第2話 幼馴染みはツラいよ

 その下で想い人に告白すれば必ず両想いになれるとかなれないとか――。

 

 そんなありがちな伝説を持つ中庭の桜の木の下で、予想通り首筋まで真っ赤にした遠目にも緊張しまくりとわかる恵が待っていた。

 

 幸いなことに辺りに他の生徒の姿はない。

 

 もうすぐ中間試験が始まるので、部活動が軒並み活動を中止しているからだろう。

 

 昇降口から吐き出された大量の生徒達は放流された稚魚のごとくみんな校門へと向っている。

 

 誰も好きこのんでこのクソ暑いのに、太陽光線に焼かれたくなんかないのだ。

 

 恵が俺の姿に気がついた。

 

 何か言っているみたいだが、じわわわわとアブラゼミが奏でる夏のノイズにそれはかき消される。

 

 俺は額に薄っすらと浮かんだ汗を拭いつつ、小走りで恵のそばに寄っていった。

 

「あっ、あっ、あのっ。きっ、来てくれて、あっ、ありがとうござ、あうっ! 痛っ! ひたいよ~っ!」


 恵いきなりかみまくり。


 俺は思いっきり脱力した。

 

「あっ、あたひぃ、しょの、えっと、あうっ、ひたい! あっ、あにゃたのほとが、しゅき……あわあわっ、えーと、あっ、ひっ、ひたいひいたよ~!」


 俺はとりあえず、目の前いる意味不明の言語を発する生物の額に水平チョップを入れた。


 夏空にびしっという乾いた音がいい感じに響き渡った。


「あたっ! ゆうきちゃんひどいよ――!」


 暑さと緊張と怒りと打撃で真っ赤になった顔を恵が俺に向ける。


「あっつい。もう帰る」


「そんな、まだ終わってないよ~っ!」


「三十点」


「せめて全部聞いてから点つけてよ――!」


「じゃあ百点でいいや」


「テキトー! それ絶対テキトーでしょっ!? ねぇ、ちゃんと練習付き合ってよ~っ!」


 恵は必死にそう叫びながら、俺の制服を何度もくいくいと引っ張った。


「あーでもいつも俺思うんだけど、こんな事しても意味ないって言うか――」


「だって、今度は、今度こそは失敗しちゃったら困るもん」


 すんすん言いながら、恵は涙で潤んだ瞳で俺を見上げる。


 涙目の上目遣いは反則技だ。


 俺は頭をかきながら、本日二度目のため息をついた。


「あーもう! わーったよ」


「本当!? ゆうきちゃん」


「その代わり、帰り何かおごれよ」


「らじゃー!」


 兵隊さんの敬礼のようなポーズをとりつつ、恵は満面の笑みを浮かべた。


 本番もこうなら、何も練習などいらないのだが。


「んじゃ、いくよ!」


 両手の拳を握って、恵は身構えた。


「暑いからなるべく早くな」


「あっ、あのっ、あっ、あたしっ、あなたのことが、ずっと、まっ、前から、あぅっ! 痛っ!」


 恵やっぱりかみまくり。


 俺は痛み始めた額に手を当てつつ、たぶん夕暮れまでは確実にかかるであろう恵の『告白シミュレーション』に付き合ってしまったことを早くも後悔し始めていた。

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