07. ハッシュレートはかく語りき(1/3)

 北海道釧路市、雌阿寒ぬあかん岳のふもとに広がる森を切り開いてできたその一帯にあったのは、実在しない独立行政法人の名を借りた正体不明の施設だった。


「どんどん武装が強力になってるな……」

「ロボットの操縦なんて私はじめてですけど、案外どうにかなるもんですね」


 武田のつぶやきに、山崎が無線通信で答えた。

 夜空に星が輝く山の中、雪の降り積もる斜面を、三機の大型パワードスーツが移動している。

 武田、山崎、須藤は、ブラクラ対策課が最高戦力として保有するパワードスーツに乗り込み、昨日特定されたGitHubギットハブの犯行拠点と思われる施設に偵察に向かっていた。


『今更だけど、こんな装備を持ってるなんて警察はおっかないわね』

「ハッカーに言われたくないな」


 通信越しにエリザが言った。彼女と小笠原分析官は本部の分析室からの支援を担当している。新米の喜多村は今回のGitHub関連の犯行について、ネット上で情報監視を任されていているので、今回特に出番はない。

 

 この二脚特殊車両は、2020年に開催された東京オリンピックの際、武装組織によるテロを警戒して配備される予定だったが、人手不足が原因で、五輪開催までに生産はおろか開発も間に合わず、近年になってようやく三機が完成したものである。

 開発に携わる研究機関が国交省の天下り組織であったため、オリンピックが終了してもすぐさま資金の投入を中断するわけにはいかず、東京都よりも注目が集まりにくい地方でひっそりと開発すべきとの判断が下された。そのため、もとは東京で開発されていたこの機体たちは、めぐりめぐって現在は兵庫県警の管轄下になっている。 


「お二人とも、見えてきましたよ」


 須藤が通信を介して山崎と武田に伝えた。木々をかき分けながら進む先に、開けた場所にたどり着いた。そこには、衛星写真で見た通りの、小さな町工場のような施設があった。


「誰も見当たりませんね」

「仕方がない、降りて出入口を探すか」


 武田がパワードスーツから降りると、けたたましいサイレンの音が鳴り響いた。


「なんだこの音は?」


 武田は警戒して足を止めた。その時、施設の奥の方から猛スピードで一機のドローンが向かってくるのに須藤が気付いた。


「武田さん、戻ってください!」


 須藤の叫びで武田はすぐにパワードスーツ内に戻った。ドローンは一直線に武田の機体に向かって衝突し、爆発した。


「大丈夫ですか!?」


 煙の中からわずかに傷がついただけのパワードスーツが姿を現した。スーツの装甲は、炭化ケイ素繊維を編み込んだセラミックス基複合素材によって極めて堅牢に作られている。この程度の熱と衝撃ならば、ほぼダメージ無く耐えることができるのだ。当初の予算をはるかに超える資金がつぎ込まれたおかげで、過剰なほど高い性能を誇っている。


「意外と頑丈なもんだな…さすがに焦ったが」

『こちらでも大きな損傷は確認できていません。システムも正常に動いていますよ』


 本部にいる小笠原分析官が機体の各種データをチェックした。三人のパワードスーツはそのパフォーマンスが常時モニタリングされており、支援拠点からの監視と報告により、操縦者は迅速な状況判断が可能になる。


『……! 待ってください、レーダーに反応があります』

 

 熱源反応を察知するレーダーが複数のターゲットを補足した。本部の小笠原からの知らせを聞くまでもなく、現場の三人も、各自のレーダーと肉眼でそれを確認することができた。施設の奥から無数のドローン群が一斉に飛び立ち、こちらに向かって突撃してきている。


『武田さん、今度は三十機ほど来ましたよ。さすがにあれだけの数の自爆攻撃となると、パワードスーツも持ちこたえられるか分かりませんね』

「ああ、こっちでも見えてる。あいつら殺意丸出しじゃねえか……」


 武田たちはすぐさまパワードスーツに装備されていた武装で応戦した。近づいてくるドローンを対物散弾銃で撃ち落とすごとに大きな爆発が起きる。索敵と照準はソフトウェアによる強力な補正サポートがあるため、武田たちは無数の特攻兵器を的確に破壊していった。


『ちょっと小笠原さん、もしかして現場の方々に死なれたら私の保護期間はあんまり短縮されないのかしら?』

『多分そうなりますね、エリザさんも武田さんたちを応援してあげてください』

『掛け声でもかければいいのかしら? そういうのはあまり得意じゃないのよね』

「こっちが必死に戦ってるのにのんきなもんだな!」


 本部のエリザたちの雑談が通信で入ってきた。その間にもドローンは次々に撃ち落されていく。


「武田さん、ドローン群はすべて無効化しました」

「こちらも、確認できるだけのドローンは破壊できました」

「よくやった。山崎、須藤、ご苦労だ」


 二人が武田に戦況を報告した。白い雪景色の中、あちこちで焼け焦げたドローンの残骸が散らばっていて、それぞれ煙を吐いていた。


「いくつか爆発せず不発に終わったものがありました。いつ爆発するか分からないので、落ちたドローンには近づかない方が良いでしょう」


 須藤が言う通り、落ちたドローンの中には、搭載した爆弾が起爆せずにまだ形をとどめているものがあった。しかしドローン自体が破壊されているので、こちらから近づかなければ問題はない。武田たちが機体や武装の状態をチェックし、いよいよ施設内部に潜入しようとしたときだった。


『やあやあ警察の皆さん、思いのほか頑張ってくれるね 』

 

