嵐吹きしく恋セヨ乙女

佐久良 明兎

嵐吹きしく恋セヨ乙女

 私は、今、三人の人間に恋をしている。


 いやそこで三またをかけるとかそういう話に持ってかないでくれ。聞こえ悪いじゃん。三人の人間を股にかけるって私どんな悪女だよ。大体「また」って形容するくらいなんだから三つあっちゃ駄目じゃーん。バケモノだよ、バケモノだそれ。

 あれ、二つあってもバケモノか。


 ところで二股って、実際につきあってる人間が二人いるって事を差すんだろうか。それとも好きな人間が二人いたらそれは二股になってしまうんだろうか。

 一般に言われるのは前者が多いけど。前者はあれでしょ、所謂「人の心を弄ぶなんて許さない、この最低男!」みたく言われて平手打ちばっちーん、みたいな展開になったりするアレ。

 あ、男限定じゃないけどね。二股かける、ビボウとか振りまいて男だまくらかしてるいけ好かない女って一杯いるだろうし。『だろうし』って言うのは私の周りにはそう言う人間がいないからだけど。てか、彼氏がいる奴がほとんどいない。あははっ! だって仕方ないじゃん、女子校なんだから。まだ先、まだ先。別に恋人がいるのがすべてじゃないもんね。


 でも実際、前者にかすんで見えにくいけど後者の人間って実は沢山いるんじゃないかと思う。だって別に人間を好きになるのって自由じゃん? 自分で意図してやってる訳じゃないでしょ。意図して出来りゃそんな楽な事ないよ。世の中ラブアンドピースだね。世界平和になるって。それが出来ないからドロドロの恋愛ドラマが流行ったりすんでしょ。一人の人間しか愛さない、なんて難しいのもいいとこだ。だって地球には信じられないくらいごろごろ人がいるんだから。


 そうすると後者の人間は前者と違って必ずしも悪意はないって事だ。前者の人は皆悪意があるのかって言えば分からないけど、少なくとも世間一般に前者の方が後者より道徳的に良くないと見られるのは確かだと思う。意図せずになってしまう後者と違って前者のそれは意図してやってる訳だからね。

 そして私は図らずも後者に当たる。だとしたら残念、悪女じゃない。私、その三人の誰ともつきあってないもんねー。

 ……何、哀しい女? そんな事ないわよ、黙って話を聞け。

 え、勝手に私が喋ってるだけだろって? いいじゃん、どうせ他にする事がないんでしょ。

 忙しい? 時間に追われちゃいけないよ現代人。私の話を聞くぐらいの余裕持たなきゃあ。

 お前が喋りたいだけだぁ? 確かにそうだけどさ。いいじゃん。


 とにかく、私は三人の人間に恋している。


「女は恋すると綺麗になる」っていうけど、どうだろうね。自分じゃ分からない。でも少なくとも朝寝癖が付いたまま電車に乗るのは止めたよ。

 ……それは恋以前の身だしなみだって? 煩い。どうせおしゃれとは縁のない女ですよ。未だにスカート丈も膝まであるもんね。校則をきちんと守る良い子なんですー! 

 ……どちらにせよ寝癖は直せ? だから今は直してるってば! 低血圧なんです朝は弱かったの! 今も弱いけどね。


 もしかしてめざとい人は気付いたかもしれないけど、電車がポイントなんですね。そう、電車。




 私が恋する一人目は、毎朝私と同じ電車に乗るあの人。黒髪の貴公子。


 今時貴公子はないって? うるさい、私にとって貴公子は貴公子なの。いくら学ランでもね。


 は? 日本人なら黒髪が当たり前だろって? 甘いなぁ、黒髪じゃない男子校生なんて今じゃ沢山いるわよ。茶色やら金色やらね。流石に誰かさんが喜びそうな銀髪や青色はいないけど。誰かさんって誰の事かって? そんなの、左右見回してみなさいよ。一杯いるでしょ、そこにも。

