第十話:復興
僕が考えるに、種族に優劣は存在しない。
吸血鬼は体力も膂力も魔力もその全てが並外れているが、昼間は動けないという弱点がある。人間は貧弱で寿命もあるが昼夜問わず活動でき、世界で盤石な地位を築いた。他の種族についても――知能面で優れている者、技術面で優れている者、空を飛べる者、身体が大きい者など、それぞれ強みと弱みが存在している。それらが手を取り合うことができればきっと世界は平和に、そしてより良いものになるだろう。
といっても、それは困難な目標だ。栄華を極めていた人間社会は複雑怪奇で、大抵の街で敷かれた貴族制では血筋が何よりも尊ばれる。それ以外の街についても――権力が一部の血筋に集中するのはありがちな話だ。
また、人間以外の種族についても――それぞれの種にはそれぞれの文化が、背景が、歴史が存在している。街を、魔王達を屈服させそれらを解消するのは尋常な苦労ではないだろう。
僕が街の復興を任せた兄妹――コーディとエッタは町長の子どもらしいが、所詮は子どもだ。まだ十代半ばの二人の指示であっさり街がまとまるなどとは僕は思っていない。
有能ならばずっと任せてしまってもいいが、僕が彼らに求めるのは一時しのぎだ。
僕は、センリとの再会に役に立つのであれば――最悪、その邪魔にならないのであれば極論、人間の街などどうだっていいのである。
モニカの手はずにより、街(どうやらファガニという名らしい)に残されたリソースを集め、ぼろぼろだったコーディとエッタを復調させる。モニカに協力を命令し、早急に街の立て直しを試みる。
集められた大人の中には、僕が頭に据えたコーディとエッタを認めない者もいたが、常夜の魔王に占拠されていた時には黙り込んでいたくせに状況が良くなりかけた途端文句を言い始めるなど、コーディ達よりも優れているとは思えなかった。
説得するつもりもない。魔性には魔性のやり方がある。魔眼をかけて精神を少しだけいじってしまえばいいのだ。
僕とモニカはコーディとエッタに集めてもらった反抗的な人間たちに片っ端から魔眼をかけ、問答無用で協力者を増やしていった。
魔眼にも有効時間が存在するが、大きく意思に反しないように操ってやれば魔眼が切れた後も、首を傾げながらもある程度は従ってくれる。ボランティアには興味はないが、今回の件は戦闘以外に能力を使う良い実験になるだろう。
二人の実家――町長の屋敷には地下室があったので、そこをとりあえずの拠点にする事にした。屋敷も荒れ果ててはいたが大きな破損はなく、少し整備すれば十分に使えるだろう。
ぼろぼろだったコーディとエッタも食料を集め食べさせ、休息を取らせればすぐに回復した。屋敷に残っていた仕立てのいい子ども服を着せれば、立派な子ども町長だ。
二人は期待していた以上に聡明だった。きっと両親の教育が良かったのだろう。
右も左もわからない状況だが、荒れ果てた書斎から書類を集め紐解き、なんとか街を立て直そうとしてくれている。
最初はうまくいかなくてもいい。意志こそが力になる。彼らが生き延びていた事はこの街にとってこの上ない幸運だろう。
二人を仲間に引き入れて二日。すっかり片付けられた屋敷の執務室で、コーディが緊張したような表情で僕に言った。
「エンド様…………街の状況は大体確認できましたが、全く人手が足りていません」
「ふむ…………」
大きな窓からは明るい月明かりが差し込んでいた。円滑に街を統治するためにお供として付けたモニカがその意見に補足するように言う。
「統制は魔眼でどうにかなりますが、人数だけはどうしようもありません。そもそも、労働力の大半は常夜の魔王の手に落ちた時に殺されていますし…………駆けずり回り他の街の様子も確認しましたが似たようなものです」
「…………食料も、遠からずなくなりますです、王様」
エッタも小声で言う。少し休ませたおかげで最初に会った時よりはまだマシだが、二人ともお世辞にも表情がいいとは言えなかった。
