エピソード4 この世ではない神社
年末年始ということで実家に帰省し、私は親戚の集まりに参加していた。両親は健在。兄弟もいれば祖父母もいとこもいる。
「あけましておめでとう、美晴おねえちゃん」
母方のいとこである岸野大樹が新年のあいさつをする。大樹は同じ市内に住んでおり、私が高校生で実家暮らしだった頃はしばしば会っていた。仲はそれほど悪くもなく、私が勉強を教えることもあった。
「あけましておめでとう」
私もあいさつを返す。
「美晴おねえちゃんはホラー小説を書いてるんだよね。だから俺の話をネタにできないかなって……」
大樹は言った。
ホラー小説のネタ。私としては歓迎したいものではあるが。以前のゴキブリの幽霊や事故物件のこともあって、私は少しだけ敬遠していた。が、話を聞くだけなら。
ネタのためであれば、怖い話を聞いてみてもいいだろう。洒落にならないものでなければ、ネタにできるから。
「詳しく聞かせてほしいな」
「それは去年のことだけど……」
正月のごちそうや鏡餅が並ぶ畳の部屋で座布団に座り、大樹は話し始めた。がやがやとした空気の中、私と大樹の周りだけが異様な空気に包まれる。
――怖い話をするとき特有の空気に。
◆◆◆
これは去年の3月の話。俺も美晴おねえちゃんと同じく受験生だった。公立高校に入るために受験を控えていて、合格祈願のために神社に行ったんだ。学問の神様かどうかはわからないけれど、気休めでもいいから受かりたいなあと思って神社にお参りした。
神社に入った時には雨がやんで、鳩が意味ありげに歩いていた。俺はその現象で神社から歓迎されていることに気づいていたよ。だからこそしっかりと手を清め、礼儀正しくお参りした。
俺が神社の鈴のようなものを鳴らして、一礼二拍手をしたときにすうっと風が吹いたんだ。冷たいけれど春の訪れを感じさせるような風。でも、異変はここからなんだ。
神様に好かれすぎるのも、神様に歓迎されすぎるのも決していいことではないのかもしれない。
◆◆◆
「続きが気になるね。そのあとどうなった?」
私は思い出しながら語る大樹に尋ねた。
「うん、その後に怖いことが起こるんだ」
◆◆◆
風が吹いたあと、気が付いたら知らない場所にいた。要は神隠しにでも遭ったんだろうと俺は確信していた。だけど、その知らない場所はどこか見たことがあるような気がした。
俺はどうやって出られるかもわからなかった。だから神社の境内のような知らない場所を鳥居に向かって歩いた。不思議とその場所は寒くなかったよ。だいたい10月と同じくらいの気温。マフラーも上着もいらないくらい。ただ、その空気にはざらざらとした空気、この世ではないような空気があった。俺はそのまま階段を下りて行ったんだ。
――このとき、異変に気付いていればよかったのかもしれない。
階段を下りた先にはよくあるような住宅街が並んでいた。もちろん人だっている。自転車でどこかに向かう小学生や、仕事返りのおじさん、子供連れのお母さんなんていうごく普通の人たちだ。俺はやっと異変に気が付いた。
看板の文字が理解できない。書いてある文字は日本語。でも俺に理解できるような文字列ではなかった。
「あ米ぅ輪地絵オゲ」
「コを毛ぺ」
どれも、俺の知っている文字列ではない。ポケットに入ったスマートフォンが予測変換を繰り返したような文字列だった。
こんな文字列を見て、俺は今いるところが異世界なんだと再認識できた。でも、異世界がこんなところだと気づいてもうライトノベルは読まないと決めた。異世界はライトノベルで表現できるものではないから。
異世界転生。異世界転移。くだらない。剣と魔法の世界でも何でもなくて、理解できない文字列の世界だ。そんな世界を都合よく作り上げるなんて。
しばらくすると警察官らしき人がこちらに来て何かを話しかけてきた。
「ぃヴ例おぺ画あ?」
何と言っているのかわからなかった。日本語でも英語でも中国語でも韓国語でもない。地球に存在する言語ではない気がした。頭がおかしくなりそうだった。
俺が何をしたって言うんだ。そもそも俺は――
「僕はなにもしていません!」
俺は警察官に話した。警察官は俺の言っていることがわからなかったようで、俺の腕に手錠をかけて俺は連行された。
警察官は強い口調で。だが、俺の理解できない言葉で俺に何かを言っていた。本当に彼は何を言っているんだ?
