06. サーチ&マイニング

 ドローン騒動はひとまず収まった。ブラクラ対策課みな署内に戻り、事件情報を整理していた。


「今回のドローンによるネットワーク回線のジャックですが――」


 最近新たにメンバーとして入った喜多村が、よどみない調子で事件概要を報告する。武田は考え込んだ様子で彼の話を聞いていた。


 ネットワーク回線のジャック。

 ドローンたちは展開したエリアに、通常回線とは異なるハッキング用のネットワーク網を生み出していた。その網に引っ掛かったデバイスには、端末をハックする種を仕込まれた通知メッセージが送られ、として利用される。ユーザーが通知に反応すると、メッセージアプリが起動し、ブラクラページへのリンクを他のユーザーに送り付けるという仕組みだ。


「また、解析班からの報告によりますと。現場で使われたドローンの一部の機種に、一か月前に大手流通会社のアルテミクスから盗まれた大型ドローンを改造したものが含まれていたそうです」

 

 喜多村が続けた。アルテミクス社は、以前とあるハッカーによる犯行で、同社が保有する大型産業用ドローンを盗まれていた。今回の事件で、そのドローンも利用されていたのだ。


「そうか……。報告ありがとう。しかし、配属して間もないってのに、いきなりこんな事件に関わるとは、喜多村も気の毒だな」

「いえ、自分は問題ありません。むしろ武田主任こそ、つい最近、主任に任命されたとお聞きしましたが、突然こんな事件に巻き込まれて大変なのではないかと……」

「巻き込まれるって話なら、宮田主任の頃からすでに巻き込まれてたとも言えるよ。以前、あるハッカーから話には聞いていたが、あのGitHubギットハブというサイバー犯罪の組織、まさか早々に姿を現してくるとはな。中々大胆な連中だ」

「……ええ、まったくです」


 前主任である宮田は、一か月前に体を壊して退職してしまった。

 彼は、天才女子中学生ハッカーによる無限アラートのブラクラに引っ掛かり、サイバー警察としての矜持にかけて無邪気なメッセージを表示するポップアップ表示に永遠の闘いを挑んだが、三日三晩マウスをクリックしつづけた結果、腱鞘炎を患い、退職を余儀なくされたのだ。


 その後、宮田に代わり武田が主任に任命された。また、人手を補うために、別の課から配置転換でやってきた喜多村が、新たにメンバーとして加わった。課内では山崎より若年の彼であるが、新人とは思えないほどの落ち着きと、サイバーセキュリティに対する深い理解を持っていると、トレーナーを務める須藤から高く評価されている。

 

「しかし、とんでもない要求を突きつけられましたね。7日以内に5000兆円だなんて。5000兆といえば、日本の国家予算の60倍くらいじゃないですか」


「国のお偉いさんたちは今ごろ、新しく一兆円札でも作る準備中かもな。しかし、これほどの金額となると、GitHubの連中は、はなっからブラクラを拡散させたいがためにありえない金額を提示してきたんだろう。なんにせよ、俺たちのやることに変わりはないさ。次のブラクラの拡散は何としても食い止める。とりあえず今は、分析班からの報告を待つとしよう」


 武田と須藤が話していると、ちょうど小笠原分析官からの通信が入った。


『皆さんお揃いですね。犯行声明の分析結果を報告します』


 いつものように、分析官小笠原によるモニター越しの講義が始まった。


「小笠原さん、映像に映っていた男の身元は割れましたか」


 山崎が質問をした。


『残念ですが、顔認証からデータベース上の一致はありませんでした。正確にいえば、そもそも画面に映っていた男は、この世に存在しない人間のようです』

「存在しない、というのはどういうことですか……?」

『映像を解析した結果、ピクセル単位ではありましたが、輪郭の微妙な歪みと、音声と表情筋の動きの食い違いが検知されました。あれは、アルゴリズムによってこの世に新しく産み出された顔でしょう。ここまで精度の高い機械学習モデルは僕も初めて見ました。

 そしておそらく、実在する人間が話す映像に、生成された3Dモデルの顔をトラッキングさせたと思われます。こちらは映画でよく使われている技術ですね』


 小笠原はすかさず答えた。残念ですがと言うわりに、映像に施された巧妙な技術に対して、どこか憧れのような熱がこもる口ぶりだった。


「映像を投稿したアカウントからはどうだ」


 あまり期待していない様子で武田が尋ねた。


『こちらも、アカウントに紐づいていた氏名や住所はすべて架空のものでした。アカウント作成時のログを調べても、IPアドレスは何重にも中間サーバーを経由していてました。犯行声明が指定した期間のうちに元のアドレスまで遡るには、必要となる国際的な手続きがあまりに多すぎます』

