エピソード8 ホラー小説書きのノート
後期のテスト前。もう1月も後半に差し掛かり、私の周りでも皆テスト対策が大変だと焦っている。私だってそうだ。
このところ、というか、大学に入学してから私は怪奇現象を呼び寄せている気がする。まあだからといって勉強をせずに単位を落とすのはよろしくない。
私は人でごった返している図書館ではなく、部室で勉強することにした。
文芸部の部室は相変わらず散らかっている。
デスクトップパソコンの近くだけは不自然に片付いているが、それ以外の場所には様々な文芸誌や小説が転がっている。
そんな部室の一角に、何やら見慣れないノートがあった。このノート、ボール紙みたいな材質の表紙のシンプルなものに「ネタ帳」と書かれている。シミなどが付いていることから、それなりに使い込まれているらしい。
文芸部の部員がネタ帳を放り出しているところを見たこがないので、ノートを開いてみることにした。
「意外と書いてない?」
私には気になることがあった。
ネタ帳は確かに使い込まれているようだったが、それにしては使われたページ数が少ない。もっといえば、最初のページに書かれているだけだ。その書かれていることも、おかしい。ネタ帳というよりは、交換日記のようだったのだ。
「美晴ちゃん、部室で寝てた?」
珍しい。
一応テスト前なのだが、先輩が来るなんて。
今部室に来たのは樋口絢先輩。私は絢先輩と呼んでいる。彼女は私と同じくホラーも書くが、部内では
「勉強しようと思って来たんです。ただ、変なノート見つけてびっくりしていただけなんです」
「どれ?」
絢先輩はノートが置いてある机の方に歩いてきた。
ノートが目に入るなり絢先輩は驚いたような顔をした。
「私もみたことないなあ。忘れ物でもなさそうだし。このノートって売店にも普通に売ってるやつでしょ、一番安いやつ」
絢先輩は言った。
「そうなんですよ! 装飾もあるにはあるけど誰のかわからないんです! 書いてあることは別にネタでもなかったです。交換日記みたいでした!」
私はそう言ってノートを開く。
絢先輩は開かれたノートのページに目を通す。交換日記のような文言がかかれているだけで、それ以降のページは白紙。誰かとやりとりをしたがっていたようにも見える。
「ちょっといいこと思いついた。これを文芸部のノートにしない?」
と、絢先輩は言った。
「あったことをこのノートに書きこむ。それで、他の部員がこのノートに書かれたことを確認してリアクションする。部内のコミュニケーションにつながると思うし、ノートの持ち主がそうしたかったのなら特に!」
「本当にやるんですか? だって、これ部内に持ち主がいるかもしれませんよ」
絢先輩を止めても、私も彼女が言うことをやってみたいとは思った。部内の連絡網ではどうしても事務的なことになりがちだし、もっと交流があっていいと思っている。それこそ、推し作家とSNSでつながるように。
「持ち主を確認してからやろう」
と、絢先輩は言ってノートの写真を撮った。
先輩が言うにはこの写真を部内の連絡網で回して持ち主を特定しようとのこと。早速絢先輩はこのノートの持ち主を探している旨のメッセージを部員全員に送った。
メッセージを送ってみたはいいものの、肝心の持ち主を名乗り出る者はいない。だが、面白そう、これで部員が仲良くなれるといい、といった反応は返ってきた。
「やっぱり誰のかわからないかー。うち、メッセージにすら反応しない幽霊部員いるしね。本物の幽霊がいたっておかしくないと思うな、幽霊部員だけに!」
絢先輩は言った。
「まあいいや、ちょっと書いてみよっか。そうだなー、単位取れるかな、とか」
絢先輩はシャープペンシルを取り出してノートに「単位取れるかな」と書いてみた。すると、ノートにはペンで書かれるようにして文字が浮かび上がる。
――単位……嫌な思い出があるんだよね。
「マジ……?」
絢先輩は言った。正直私も驚いている。持ち主不明のノートに何か書けば、それに応えるようにしてまた何か書かれる。交換日記みたいだ。これまでに書かれたものを見てみれば、様々な筆跡の中にこの「単位……嫌な思い出があるんだよね」と同じような筆跡が見つかる。書いたのは同じ人?
