恒川美晴が大学二年生のときに書いたもの
エピソード10 桜の木の下には○○が埋まっている
長いようで短かった春休みも今日で終わり。そろそろ履修登録をしないといけないので私はいつものメンバーで集まっていた。そのメンバーは茉子と
3人でパソコンを開いて、真ん中にお菓子を置いて。
今私たちがいるのは悠月の家。まあまあ広くてきれいな家は私たちだけじゃなく、サークルの友達のたまり場にもなっているらしい。
「最悪! やっぱりフルコマは避けられないよ!?」
私は科目を入れて早々に絶望した。
空きコマがとにかく少ない。実験で2コマはとられるし、必修やら選択必修やらが詰まっている。それに、選択でも取っておかないとまずいらしい科目がいくつもある。これが理系大学生の宿命というものだ。
「ほんとだよね。でも今取っておくとあとあと楽になるんじゃない?」
と、悠月が言った。
確かにその通り。間違いない。それでもゆっくりしたい、空きコマがほしいっていうのが大学生の正直な感想。私は悠月のように授業で学費の元を取りたいなんて意識の高いことは考えていない。
「まあねえ。ところで、お花見のことなんだけど」
私はそうして話題を切り替える。
忙しい茉子と悠月にお花見を提案したのは私。正直、ドタキャンもあると思っていた。忙しいなら仕方ないと。
「履修登録が終わったら、だよね。ちゃんと予定空けてるから! それに演劇サークルも今日は休みなんだよね」
「森林散策サークルも新歓の準備あるけど別に強制じゃないから大丈夫だよ」
茉子と悠月はそれぞれ言った。嬉しいことに2人は私のために予定を空けておいてくれたのだ。
「ありがたい! 場所は園芸公園でよかったよね! シートだとかは準備してあるし、お昼ご飯買ってから行こうよ!」
履修登録をしながら私はこれからのことについて話す。
園芸公園はここから自転車で行ける距離。悠月の家から園芸公園までの道中には私の家とスーパーがある。私の家でレジャーシートや外で遊べるものを取り、その後にスーパーでお昼ご飯を買っていく。私たち3人でこうできたらいいなとやりとりしていた通りになった。
そうして私たちは園芸公園に到着する。大学の春休み最終日の今日、園芸公園には学生たちが陣取っていた。その中にはあるサークルの新歓のグループもあるようだ。
あそこ――花壇近くの桜の木の近くに陣取っているのは第4フットサルサークルだろう。ゆるくフットサルをやりつつ飲み会などのイベントをメインにやる。いわゆる飲みサーというやつだ。さっそく一気飲みのコールが聞こえてくる。
昼間から何をやっているんだ。
「あんまり近づかないようにしよ?」
悠月も第4フットサルサークルの様子を見て引き気味に言った。
「そうだね……にしても、どこがいいかな。ある程度は桜が見えるところがいいよね」
なんて私は案を出す。茉子も悠月もその案には同意。
空いていて、桜が見やすくて、変なグループが近くにいない場所。変なグループは
「こことかどう?」
歩きつつ探していると、悠月が良い場所を見つけた。
そこは、ひときわ花の美しい桜の大木の下だった。写真を撮れば映えるだろうし、その桜の木を題材にした俳句や短歌だって詠まれているだろう。とにかく最高の場所だ。
「いいね、ここにしよう」
「そうやね!」
私も茉子も賛成だった。
そうして、レジャーシートを敷き、風で飛ばないように荷物を重しにする。シートを敷き終えると私たちはビニール袋から昼ご飯を出す。
茉子が選んだピザ。
悠月が選んだポテトサラダとおにぎり。
私が選んだ揚げ物の小さなオードブル。
加えてそれぞれの好みの飲み物を空けて。
「とにかく今さらだけど皆進級できてよかった。今年も頑張ろうね」
「かんぱい!」
そうして私たちは桜を見つつ買ってきたものをつまみ、たわいもない話をする。
