第9話 幼馴染みはハイテンション

 その日、恵はヤケにハイテンションだった。

 

「おっはよ――――っ! ゆ・う・き・ちゃ――――――――んっっっ!」


 俺が約束の五分前に映画館に着くと、すでに到着していた恵がバカみたいにデカイ声を張り上げて、俺にぶんぶん手を振った。

 

 周囲の人間の視線が何事かと恵の手を振る先――つまり俺に集中する。

 

 飾り気のない白のワンピースを着ていてもやはり恵は街中で充分、人目をひく存在なわけで、したがって、恵が集めまくった視線がそのまま俺にも突き刺さってくるわけで――

 

 勘弁してくれ。


 俺はダッシュで恵のところまで走っていく。


「ちゃんと時間通りだねー。でも、最初のデートなんだからやっぱり女の子よりは早……あうっ!」


 そして、無言で恵の額にデコピンを入れた。


「痛いよ――! いきなり何するの――!」


 額の一部を赤くした恵がきゃんきゃんわめく。


「お前目立ちすぎ」


「えっ? 普通だよ~」


「周りの人、みんな俺達のこと見てたぞ。正確に言うとお前見た後、俺を見てたんだが」


「そ、そんなに目立つような格好してないと思うけど……」


 恵はそう言うと、今更のように頬を染めて自分の服装を気に出した。こいつは本当に自分のことをわかってない。


「服がどうこうというわけじゃないんだが……まあいいや。さっさと映画観て帰るぞ」


 俺はちゃっちゃっと一人で切符売り場まで歩いていく。


「ううっ、投げやりずぎだよ~っ 練習なんだからちゃんとやんないと~っ」


 不満げな声をあげつつも俺の後についてくる恵。


「学生一枚、子供一枚」


「ゆうきちゃん、あたし子供じゃないからっ!」


***


 恵がお勧めだと言う三本立て映画の内訳は一本目が子供向けアニメ、二本目がちょっと前にはやった恋愛ドラマの映画リニューアル版で、三本目はB級ホラーだった。

 

 何だかまるで統一感のない組み合わせだと思ったが、恵曰くちゃんと意味はあるらしい。

 

 一本目のアニメでなごやかな雰囲気になって親密度を高め、続いて恋愛映画で気持ちを盛り上げて、とどめにホラー映画で怖がってる女のコを優しくフォローしてハートをゲットとかそんなん。

 

 かなり信憑性の低い計画だ。

 

 なんせ、こいつも実際のところきちんとデートなどした事はないはずだ。

 

 第一、今回は夏海にすでに観る映画は指定されてしまっているのでまるで無意味なのだが、まあ、ここは恵の顔を立てておいた。

 

 恵は恵なりに一生懸命なのだ。

 

 三本立てをすべて観終わると、俺達の腹のムシが同時になった。

 

 時計はもう四時を回っていた。


 続いて、遅めの昼食。


 俺の懐具合がかなりさびしいので、俺は恵の手をひいて駅前の立ち食い蕎麦屋に連れて行こうとした。

 

 と、「ゆうきちゃん、それゲームオーバーだからっ!」とダメ出しをくらった。

 

 恋愛アドベンチャーですかこれは。

 

 俺も初デートで立ち食い蕎麦はさすがにマズイとは理解していたが、先立つものがなければしょうがない。

 

 恵は最初、「じゃあ、あたしが出してあげるよ!」と言ってとても俺達が入るには似つかわしくないフランス料理の店に俺を連れて行こうとした。

 

 気合入れすぎ。

 

 結局、その店ではネクタイを着用していない客はお断りと言われた。

 

 俺はなんとか恵を説き伏せて、その隣のハンバーガー屋に入った。

 

 恵はそこでポテトを頬張りながら、「ゆうきちゃん、本番はネクタイしてこないとね」とのたまわった。

 

 いや、しないだろ。

 

 中学生だぞ俺達。

 

 そして、なんとか昼食イベントをクリアして俺達は近くの公園を散歩した。

 

 噴水前のペンキのはげかけた木製ベンチに座って移動店舗で買ったアイスを食べる。

 

 アイスを買う時、恵は最後までバニラとミントのダブルにするか、バニラのみにするか悩んでいた。

 

 俺が二つ食べればいいじゃんと言うと、「ゆうきちゃん、それバットエンドだからっ!」とまたダメだしをくらった。

 

 女のコに安易にカロリーの高いものをすすめてはダメらしい。

 

 じゃあ、食うなと言うと、「それ、もっとバット!」と叱られた。

 

 どうも俺には恋愛の才能はないようだ。

 

 結局、バニラのみを買った恵はベンチで両足をぷらぷらと揺らして、幸せそうにアイスを食していた。

 

 俺は隣でミントアイスをたまに口にしながら、その様子を眺めていた。

 

 恵が嬉しそうに物を食べるのを見るのは昔から好きだった。

 

 アイスを食べきった恵が俺の視線に気がつく。

 

 「何?」という恵の顔。

 

 俺は食べかけのミントアイスを恵にすすめてやった。

 

 「ゆうきちゃん、それグッド!」満面の笑みで恵が瞳を輝かせた。

 

 フラグが立ったらしい。

 

「こうして恵と休日、出歩くの久しぶりだな」


「うん、そう言えばそだね」


「前は結構、いっしょに遊んでたのにな」


「うん。小六あたりから、ちょっとなくなっちゃったね。あっ、」


 アイスを食べ終わった恵の足元に軟式の野球ボールが転がってきた。

 

 恵はベンチを立つと、そのボールを拾う。


「すいませーん!」


 俺達より三つか四つ年下の野球帽をかぶった男の子が少し離れたところで手を振っていた。

 

 よく日焼けした元気いっぱいスポーツ少年という感じだ。

 

 その少年よりさらに遠くには同じく野球帽をかぶった女の子が立っていた。

 

 その少女が投げたボールを少年が後逸したらしい。

 

「ゆうきちゃん」


 俺は恵からボールを受け取って、少年めがけてボールを投げる。

 

 大きく描かれた放物線が少年のグローブの中で止まる。

 

「ありがとうございました――!」


 少年はわざわざ帽子を脱いで、俺達に頭を下げた。後ろの少女も何か言っていたみたいだが、遠くて聞こえなかった。

 

 俺達はひらひらと彼らに手を振る。彼らはキャッチボールを再開した。

 

「俺達もキャッチボールしたな」


「うん。でも、ゆうきちゃんコントロール悪いからちょっと怖かったよ」


「失礼な。お前が俺の変化球に対応できなかっただけだ」


「女の子相手に難しいの投げないでよ……。あっ、」


 再び恵の足元にボールが転がってくる。

 

 またも少年が後逸したようだ。

 

 少年は少女に「ねーちゃんのノーコン!」と悪態をついた後、今度は俺達のところに駆けて来た。

 

 二度も好意に甘えるわけにはいかないということなのか。

 

「何よ! あんたが私のフォークに対応できなかっただけ――」


 少女の方も俺達の方に駆けて来る。何だかこちらと同じような会話をし――

 

「あっ」「あっ」


 夏海の声と恵の声が重なった。

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