「なんか凄いですね……」
それ以外に言葉が見つからない。
「うん。単位に嫌な思い出があるってなんだろう?」
「そういえば、私聞いたんですよ。心理学の授業で。単位を落としそうで怖くてカンニングして、バレて自殺した人がいるって」
「ひえっ」
絢先輩のリアクションもわかる。
そこまでしてカンニングする人がいるものか。真面目な学生なら持ち込み可のテストはともかく、そうでないテストでカンニングなんてできない。しない。それくらいなら1科目分の単位くらい犠牲にする。
そうやって私と絢先輩が話していると、ノートにまた文字が浮かび上がってくる。
――知ってるの?
心なしか筆圧が強くなった……気がする。幽霊ちゃんはこちらに聞いてくるような感じ。別に文字で幽霊ちゃんに単位のことを聞いたわけでもないのだが。
そうしてるうちに、また文字が浮かび上がってきた。
――馬鹿にしないでよ。
どうやら幽霊を怒らせてしまったらしい。
どうしよう。私は怖くなって絢先輩の顔を見る。助けてください、絢先輩。
「ええと……別に馬鹿にはしてないよね。そういえば、ノートに書いてるってことは文芸部だったりするのかな?」
絢先輩も焦っている。
絢先輩はまたシャープペンシルを手に取り、言葉をつづる。
「もしかしてさくら先輩ですか? これでいいかな?」
絢先輩は、ある人かどうかを尋ねるようなことを書いた。
さくら先輩なんて知らない。私は1年生だし、今の4年生の先輩も名前だけ知っているということが多い。それ以上の代の先輩のことなんてわかるはずがない。
絢先輩がつづったノートには、また文字が浮かび上がる。
――そうだよ。
ノートの向こうにいる幽霊の正体はさくら先輩という人だろう。知らない人だ。
「さくら先輩……うちも会ったことはないけど、去年卒業した院の先輩がよく言ってたんだ。怪我で休学したり、授業にも出にくくなってたり。闇だよね……追い詰められることがあるなんて」
と、絢先輩は語る。
さくら先輩のことは知らなくても、さくら先輩について回りの人が言っていたことを知るとなんとも言えない気持ちになる。さくら先輩は私のいくつ上だろう? いくつ上だったとしても、私は今さくら先輩と仲良くしたいと思った。
「絢先輩、そのノート借りてもいいですか?」
「え、いいけど」
私は絢先輩からノートを受け取ると、青のボールペンで文字を書く。
さくら先輩、友達になりましょう。
先輩と友達とか、体育会系の部活の関係でいけばおかしいことだと思う。が、私も絢先輩も文芸部だし、同じく
すぐにさくら先輩からの返事があった。
――本当に馬鹿にしてない?
疑われても無理はないと思う。私も絢先輩も「馬鹿にしないで」とさくら先輩から言われている。断られても呪われても仕方ないと思う。呪われるのは嫌だけど。
だから私は「馬鹿にしてない。生きてるか死んでるかって関係なくない?」と書いた。
しばらくして、ノートにまた文字が浮き上がって来た。
――そっか、あなたには関係ないんだね。いいよ。仲良くしてね。
返事はこうだった。
「絢先輩!」
私は思わず喜びを口にする。
だが、ここで私は我に返る。幽霊と友達になったら何をすればいいだろう。
「さくら先輩、うちとも仲良くしてほしいなー。好きなもの聞いてよ!」
と、絢先輩。
絢先輩がそう言ってくれたので、私はさくら先輩に好きなものと自殺した場所を聞いた。ノートに浮かび上がった文字によれば好物はももの缶詰で自殺した場所は学校の端にある雑木林の中だという。
そのことを絢先輩に話すと絢先輩は目を丸くした。
「そんなところで人が死んでたなんて。どうやったかとかは聞かないけど、美晴ちゃんはどうするの?」
絢先輩はそう聞いてきた。
「テストが終わったら桃の缶詰とお花持っていきます」
私はこのときに決めていた。
2月初旬。私が受けていた授業のテストと課題が全部終わった。
できについてはノーコメント。レポートはそれなりにこったつもりだし、不備のある課題もない……はず。
私は近くのコンビニと花屋で持っていくものを買って、雑木林へ。
雑木林はよくある田舎の雑木林といった感じ。だが、人はあまり立ち入らないのでここで寝たりしてしまえば見つけてもらえないかもしれない。
さくら先輩もここで寝てしまったのかな。
さくら先輩がどこで自殺したのかもわからない。私は一番大きな楠木の下に桃の缶詰と花束、手紙を供えて手を合わせる。
「できれば、さくら先輩には生きている間に会いたかったな」
私が目を閉じると優しい風が私の頬を撫でた。
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