるためにわざわざこんな寒い山奥に施設をかまえたのね』
『ご明察の通り。これは元々ビットコインのマイニング用マシンさ。改造の際、ビットコインのブロックチェーンを拡張して利用できるようにしたんだ。ハッキングされないのではなく、ハッキングによるデータ改竄があっても、承認アルゴリズムで正しく修復されるシステムさ』
男は平静さを保ちつつもどこか自慢げな口ぶりで言った。男にとっては不利になるだけなのだから、裏で使われている技術についてわざわざ答える必要もない。しかし、エリザも彼の気持ちが分かっている。素晴らしい技術をもって作られたプロダクトについて、たとえその仕組みを明かすことが弱点になったり、魅力を損なうことに繋がると分かっていても、作り手は何かと語りたがるものだ。それが映画や小説でも、あるいは家電製品や殺人ドローンでも。
『興味深い技術ね……。
『詳細はご想像にお任せするよ』
「おいおい、なに分かりあった感じで会話してんだハッカーども! 小笠原分析官、どういうことなんだ?」
武田が会話に切り込んだ。彼は、技術者の話が長くなると大体収拾がつかなくなるのを、小笠原分析官との長年のやり取りで学んでいるのだ。
『武田さん、その施設はGitHubが資金源の仮想通貨ビットコインを稼ぐための施設だったんですよ。ビットコインは、それを維持する承認作業をしたものに対して、対価としてビットコインが与えられるシステムです。世界中のユーザーがそれをすることによって、分散的に仮想通貨は維持されます。だからビットコインというシステムは、改竄があっても分散されたデータのうち正しいものだけが多数決で承認されて、全体としての整合性を保つんです。このブロックチェーンという仕組みを応用して、ハッキングに対して強い耐性を持ったあの四脚ドローンを作ったということでしょう』
小笠原の説明に武田はなんとなく納得した。どうやら自分たちは偶然にも
「山崎、こういうときどうしたらいいと思う?」
「私たちは身動きが取れませんからね、分析室の方たちに任せましょう……。須藤さんの方はどうです?」
「仲間を信じて待つってやつですね。ドラマとかでありがちですが、実際遭遇すると何もできないというのは歯がゆいばかりですね」
「須藤さんドラマとか見るんですね、意外でした」
「……意外って何ですか」
『君たち、のんきに会話してる余裕なんてないんじゃないかな?』
姿勢を立て直した四脚ドローンが、ハンマーを横スイングして武田の機体を吹っ飛ばした。
「っ……!」
「武田さん!」
横に吹っ飛ばされたことで攻撃の威力をある程度逃がすことができたが、凄まじい衝撃が武田を襲った。機体は地面に倒れた状態になったが、依然として操作が利かず起き上がることもできない。ハンマーの巨大な質量による攻撃は強力で、パワードスーツは外殻にゆがみが生じていた。全力で上からハンマーを振り落とされていたら、衝撃を逃がせず機体はほぼ全壊に近い状態になるだろうと武田は思った。
「いてて……。くそ、まずいな。この威力はまともに食らえない」
「武田さん、無事でしたか!?」
「多少擦りむいたくらいだが、余裕はないな。あの男、俺たちが完全に動けないとみて遊んでるみたいだ」
『さあ、次は君たちだ』
四脚ドローンは山崎と須藤の機体も同様に吹っ飛ばした。まるで子供が棒きれで石ころを叩くような無邪気さがあった。
『中々頑丈だね。あと何回くらい耐えるのかな』
***
その頃、本部の分析室ではエリザと小笠原が必死に対応策を考えていた。
「こっちからパワードスーツを遠隔で操作はできないのかしら?」
「だめだね。その機能自体がハッキングでアクセスできない状態だよ。せめて緊急脱出装置は完全アナログで動作するように設計してあればよかったんだけど……」
「それもう設計ミスでしょ? このままだと三人ともやられるわ……。こっちの機材をフル稼働して相手のマシンにダメージを与えられないの?」
「もうすでにやってるよ。残念だけど、相手の方がマシンパワーは上みたいだ。システムの修復速度から推測するに、ビットコインのブロックチェーン上では、千台以上のサーバーがあの四脚ドローンのシステム支援機として稼働してるね。太刀打ちできそうにないよ……」
「何か他に手はないのかしら……」
「うーん。現実は厳しいね。今のところ見守るくらいしかできないのか。だれかが助けにやってきてくれたらいいんだけど」
「あなたも警察でしょう。そんな無責任なこと言ってどうするのよ? ……そうだわ」
エリザはふとあることを思いついて、小笠原に協力を求めた。小笠原は試す価値はあると了承して、さっそく作業に取り掛かった。
***
現場では、四脚ドローンがハンマーで武田の機体を
『ははは、まだ耐えるみたいだね』
「いてえな。クソ野郎」
『そろそろ限界かな?』
「まさか、この機体はあと五十発は耐えると思うな」
『それはいいね。でも僕が聞いたのは中の人間の耐久性についてだったんだけど……』
「そっちは百発は耐えるさ。ほら、試してみな」
「武田さん、何挑発してるんですか!?」
「このままだと死にますよ!」
実際のところ、山崎と須藤が言う通り、何度も強い衝撃を与えられて武田の体はかなり損傷していた。本部に戻ったら即入院コースだろうと考えていた。もちろんそれは、戻れたらの話だ。だからこそ、武田は今、あえてこの
見たところ相手のドローンはそこまで防御面に厚くはない。こちらが攻撃できるようになれば、苦も無く倒せると武田はみた。ただし、懸念事項は三つある。一つ目は、機体の支配権を取り戻しても、すでに行動不能なほどパワードスーツが損傷していることだ。二つ目は、肉体の方が先に限界を迎えてしまい、あえなく殉職を遂げること。そしてもう三つ目は……。
『いいや、これを最後の一発にさせてもらうよ。君を攻撃するごとに少しずつ君への無線接続の強度が下がっているからね』
「まいったな……気づかれてたか」
最期の懸念は、こっちの目論見に気づかれることだった。四脚ドローンは武田の機体の真上に陣取って、鉄鎚を高く振り上げた。完全に叩き潰すつもりでいる。
「武田さん!」
ハンマーが勢いよく振り落とされた。しかしそれは、武田の機体をかすめて地面を
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