 とにかく私はちゃらちゃら髪を染めてる男よりも黒髪の方が好きなの。日本人顔なら黒髪が一番美しいのよ。着物に合うのも断然黒髪だしね。


 でも、正しくは違う気がする。ただ好きになったあの人が黒髪だっただけなんだ、多分。もしも彼が茶髪だったら、私は意気込んで茶髪の良さについて滔々と語り続けていた事だろう。


 さて、そんな貴公子と私のなれそめは、というと。実は全く覚えていない。

 気付いたらいつも同じ電車に乗っていて、気付いたらいつも隣にいて、気付いたら顔を覚えていて、気付いたら声も覚えていて、気付いたらいつもあの人を目で追ってる自分がいた、みたいな。


 別に、置換……じゃない、痴漢にあったところを助けられたとか、落とした物を拾ってくれたとか、漫画やドラマや小説で良くある展開になった訳でもない。そんな美味しい展開、そうそうあってたまるか。

 多分あの人も私を覚えているだろうけど、それでどうという事もない。いつも同じ電車に乗っていつも隣にいていつも姿を見る女子高生。ただ、それだけ。発展性も何もありゃしない。

 電車通学ってそんなモンなのよ。当然、会話も何もした事はない。


 だから学ランの校章で通う学校が分かる位で、当然あの人の事を知るよすがなどない。

 ……と思ってくれちゃいけない。

 名前は勿論のこと、大体の住所、部活、クラス、はたまた通ってる塾や、昼食は弁当に加えて購買を利用してるって事や好きなアーティストまで知っている。恋する女のプチストーキングなんて当たり前よ。女の情報収集能力なめちゃいかんよ。あの人のプロフィールくらい把握済みだ。頑張った、自分。


 どうやって調べたのかって? 教える訳ないじゃん。企業秘密。

 ん? ……仮にあんたも恋するヲトメだったなら、その方法くらい自分で見つけなさい!


 そんな叶わない恋不毛だって? 全く、駄目だね今時の若者は。え、私も確かに若者だけどさ。それ突っ込まないでよ。ていうかそんなに簡単に諦められるモンなんですか、恋って? 諦められないから全国の人たちはため息をつかずにいられないんじゃないですか。勿論泣く泣く諦める人も中にはいると思うけどさ。でも結局の所は、何が起こったってそれは恋の延長線上。どっちに転ぶか分からないから人間の世界は面白いんでしょ。だったら、諦めるのだってしつこく粘るのだって、自由じゃねーか。


 だから私は今日も元気に電車に飛び乗り、耳を澄ます。

 さあ。来月には、いざれっつごう、文化祭。

 おっと。その前に、総体に行かなくっちゃ。あげるはずもない差し入れのお弁当を持って。

 ……寂しい? うるさいよ。




 さて、お次は二人目だ。


 これはさっきの貴公子と違って、もっと身近で、いつも側にいる。って言うか、同じ学校だったり同じクラスだったり同じ部活だったりする。それどころか、普通の知り合いに止まらず随分と、むしろかなり親しい間柄にある。

 ……だったらさっきの貴公子諦めてこっちにすりゃいいって? いやいや、そういう訳にもいかないんだ。そんなに人生甘くないって事さ。


 そいつとはあちこち一緒に遊びに行ったり、いきなり肝試しをしたりもすれば、お風呂に入った事もあれば同じ部屋で泊まった事もあります。……それは部活の合宿だったけど。


 ここで何か違和感感じた?

