エピソード5 悪魔祓いを知っている人物
「これは僕が実際に聞いた話なんです」
私が訪れた教会で、とある男性が言った。彼は年齢にして40代半ば。今までの教会の礼拝にも出席し、時折彼と話すこともあった。私はあまり名前を覚えていないのだけど。
彼から話を聞くに至る大まかな話をしよう。
さて、私は今元日礼拝に出席している。神社への初もうでをあきらめてこちらに来てみたわけだが。
元日礼拝に出席した人はそれほど多くない。いつも礼拝に来ていた人たちや、とあるミッションスクールの生徒たちが出席している。
家族では私1人が出席した元日礼拝。
聖書が読まれ、讃美歌を歌い、祈りを捧げ、牧師先生からの話を聞く。
卒業式のときに歌って以来だろうか。久しぶりの讃美歌と礼拝で心を落ち着けていた。
礼拝が終わると教会に出席していた人たちの談笑がはじまる。あまり長居したくない人はこのまま帰ってしまうのだが。
「久しぶりですね、恒川さん」
私に話しかけてきた男性。彼のことをよく覚えてはいなかったが、私はそれなりに懐かしさを覚えていた。
「お久しぶりです」
名前はわからなくとも、顔はわかる。私はその男性に言った。
「大学生活はどうですか? 親元を離れているとのことですが」
「楽しいですよ。授業も面白いですけど、文芸サークルに入っているんです」
「文芸サークル……」
男性はふと、言葉を止めた。何か思うことがあったのだろうか?
それとも、詮索するのは避けたかったのか。
「小説書いてるんです。いつか書けたら持ってきましょうか?」
「いいですね。そのときは是非とも」
一息つくと、男性は再び口を開く。
「事実は小説より奇なりという言葉があるでしょう? まさに、事実は小説より奇なり、な話を聞いたことがあるんですよ」
「それは……」
気にならないわけがない。
小説を書いている私。とんでもなく奇妙な話は是非とも聞いておきたいところだった。
「これは僕が実際に聞いた話なんです」
男性は言った。
「経験したのは僕の友人です。今はイギリスに住んでいますが、悪魔祓いの仕事をしているんですよ」
悪魔祓いというと、エクソシストだろうか。そういえば、女子高生エクソシストというものがあると聞いたことがある。思春期の女性は感受性が強くて、エクソシストに適正があることが多いということで。
彼が話すことは、キリスト教だとかエクソシストに関係あることなんだろうな。
「悪魔祓いっていうと、テレビなんかでもたまに出てくるやつですか? ほら、人が悪魔にとりつかれて異常な行動を起こして、それを鎮めるためにっていう」
「そうなんですよ。僕の友人がそういう人と知り合ったようで、最近聞いた話です」
と、男性は言うと、さらにその詳細を語り始めた。
「イギリスをはじめとしたヨーロッパの国にはエクソシストという人々がいるそうです。
エクソシストはいわゆる悪魔祓い。人間にとりついた悪魔を祓う仕事をしているんですよ。例えば、聖書を使ったりして」
これは知っている。
以前、悪魔祓いに興味があったころに調べたことがある。場合によっては相当ひどいこともあるらしい。
「友人が『怖い』と言っていたのはとある女性の異常行動でした。」
♰
その女性は悪魔にとりつかれていた。
てんかんだと診断されても。科学では証明できないようなことが彼女にふりかかっていた。
あるときは蜘蛛や虫、排泄物を食い漁り。
あるときは女性の声とは思えないような声で叫び、また話せるはずのない言語を扱い。
あるときは彼女の意志に関係なく、何か不思議な力によって身体が動かされ――例えば背中から家の壁に激しくぶつかり。
彼女を襲う出来事は科学で説明することもできなかった。
てんかんと診断された彼女が別の病院を当たっても原因はわからず。
これではエクソシストを頼るしかないだろう、と父親の提案でとあるエクソシストに連絡が行ったのだ。
彼女の家族からの連絡でエクソシストは呼び出された。彼女にとりついた悪魔を祓ってほしいとのことだった。
エクソシストは家族との話し合いを経てそれを了承し、とりつかれた彼女の元に向かった。
――その姿は酷いものだった。
狂気。
悪魔にとりつかれた女性は、土から掘り出した虫をその口に含み、咀嚼する。口の周りは土と虫の体液で汚れていた。さらに、両手はひっかき傷と痣だらけ。これもすべて自分でつけたものだという。
そして、彼女は時折人間ではない何かの声で叫ぶ。
「――――――――ッ!!!」
英語ではない言語だった。
いわく、とりつかれた女性は英語以外の言語をほとんど喋れないそうだが。
「ラテン語ですか」
エクソシストに同行していたシスターは言った。
「ラテン語ですね。しかも、男性の声です」
と、エクソシストも言う。
そんなエクソシストと女性の目が合った。
彼女の目は人間の目ではなかった。口には牙が生えているようにも見える。
そして彼女はうなるようにして言った。
「殺してやる……!」
「汚らわしいものを見せつけるな!」
聖書や十字架を嫌う彼女。さらに彼女は空中に浮遊する。屋根よりも高い場所から、エクソシストたちを見下ろすようにして。
エクソシストは言った。
「悪魔の名前が必要です。名前を知らないことには悪魔を祓うこともできません」
そして。
エクソシストは「これ以上外部の人間に伝えることはできない」と人払いをした。
ここから先は、部外者が見れば悪影響を受ける可能性が高いから。
2日にわたる儀式の後、とりつかれていた女性は無事に正気に戻ったという。
彼女何が起きていたのかも覚えていないという。ただ、彼女の近くの人々は安堵していたようだった。
「いいですか? たとえ悪魔に憑かれるようなことがあっても、自己流で何かをすることだけは避けてください」
エクソシストは言った。
「はい」
とりつかれた女性の母親が言った。
母親はとりつかれた女性に自己流の悪魔祓いをしていたとのことだった。それは結果的に娘の傷を増やすことにしかならなかったが。
――悪魔はふとしたことで人間にとりつくのだという。人間関係で何かがあったとき。食べたものが呪われたとき。そして、悪魔を祓うのは困難だという。
♰
「すみませんね。友人から全部聞くことはできなかったんですよ。ですが、専門の訓練を受けない限り悪魔祓いの類をしてはいけないとは言われましたね」
と、男性は言って息を吐いた。
「ですよね。除霊でも同じようなことを言われますから」
わかる。
世界中どこでも悪霊や悪魔など、よくないものに憑かれたときに自分で何かをするのは危険。事故物件のときだって、私はプロにやってもらった。
ふと、盛り塩や塩スプレーが怖く感じられてきた。
あれは果たして効果があったのだろうか。たかが虫の霊ということで甘く見ていたのではなかったのだろうか。
厚着して、暖房のついた部屋にいる私でも少しだけ寒気がした。
「それにしても凄かったそうですよ。こちらで悪霊に憑かれた人よりも」
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