同じ学科の誰が誰と付き合っているとか、取った科目の教授の話だとか、最近読んだ本の話だとか、話題になっているアニメやゲームの話だとか。新入生が入ってきてくれるかどうかだとか。
このメンバーで話していると楽しい。一緒に来てよかった、なんて思っている。少なくとも私は。
「ところでさ、日差しは良いのになんか変な寒気しない?」
なんて、茉子は言う。
言われてみれば……と思ったら、頭痛が。頭が痛い。痛いよ。しかも寒気が。風邪でも引いたかのように。
「美晴?」
茉子は聞いてきた。
そんなときでも私はなかなかにしんどくて。なんだろう。
何か悪いものが近くにいるような。
私はふと、桜の木に目をやった。
桜の木には、さっきにはなかった赤い液体がべったりとついている。というか、これは間違いなく血だ。この辺りで傷害事件も殺人事件も起きていないし、その手の騒ぎも起きていない。動物の死骸もない。
一体何が。
いや、視線を感じる。
「あはは……やっぱりそういうこと? 面白いネタになりそうだなあ」
私がそうやって言葉をこぼしたときには、辺りは暗くなっていた。日が傾いてきたのではなく、なぜか黒い霧に包まれていたような。
「ねえ、茉子と悠月! あれ?」
なんて私は声をかけてみるけど返事はない。やっぱりこういう目にあうのは私だけなのかも。慣れたといえば慣れたけど、違う怪奇現象みたいなものだから怖いもんは怖い。
見なければ怖くないだろうけど、私は思わず見てしまった。桜の木の下を。
そこにあったのは、地面から伸びる青白い手。長いこと冷水につかっていたかのように血色がない、明らかに怪しい手だ。それが1本。映画とかゲームとかの演出にある、ゾンビが墓から復活するような。私はまずそう思った。でも怖い。現実世界で起きるとなると。
「ひっ……」
喉から声が漏れる。
私はしりもちをつき、桜の木の上を見た。
生首だ。生首が桜の木の上に引っかかっていた。生首はじっと私を見て、何かをささやくように口を動かしている。でも、声は聞こえない。
怖いけど、不思議と息苦しくはなかった。生首は別に、私に何かしようとしているようには見えなくて。
声が出ないのだろうか?
「どういうこと……わからない。誰か教えてよ」
私は呟いた。
そのとき、私はふと親戚の言っていたことを思い出した。
現代でも人が行方不明になることはある。発見された遺体が誰のものかはっきりしないこともある。遺体の一部しか見つからず、事件の犯人も被害者もわからないことだってある。
バラバラ事件。
もしこのことを言えば、私は多分ミステリー小説の読み過ぎだと言われるだろう。それでも、胴体のない生首が桜の木に引っかかっていると考えてしまう。
「何かあったんだ……?」
私は生首に聞いてみた。すると、生首はこくりと頷いた。いや、頷いたように見えた。胴体はないのだから。
その後、私は木の根元も見る。
青白い手は、この下だと言わんばかりに桜の木の下を指さしていた。
多分、ここに何か埋まっている。
私がそう思った瞬間――周囲が明るくなった。どうやら、付近にたちこめていた黒い霧が晴れたようだ。
「茉子!」
私は思わずそう言ってしまう。
「私も美晴も悠月もずっとここにいたよ?」
と、茉子。悠月もうんうんと頷いている。
茉子がそう言うのなら、あれを見たのは私だけだと思う。私は今日のことを心にしまっておこうと思う。まあ、やることはやろうと思うけど。
花見の後、私はやろうと決めていたことをやる。
それは献花。事故現場などに霊が出るという話はよく聞くし、あの桜の下のはきっと遺体の一部が埋まっている。生首かもしれないし、手かもしれない。
私は近くのスーパーで花を買い、桜の木の下に置いて帰るのだった。
そのときにはすでに夜になっていた。月は明るく桜を照らす。月の光と近くの街灯の光で、辺りはあれを見たときよりも明るく見えた。
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