 うんうん、それが正常です。気付かなくても異常ではないけど。

 普通いくらなんでも、部活の合宿で一緒に風呂入って同じ部屋に泊まるって有り得ないだろ。


 そいつが男だったらね。


 つまりは、そいつは紛れもない女で性は私と同じフィメールなのだ。


 ……あ、そこ絶対引いた奴いるでしょ。失敬な。それは全国のレズビアンに対しての偏見か? それに冒頭でも別に全員が全員男だとは私一言も言ってないよ。え、言い方が明らかに異性対象前提で語ってた? いいじゃん、まぎらわしくても。まぎらわシリーズって事で。訳分からない? ごめんね。


 しかし私はレズビアンという訳ではない。自分が気付いていないだけで実はそうなのかもしれないが目下の所私がそういう意味で恋する相手は男であるからきっと違うのだと思う。まあ先天的に生じては居ない、これは確かだ。

 でも考えてもみなよ、世界の半分は男で世界の半分は女だから、その片方だけしか恋愛相手としか選べないとは何とも寂しいじゃないですか。それがどっちに転んだって、別に何が悪いってのさ?


 とにかく私はソイツといつも一緒にいる形になる。お喋りして遊んでふざけてばかやって、そんな当たり前の事が最高に楽しい。本当に普通の女子高生してるだけのそれだけの事が本当に楽しい。

 楽しい時、だけじゃない。寂しい時、哀しい時、苦しい時、落ち込んでいる時。周りの誰もが敵に見えて誰もが信じられなくなって、世の中の全てが煩わしく汚いものに見えた時に、ただそっと肩に置かれた手を思うと、生涯の伴侶はこいつしか居ないな、と思うのだ。


 もしかしたら貴公子よりも好きかもしれない。


 基本的に私は無神論者の癖に都合の良い時だけ「神様仏様」と日本人に良くある神頼みをするような人間だけど、この事ばかりは神様、あんたに感謝する。それがいればの話だけれど。


 それは友情であって恋愛感情ではないから恋してるとは言わないって?

 友愛も、『愛』がつくだろ。


 そして今日も私達は、夕日に向かって馬鹿を叫ぶ。




 そして、最後の一人。ヤツは常に私の近くにいる。

 どんどん距離が縮まってないか? とかは気にしない。と言うよりはもはや、生まれてこの方、ヤツとは片時も離れた事はない。これは誇張表現や比喩なんかじゃなくて、本当の話だ。誰も入り込む隙などない。私の事をヤツ以上に知っている人は居ないと思うし、ヤツの事を私以上に知っている人もこの世界広と言えど今のところ存在しないと思うのだ。


 普段は靄がかかっているようにヤツの実態はつかめないのに、どうでも良い時に意外なはっきりした実像を伴って飄々と現れたりするのだ。いつも一緒にいるにも関わらずなかなかしっかりとは見ていないヤツの姿は、ちゃんとした手段を伴えば今ならゆがんでいない綺麗な画像で見る事が出来る。


 鏡の中にね。


 ……なんですか、それ。自分に恋しちゃ悪いですか。


 別に自己中とか、ナルシストとか、そういう訳ではない、と思っている。自分で自分を好きになれなくてどうする! というのはどこかのウケウリだけれど、実際自分に恋しなきゃ、やってらんないよ。


 嫌な所も嫌いな所も沢山沢山あって、それでもこんな常にリアルタイムでつきあっていてこれからもずっとつきあい続けていく人間なんて、たった一人しか世界にいないのだ。そしてこれから先どんな人に巡り会ったとしても、自分程良い所嫌な所全部認めて私を理解してくれる人はいないのだから。きっと。


 長いつきあいになってくれば、こいつも奥があってなかなか面白い人物だという事が判明してくる。他の人はそれに気付かせてくれる、大切な賢者だ。大いなる御方だ。

 自分で自分を好きになる、それを通してそれ以上に世界を好きになる事が出来るのだと思うから。




 自分に恋してる、それ以上もしくはそれと同じくらいに。

 生きてる事に、恋してる。




 そう言う訳で。今私は、猛烈に恋をしているのです。

 だから私は今日も頑張っていきます。


 そう。恋する女は無敵、なのですから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

嵐吹きしく恋セヨ乙女 佐久良 明兎 @akito39

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説