05. 悪の組織『GitHub』
パトカーで現場に駆け付けた武田と山崎は、拡声器で人々に屋内に避難するよう呼びかけた。
二人とも、小笠原分析官から事前に見せられた映像で確認はしていたものの、実際に目にする異様な光景に、内心は戸惑っていた。とはいえ、市民の前でそのような態度はおくびにも出すわけにいかず、粛々と、人々を安全な場所に移動させた。
「最近思うんだが、俺たちの仕事の範囲、広がりすぎじゃないか?」
武田はそう言いながら、パトカーのトランクから装置を二つ取り出し、片方を山崎に渡した。
「仕方ありませんよ。あれがブラウザクラッシャーを拡散させている以上、どうにかするのが私たちの仕事です」
山崎が装置を手に取り、無数のドローンが飛ぶ空を見て言った。
二人が手にしたのは、ドローンに対し2000メートル先まで強力な妨害電波を送り届けることができる携行型デバイスである。その狙った対象を無力化させるという用途から、一般的に銃に似た形状のものが多いため、「電波銃」とも呼ばれる。
もっとも、本物の銃と違って安全性に配慮されており、長時間の照射でなければ人体に対して無害である。2025年現在のところ、電波銃に撃たれたために、電子レンジで限界まで加熱された卵のような末路を迎えた人間は確認されていない。見映えする近未来的なフォルムと、人間を脅かさない安全なイメージから、一時期の警察官募集ポスターでは、これをかまえた職員がやたら写っていたが、実際に使われるのはレアケースだったりする。
武田が電波銃の照準越しに、一機のドローンを覗いた。
効果範囲内であることを示す緑色のマーカーが点滅しているのを確認して、トリガーを引くと、デジタルカメラの撮影音のような効果音が発せられた。火薬と斬鉄の伝統的な物理銃とは反対に、こちらはあえて音を出す工夫が施されている。
狙撃されたドローンは、プロペラの出力が弱まり、ゆっくりと下降して地面に足を付けた。その間、装置の使用者は対象を照準内に収めておかなければならないが、ドローンが地上に落下する危険を排除できるのは大きい。
「小笠原分析官、ひとつ落としたが変化はあるか?」
『全然だめですね。全部落とさないとこの辺り一帯の回線はジャックされたままですよ』
いつもより音質の悪い声で小笠原分析官が応答した。メジャーなネット回線も電話回線もドローンに掌握されており、通信に接続したデバイスはハックされてしまうため、昔の刑事ドラマのように無線機を使うしかなかった。
「よし、そういうことだ。
『こちら須藤、了解です』
『こちら喜多村、了解しました』
「それにしても、こんな物々しい武器を装備してると、私たちまるで古い特撮アニメのキャラクターみたいですね」
山崎が電波銃を構えながら言った。ちょうど彼女も一機落としたところだった。
「よく言うよ。次は巨大ロボットでも呼び出すか?」
軽口を叩きながらも、二人は順調に、付近一帯のドローンを落としていった。
須藤たちも滞りなく仕事を進めていき、ドローンはすべて無力化され、やがて通信が回復した。
ブラクラが消え去り、正常なネット環境が復活したため、避難していた市民たちも、ようやくスマホやノートPCなどを使い始めた。
しかし、一時的とはいえ、ブラクラのせいで快適で有意義なインターネットの利用を制限されたため、辺り一帯の市民たちは皆、深刻な精神的ショックで負傷していた。
まもなく精神科医たちが救急隊員として現場に駆け付けたものの、メンタル負傷者があまりにも多かったため、対応が追い付かなかった。
ブラクラ被害者たちは重症度に応じて
「小笠原分析官、通信環境は完全に復旧したとみてよさそうか?」
『それより武田さん、大変ですよ! ネット見ましたか!?』
小笠原分析官が慌てた様子で何かを報告しようとしている。
「何のことだ?」
「……これ見てください。武田さん」
そばにいた山崎が、武田にスマホの画面を見せた。
画面では、つい先ほど動画投稿サイトにアップロードされた一つの動画が再生されていた。
その内容は、
いくつかの仰々しい言い回しや言葉の枝葉部分を除けば、彼らの主張は以下のようにシンプルなものだった。
我々がこの事件を引き起こした。
我々
何者であろうと、分散する
そして、今から7日以内に、日本政府から我々に対して、日本円で5000兆円分の送金がなければ、もう一度ブラウザクラッシャーを日本国内で拡散させる。
『日本のサイバー警察は、我々に傷一つ付けられない。悔しかったら反撃してみろ』
映像の最後で、画面の男はそう口にした。
それは、ブラクラ対策課に対する明確な宣戦布告であった。
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