くっ殺せ探偵

てこ/ひかり

女騎士探偵・道菅楽貴志子見参!

「今すぐ犯人は名乗りを上げよ!!」


 甲冑を着た金髪女性の透き通った声が、12畳ほどの広間に響き渡った。まだ学生だろうか。10代くらいの若い少女は、背中に担いだ巨大な剣に手をかけ、集まった人々を鋭い眼光で見渡した。広間にしばしの沈黙が訪れる。全員がぽかんと口を開ける中、一人の小柄な少女が女騎士の元に駆け寄り、ヒソヒソと耳元で話しかけた。


「……先パイ、貴志子きしこ先パイ。何の真似ですか?」

「決まっておろう! 犯人を探しているのだ!」

 高らかにそう宣言する女騎士に、知り合いらしきツインテールの少女が恥ずかしそうに頬を染めた。


「ヤメてくださいよ。アホなんですか? アホなんでしょう? そんなことして、犯人が名乗り出てくる訳ないじゃないですか」

「阿呆ではない、刀流とおる。可愛い後輩よ。証拠もない。だがこれ以上犠牲者を増やすわけにもいかない。事件を解決できなかったら、。だからこの身を持って、私が事件を解決しようと言うのだ!」

「やっぱこの人アホだ」


 みち菅楽すがら貴志子きしこが演劇でもしているかのような口調で叫び、刀流とおると呼ばれた小柄な少女は白目を剥いた。貴志子はガシャガシャと重そうな鎧を鳴らし、背中の大剣を抜き、床の上にドン! と振り下ろした。刀流とおるの足元に、ビリビリと振動が伝った。


「さあ、いざ尋常に勝負ッ!!」

 貴志子がポニーテールを振り乱し叫んだ。途端に旅館の広間は大騒ぎになった。

「ヒィィッ!?」

「止めろ、止めさせろッ!!」

「な……貴様ら、何をするッ!? せっかく私が、姿を見せぬ卑怯者はんにんに推理を叩きつけてやろうと……」

「お前こそ何をするつもりだ!?」

「お前が叩き付けようとしているのは推理じゃない、殺傷武器だ」


 暴れ出そうとする貴志子を、団体客たちが全員で取り押さえた。しばらくして、貴志子は武器と甲冑を取り上げられ、暖炉のそばの柱に縄で縛り付けられた。真っ白な薄手の襦袢じゅばん姿になった女子高生が、肩を上下させながら息を荒げた。


「はぁ、はぁ……くっ」

「全く。事件の関係者全員を広間に集めたから、何事かと思ったら……」

「どこで用意したんだ、この甲冑」

 旅館の宿泊客たちが、呆れたように少女を見下ろした。

「……殺せ」

「はい?」

 少女は全員の前で悔しそうに顔を歪め、目を閉じて静かに呟いた。

「殺せと言ってるんだ。このまま欲情に駆られたオークの辱めを受けるくらいなら……私は死を選ぶッ」

「彼女は何を言ってるんだ?」


 団体客の老人が、呆然とした様子で後ろを振り返った。誰もが困惑した表情を見せる中、刀流とおるが申し訳なさそうにおずおずと右手を上げた。


「すみません。貴志子先パイは……実は先パイはこの間からライトノベルを読みすぎて、自分が『異世界から転生してきた女騎士』だと思い込んでいるんです」

「女騎士?」

 年老いた男性客が目を丸くした。

「ええ。探偵の腕前は、一流のはずなんですが……」

 刀流とおるが深々とため息を漏らした。全員が改めて縛り上げられた貴志子に視線を戻した。貴志子は一体何を想像しているのか上目遣いに旅館の客たちを見渡し、ほんのりと頬を染めていた。その胸は豊満であった。


「じゃあ結局、事件は何も解決してないってことか?」

 

 紅葉シーズンに突然起きた、凄惨なる殺人事件。舞台となった古びた温泉旅館にも、北関東俳句同好会のご老人方々を始めたくさんの客が泊まっていた。せっかくの慰安旅行を潰されてしまった客の一人が、うんざりしたように顔をしかめた。