 謎の男の声が、機体の通信に割り込んできた。


「誰だ!?」

『「誰」だって? 君たちの方から来ておいてそれはないんじゃないかな? 』

「あなた……GitHubギットハブのメンバーね」

『ああ、その通りさ。さっきのドローン攻撃は気に入ってくれたかな?』


 山崎の問いかけにあっさりと男は答えた。先ほどの飛行ドローンによる自爆攻撃も、彼の仕業だったようだ。


「手厚い歓迎だったよ。今すぐ施設から出てきて投降しろ」

『それは難しい相談だね。なにせ僕は施設にいないんだ。代わりに、『施設』が出ていくとしようかな』

「どういうことだ?」


 再び施設からサイレンが鳴り響いた。また飛行ドローンの襲撃かと三人は身構えたが、どうにも様子が違う。

 施設の中央に位置する建物が揺れだすと、むくりと立ち上がって移動し始めた。さっきまで建物だと思っていたそれは、四つの大きな機械脚をむき出しにし、自律的に移動している。それは、三人のパワードスーツを一まとめにしたよりも、さらに一回り大きなドローンだった。


『君たちを歓迎するために急ごしらえで作ったんだ。もちろんこれも遠隔操作の無人兵器さ』


 蟹のように地を這いながら、四脚ドローンがゆっくりと近づいてきた。


『あのドローンから強い熱源反応が感知されています。用心してください』

『内燃機関がやたら大きいのかしら。それとも何か別の理由が……?』


 支援拠点から小笠原分析官が伝えた。分析室の小笠原とエリザは、新たに出現した四脚ドローンの詳細を、パワードスーツに取り付けられた各種センサーから送られるの情報をもとに調べていた。


『さて警察の皆さん。第二ラウンドといこうか』


 GitHubメンバーの男はそう言って攻撃を開始した。四脚ドローン胴体部の正面が開くと、工作機械を連想させる形状のアームが一本現れた。アームの先には大きなハンマーが装着されている。重鈍な動きで機械式アームが持ち上がり、ブラクラ対策課たちに向かって重々しく合金の鉄槌が振り落とされた。動きが鈍いため武田たちは容易に回避したが、ハンマーによって地面には深い穴があけられた。もしまともに食えば、さすがに無傷ではいられない威力だ。三人とも攻撃を食らわないよう、四脚ドローンから十分に距離を取った。


「攻撃を確認。こちらも応戦するぞ」

「こちら須藤です。撃てますがどうしますか」

「まかせた。早いところ片づけよう」


 須藤が高火力の誘導弾に武装を変更し、四脚ドローンに照準を合わせた。透過ディスプレイにロック完了の表示が出たのを確認してトリガーを引くと、肩部のミサイルポッドから誘導弾が発射された。しかし、誘導弾は命中せず、ドローンを飛び越えて森の奥へと飛翔し、爆発した。


「そんな……」


 須藤はまさかきちんとロックされていない状態で撃ってしまったのだろうかと思い、もう一度照準を合わせようとした。しかしロックすることができなかった。ディスプレイ上の照準がでたらめに移動して操作ができなくなった。


『須藤さんの機体がハッキング攻撃を受けています!』


 支援拠点から小笠原分析官が伝えた。須藤の機体では、システム不調を伝えるアラート表示が大量に出現し、ディスプレイを覆いつくしていた。その様子はブラクラ対策課にとって見慣れたネット犯罪の様相さながらだった。やがて照準を合わせるどころか、機体の操縦全般が不可能になり、パワードスーツは外見上は傷一つないままその場で動きを止めた。


『このドローンは特別なんだ。元々高い処理性能を持っていたマシンを攻撃用のドローンに改造したのさ』

「武田さん、私の方もだめです!」

「こっちも同じ状況だよ、まったく! 分析官、どうにかできないか!?」


 山崎と武田の機体も同様にシステムがハックされ、操作ができなくなっていた。分析室では状況を把握しようと小笠原とエリザが奮闘していた。すぐに小笠原から通信が入った。


『武田さん、あの大型ドローンは強力なハッキング用の電波を発しています。パワードスーツのセンサーを侵入路にして、スーツの組み込みプログラムを強力なマシン性能でハックしているようです』

『その通りだよ、支援拠点の人たち。こうして動きを止めてしまえば、あとはこのハンマーで打ち砕くだけさ』


 四脚ドローンはゆっくりと武田の機体に向かって移動し始めた。そして十分な距離まで近づくと再びハンマーを振り上げた。武田はマズいと身構えたが、予期していた衝撃は訪れなかった。ドローンの動きが急に鈍くなり、その場で意図の読めない小刻みな動作をした。そして機体を支える脚部から力が抜けて、胴体が地面にどすんと落ち、全体のバランスを崩して横に倒れた。


『間に合ってよかった……。どうやら、こちらからのハッキング攻撃も受け付けてしまうようね』


 分析室のエリザがほっと一息ついて言った。パワードスーツを経由して、分析室からのハッキング攻撃に成功したのだ。


『なるほど……噂通り腕のいいハッカーじゃないか』


GitHubギットハブの男は値踏みするように言った。


「助かったよ、荻野目おぎのめ分析官」

『これくらいのハッキングは朝飯前よ、すぐに動けるようにしてあげるわ』


 エリザが手元のキーボードを叩いて、武田たちが食らっているハッキング攻撃を中断させようとした。しかしそこで、異変に気付いた。


『安心するのはまだ早いんじゃないかな?』


 四脚ドローンが再始動した。ハンマーを持った腕部で地面を押して、機体全体を起こし、再び元の姿勢に戻った。分析室のモニターは、ドローンのシステムが修復されていることを示している。エリザは再度こちらからのハッキングを試みたが、先ほどよりもシステムの堅牢性が増していることに気づいた。


『そんな、この技術は……』

『ハッカーのお嬢さん。君も知っているよね? ブロックチェーンの改竄がどれほど困難か』


 男は、あざ笑うような声で分析室のエリザに向けて言った。

 



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