「ドローンからの手掛かりは?」

『直接的な手掛かりは何も……。飛行経路の記録も、消去されていました。しかし、あれだけの数のドローンを秘密裏に運用するとなると、簡単にはいきません。しかも、ハッキング用の装置を動かす分、バッテリーの持ちが制限されますから、少なくとも海外ではなく、国内のどこかでひっそりと管理されていたと思われます』

「それでは、次の犯行の準備のため、今の時点で日本のどこかにGitHubが拠点をかまえている可能性があるということですか」


 須藤が冷静に可能性を指摘した。


『そうです。日本列島というくくりにまで捜査範囲を絞りこめましたね』

「今のところ考えられるのが、『日本のどこかにいるかも』だけですか……」


 山崎が険しい表情でつぶやいた。

 他のメンバーも、どうすべきか考えあぐねていた。

 ドローンの目撃情報をかき集め、そこからGitHubの拠点を導きだしたとしても、次の犯行用の拠点は別の場所かもしれない。

 暗い沈黙が腰を下ろしはじめたが、武田だけはどこか飄々ひょうひょうとしていた。


『ずいぶんとお困りのようね。警察の皆さん』


 沈黙を打ち破るように、モニターから声が聞こえた。


「あなたは……!」


 山崎が驚き、モニターを見据えた。


『なんとですね、今回の事件のアドバイザーとして、パソコンの大先生をお呼びしてるんですよ』


 小笠原分析官が笑いながら言った。


『なにがパソコンの大先生よ、調子くるうわね……。今回はポイント稼ぎをしにきたのよ。更生施設のがあまりにも長いから、有識者として警察に協力してあげるの。仕方なくね』


 画面に映った少女が言った。

 かつてブラクラ対策課にハッキング攻撃を仕掛けた末に逮捕された天才女子中学生ハッカー、荻野目おぎのめエリザがそこに居た。


「ポイント稼ぎ……。減刑の司法取引ですね?」


 山崎がハッとして武田の方を見た。


「ああそうだよ、俺が持ちかけたんだ。彼女は、性格はアレだがハッキング技術ならGitHubの連中にも引けを取らないだろうし、それにこの事件で使われたドローンは、彼女による犯行で盗まれたものも含まれてるだからな。まあ何かしら役には立つだろう。

 あと正確に言うと、荻野目エリザは建前上は更生施設の保護対象だから、減刑というより保護期間の短縮が取引条件さ。まあ事実上は懲役みたいなもんなんだが……おい山崎、なんだその表情は……、分かったよ……事前に言わなかったのは悪かった。ただ少しくらいどんな反応になるか気になっただけで……」


 エリザが収容されているサイバー犯罪者更生施設とは、精神が未成熟なサイバー犯を社会から隔離し更生させることを名目とする、事実上のサイバー犯罪者専用の刑務所である。

 エリザのように、未成年だが社会に与える影響が大きかったサイバー犯は、この施設において、正しいITリテラシーの学習や更生のための慈善活動に従事することになる。通常の刑務所とは異なる更生カリキュラムによって、社会復帰後に高いITスキルを持った人材として重宝されるケースも少なくない。

 また司法取引が行われることが多く、警察への協力と引き換えに保護期間が大きく短縮されることもある。それを見越して、また、犯罪解決へ協力するインセンティブを最大化するためにも、最初に決められる保護期間は一般的な懲役刑よりも長めである。

 エリザの場合、それは52年と裁判所から判決を下されているため、何かしらの社会貢献活動をしなければ、保護の名目で半世紀も社会から隔離されることになる。

 そのため彼女は、心情としては相変わらず公権力を嫌悪してはいるものの、保護期間の大幅な短縮を狙って、今回の警察からの協力依頼にしぶしぶながらも応じたのである。


『さて、要件はGitHubの次の犯行を阻止すること、でいいのよね?』

「ああそうだ。だがドローン妨害装置の増設といった防御策よりも、奴らの拠点自体を突き止め、犯行そのものを行わせない形がベストだ。守りに徹するだけじゃいたちごっこだからな」