「証拠もないって言ってたし……どうするんだよ?」

「すみません」

 刀流とおるが貴志子の代わりに頭を下げた。それから同じ高校の怪異同好会モノ好きクラブの一年先輩の元に近づき、こっそりと耳打ちした。


「先パイ、貴志子先パイ。マズイですよ、ちゃんと推理しないと。何のためにみんなを呼び出したんですか? まさか、本当に決闘するためじゃないでしょう?」

「正にそのためだが」

 貴志子は真顔で刀流とおるを見つめ返した。

「証拠も無しに咎人を炙り出そうなどそんな卑怯な真似、騎士である私にはできない。ここは、犯人が自ら名乗り出てくれるのが善いッ!」

「『善いッ』、とか言われても……」

 キラキラとした真っ直ぐな目を向ける貴志子に、刀流とおるが耐えられなくなって目を背けた。


「さあ犯人よ、私はこの通りだ! 名乗りを上げよ。それとも私の気迫に怖気付いたか!?」

「うわあ……」

「ならば致し方がない……私を殺すがいい!」

「だから何でそうなるんだよ」

 刀流とおるが呆れたように貴志子を諭した。


「先パイ。先パイが死んでも、事件は何の解決もしませんよ。それよりもっと建設的なことを……」

「殺せと言っているのだ。このまま事件が未解決のまま生き残るなど、

 だが貴志子は一歩も引かなかった。しばらくの沈黙の後、関係者たちはお互い顔を見合わせた。


「しょうがない……殺すか」

「えっ?」

 刀流とおると貴志子が驚いて顔を上げた。客の中でも一番若い男性が、床に転がっていた1メートル以上はあろうかと言う大剣を手に取った。


「本気ですか?」

 刀流とおるが慌てて立ち上がった。

「だって、本人が『殺せ』と言ってるし……」

 男性客が至極真面目な顔で頷いた。刀流とおるの後ろで、貴志子が目を丸くしてゴクリと唾を飲み込んだ。


「確かに……」

「そうだな。犯人が分からないからと言って凶器を振り回すような輩……」

「放っておいたら、犯人の前に探偵その子に殺されかねん」

 納得した様子で頷き合う宿泊客たちの前で、刀流とおるが泣き出しそうな声で叫んだ。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 女騎士に『殺せ』と言われたからと言って、本当に殺すだなんて……もっと他にやることあるでしょう?」

「他って例えばなんだ?」

「それは、その……もごもご」

 刀流とおるが何故か顔を赤らめもごもご言った。

「それに、他所様に遠慮なく剣を振り下ろそうとする、その女騎士が真犯人かもしれないじゃないか」

「!」


 若い男性客が両手に剣を構え、貴志子に一歩近づいた。広間が途端に騒つき出した。刀流とおるが小さく悲鳴を上げた。二人の少女が剣の間合いに入った時、縛られていた貴志子がニヤリと笑みを零した。


「かかったな」

「何?」


 ジリジリと二人ににじり寄っていた男性客が、剣を構えたままピタリと止まった。


「そのクレイモアを人物を探していた……」

「何だと?」

 男性が眉をしかめ、小さく呻いた。貴志子は勝ち誇ったように瞳を光らせた。

「そいつは儀礼用に作られた特別な装飾剣で……重さは10kg以上にもなる。『てこの原理』だよ。持ってみたら分かるが……普通の人は、重たい鉄の棒をそんな風に水平に構えることすら出来ない」

「……ッ」

 男がハッとなって、大剣を構えたまま貴志子を睨みつけた。貴志子は周りにいる団体客の老人たちや、女性子供の前で高らかに宣言した。


「それは被害者が殺害された時にも使われたものだッ! そんな重い剣を持ち上げられる者は、犯人しかいないッ!!」

「き、貴様……ッ!」

 若い男性客が歯軋りし、顔を真っ赤にしたかと思うと、いきなり目の前にいた刀流とおるに斬りかかった。

「騙したなァアアッ!!」

 ギラリと光る銀色の刃に対し、刀流は覚悟を決めて前に飛び込んだ。


 後ろに引くと、リーチの差でやられる。

 横に避けると、薙ぎ払われる危険性が高い。


 。振り下ろされる刃の軌道の、だ。刀流とおるが、先輩の貴志子からいつも口酸っぱく言われていた、護身術の一種だった。「ハァッ!!」刀流とおるが気合いを入れて息を吐き出した。振り下ろされる刀身の横をすり抜けるように、少女は素早く斜め前に足を運び、相手の勢いも相まって上手く体を捻り男の背中を取った。男は慌てて体を捻ったが、刀流とおるはそのまま男の襟に手をかけ、ガラ空きになった背中の方向に引き倒した。男の手を離れた大剣が、地面に音を立て転がった。 


「く……っ!?」

 刀流とおるが慣れた手つきで男の両腕を後ろで捻り上げた。床に押さえつけられた男が顔を上げると、縄を解かれた貴志子がクレイモアを杖のように顔の前で構え、冷たい目で彼を見下ろしていた。


「貴様がオークか」

「誰がオークだ」

「観念しろ。万人には持てない凶器を手にした時点で、貴様の負けは確定していたのだ」

「くっ……殺せ!」

「ふむ」

 刀流とおるの下で、がっくりと項垂れる男。その胸は鍛え上げられた筋肉で豊満であった。貴志子が男を興味深げに眺めた。


「殺しはせん。何も私が、お前と同じところまで堕ちてやる必要はない」

「殺せないのか!? 殺す度胸もないんだろう! 騎士のくせに!」

「そんな度胸はいらん。確かに騎士道精神に反するかもしれないが、この国の法律には準ずる」

「法令は遵守するんだ……」

 貴志子の言葉に、刀流とおるが半ば呆れたように白目を剥きポツリと呟いた。やがて今度は逆に男が縄で縛り上げられた。貴志子は再び甲冑を身に纏うと、高らかに宣言した。


「さあ行くぞ、刀流とおる! 我が可愛い後輩よ! 私の推理力と騎士道精神で、この世に蔓延る悪を成敗するのだ!!」 

「先パイ! 待ってくださいよ、貴志子先パァイ!」



 赤いマントを翻し、高笑いで広間を出て行く貴志子を見て、刀流とおるは慌てた様子で彼女の後を追うのであった。

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