そして俺は警察署のようなところの留置所に閉じ込められたんだ。もう二度と帰れないのかと思った。俺はその世界では身寄りがないから。
留置所の中で俺は考え事をしていた。いつ帰れるか、俺はこのまま死ぬのか、せっかく公立高校の入試を受けようとしていたのにもう受けられないのか、二度と友達にも会えないのか。
俺はもとの世界にやり残したことが沢山ある。それらをやり残したまま消えるなんて、絶対に嫌だ。
俺はそのまま留置所で眠ってしまったらしい。その時に夢を見た。
神様のような人が出てきて、俺に何かを語り掛ける夢。
――鳥居のある、暗い空間。俺がいるところからはるか遠くに光が見える。鳥居をくぐったその先だ。
「なんで神社を出たのですか」
どこからともなく俺に声をかけてくる者がいた。男とも女ともとれる、鈴のような声だ。声の主は姿を見せず、声だけを俺に届けていた。
『彼』は夢の中で俺にそう語り掛けた。
「神社で待っていれば望みはかなえられたのに」
「貴方は元の世界に戻れますが、私は貴方を呪うでしょう。望むものにたどり着けず望まないものが延々と付いてくる呪いを貴方にかけます」
神様は残酷で気まぐれだ。奉らなければならず、簡単に願いを叶えてくれるわけでもない。祟り神はいるものだ。
どうやら俺は、知らないうちに祟り神の逆鱗に触れていたらしい。いや、そもそも『彼』は祟り神だったのだろうか?
気が付けば俺は神社の境内に倒れていた。腕時計を見ると1時間程度しか経過していなかった。俺は立ち上がって辺りを見回したが、元の神社のままだった。しいて言えば、来た時よりも圧迫感がある。出ていけと言われているような。俺は逃げるように神社を出て行ったよ。
たとえ神様を裏切ってもいいから。俺はもとの世界に戻りたかっただけだったんだ。これまでどおりの暮らしをしたかったんだ。
……そのときの天気は霰だった。それも、急に降り出した。まるで、俺に「出ていけ」と言わんばかりに。
俺は二度とあの神社に行かないと思う。
◆◆◆
大樹は口を一度つぐむと、机に置いてある緑茶を口に含んだ。きっとあの時の感覚は覚えている。
「もう二度とあの神社にはいきたくない」
最後に大樹は言った。
大樹は去年の3月に公立高校の試験に落ちており、滑り止めに受けた私立高校に通っている。それまでの判定はよく、だれもが大樹の合格を確信していたのにもかかわらず。さらに、高校に入っても続けたかったサッカーであるが、ひざの前十字靭帯を損傷して続けることができなくなっている。
大樹は去年、立て続けに悪い目に遭っている。これも呪いか、と思えばいたたまれないところがある。
神社とは時に恐ろしい場所である。安易な気持ちで立ち入ってしまえば神様の怒りを買う。神様に好かれすぎても、長くは生きられなくなる。
私は複雑な気分を抱えたまま黒豆ときんとんを自分の皿に取り分けた。
――今年の初もうではどうしよう? もし私が神様に嫌われるようなことがあれば……。でも、初もうでは神社だと決まっているわけではない。
正直、大樹があのような目に遭っているのだから私が同じ目に遭わないとも限らない。
「美晴。初もうでなんだけど、道が混むから別のところにしようって」
と、母は言う。
道が混む、神社にたどり着けないということは神様に歓迎されていないということ。歓迎されていないというのならば――
「あ、それなら午後からの元日礼拝に行ってくる」
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