『分かったわ。それなら早速、ドローンのデータを分析して、拠点の位置を調べましょうか……ちょっとパソコン借しなさい、分析官』

『かまわないけど……ただ、さっきも言った通り、ドローンの位置データはでたらめに改ざんされてますよ、ハッカーさん?』


 小笠原の心配をよそに、エリザはパソコンを操作しはじめた。

 インターネットブラウザを開くと、アドレスバーにあるアドレスを打ち込み、彼女しか知らないサーバーにアクセスした。アクセス先のページには、アルファベットで名づけられたフォルダやファイルがいくつも保存されており、その中から一つのテキストファイルを開くと、画面いっぱいに、びっしりと文字列が表示された。

 

「これはなんだ?」


 モニター映像に同期されたパソコンの操作を見ていた武田が尋ねた。


『私が盗んだドローンから送られた、各種センサーのデータよ。もともとデータのオンラインへの送信機能は搭載されてたけど、アルテミクス社の施設から盗んだ時……正確には一般人に盗ませた時ね。その際にドローンが取得できるあらゆるリアルタイムデータを、このサーバーに送信するよう細工してたのよ』

「おい、取り調べの時そんなことまったく言ってなかったな……」

『それは失礼。あの時はすっかり忘れていたのよ、逮捕されたショックでね?』


 エリザは武田の突っ込みに悪びれもせず返した。


「でも、そこに飛行記録もあるなら、すぐにドローンの位置を突き止められるはず……、アルテミクス社のドローンは合計15台が盗まれて、今回のブラクラ拡散に利用されたのは8機。残りの7機がもしまとまった場所で管理されていたとしたら」


 山崎が考えを巡らしていたが、エリザが遮った。


『残念だけど、そこまで簡単にはいかなさそうね。飛行記録、つまり連続した座標データは、ある時点から送られて来なくなってきてるの。ここを見てみると……』


 エリザはパソコンを操作しながら続けた。


『13日前までは残されてるわね。この緯度と経度は……ロシア極東地域ね。おそらくここで一時的に保管されて、飛行データが残らないようプログラムが改変されたうえ、犯行用に機体を改造されたってところかしら』


『でもそこから座標データはないんですよね。他の記録から移動経路が分かるんですか?』

『確実とは言えないけど、推測はできるはずよ……』


 小笠原分析官からの質問に、エリザはやや自信なさげに答えた。


『この機体がセンサーで取得できるデータはかなりの種類よ。加速度、気圧、傾き、気温、地磁気、プロペラの回転速度、バッテリー残量、運搬物の重量……。座標以外にこれだけのデータが送られてきてる。

 地磁気センサーのデータからは方向が分かるはず。それに、加速度と運搬重量、プロペラの回転速度からは、飛行速度をある程度は正確に計算できるわ。これなら、大まかな飛行経路が導き出せるでしょうね』


 エリザの説明通り、複数のセンサーデータからドローンの移動経路を推測することは理論上可能だった。しかし、衛星とのやりとりで取得できる正確な座標情報とは異なり、アナログの情報には必ず誤差が伴う。極めて高精度なセンサーが搭載されていたため、一つ一つの値について言えば、誤差は小さく、現実的に取りうる有効範囲は絞られていた。


 しかし、いかに誤差の範囲が小さいとはいえ、連続的に取得された大量の値を、チェーンのようにつなぎ合わせていくうちに、誤差の範囲は次第に大きくなっていく。その可能性のくさりは何度も何度も分岐をくり返し、膨大な数の答えにたどり着くのだ。

 結果、分析室のコンピュータによるシミュレーションは、想定される移動経路として実に7000パターンもの軌跡を地図上に描いた。


『案の定といったところね……』

『7日間の猶予がありますから、1日あたり1000か所を捜査していけばよさそうですね』


 ハバロフスクを起点として、何度も分岐しながら日本のあちこちに伸びる7000通りの移動経路を見て、小笠原が言った。


『あなたそれ皮肉で言ってるのよね?』

「そこから現実的な条件と突き合わせて絞り込めないのか?」


 武田が尋ねると、エリザが考えながら答えた。


『気象データのログにアクセスってできるかしら?』

『なるほど、そういうことですか……! 任せてください』


 小笠原がピンときた表情で反応した。PCを操作し、ドローンのデータを気象データと照らし合わせ、当時の気温、気圧の記録と食い違う想定移動経路を一つ一つ除外していったのだ。

 そして、9か所の、およそ200メートル四方のエリアが候補として残った。そこからは、衛星の超高精細カメラによって実際の現地の様子が調べられ、何も問題が確認されないエリアが除外されていった。


 そして最終的に、ある一か所が候補として残った。北海道東部の山のふもとに、正体不明の施設が見つかったのだ。



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