モニカに至っては目の下に隈を張り付けている。昼夜問わず働かせたせいだろう。常夜の魔王から解放した複数の街を行き来させたのも悪かったのかもしれない。オリヴァーをミレーレのサポートに出したので、白い子犬軍でまともに使える労働力はモニカだけなのであった。
「他の街から物資を運んで集約する計画は?」
「移動にも人手が必要ですからね。街の間も距離がありますし、魔物も出るから護衛も必要です。しかし、戦える者はほとんどいません。とっくに殺されましたし、生き残った者も逃げ出しましたからね」
「…………馬車を動かす馬もいませんです、王様」
「医者など特殊な職の人間も足りていません。兵士も。畑も半分以上焼かれていて…………復活の目処は立っていません…………」
なんとなく予想はしていたけど、足りないものばかりだね。僕はため息をついて聞いた。
「いい報告はないの?」
「ありませんね」
断言するモニカ。即答できる程度には状況は悪いらしい。
ちなみに、ミレーレの砦攻めも未だ成功していなかった。夜しか動けないのもあるが、常夜の魔王の軍勢は相当粘り強いようだ。
何より魔導師が多いのが厄介で、魔法で砦を修復してくるせいでいつまで経っても砦の破壊がうまくいかないとかなんとか。オリヴァーを送ったので返り討ちになる心配はないとは思うが――これまでとは勝手が違うな。
センリという勝利の女神がいないのも原因の一つだろうが、新しい事をやるというのはかくも難しい事なのか。僕はこれまで割と行き当たりばったりだったからな……。
ちらりとコーディとエッタに冷ややかな視線を向け、モニカが進言してきた。
「正直、街の復興は諦めた方がいいと思いますね。百歩譲って、やるなら占領されていない、機能を失っていない街を最初に手に入れるべきです。時間の無駄ですよ」
「街を見捨てろ、と?」
「見捨てるも何も……まだ、大して救ってません」
モニカの口調から敬意や恐れが抜けてきている気がするが……確かに言っている事はもっともだね。まだミレーレの砦攻めの成功を待つという理由があるのでここにいる時間も許容できるが、街が立ち直るのを待っているような時間はない。目処が立たないなら尚更である。
眉を顰め思案に入る僕に、緊張したようにこちらを見上げていたエッタの表情が一瞬、崩れかける。コーディがぐっと拳を握りしめ、身を震わせる。
コーディにどれだけ町長の才能があったとしても、根本的なリソースの問題はどうにもならない。そこを解決しない限り、このまま彼に任せていても時間を無駄にするだけだろう。
「なるべくならどうにかしたいけどね、僕は正義の吸血鬼だからさ…………なんか名案ないの?」
未来の事を考えるのならば見捨てるという手はあまり取りたくはない。後々に正義の吸血鬼エンド君の評判を広める際に障害になるかもしれないからだ。まぁ、滅んでしまえば見捨てたかどうかなんてわからないんだけど。
「………………奴らが――奴らがっ、面白半分に、父さん達をッ、殺さなければ…………ッ」
その利発そうな双眸に一瞬煮えたぎるような怒りが浮かぶ。
いや、気持ちはわかるけど、僕が聞きたいのは名案であって恨み言ではないのだが――と、そこまで考えたところで、僕は目を見開いた。
ある。あるぞ、今の状況を手っ取り早くなんとかする方法が。
なるべく取りたくない手段ではあるが、街を救うためだ。センリも許してくれるだろう……多分。
目を閉じ、神経を集中させる。
吸血鬼は受け入れられる情報が多い。音や匂いなどの五感からくる情報はもちろんの事、魔力の流れや祝福、負のエネルギーだってわかるし、それ以外にも、呪われた吸血鬼の感覚器官は莫大な情報を取り込み、無意識の内に処理している。
突然目を閉じ黙ってしまった僕に、エッタがこわごわと声をあげる。
「あの…………王様?」
ゆっくりと目を開く。その時には、僕の視界にはそれまで見えていなかった――見えてはいたが無意識の内に無視していたものがはっきりと認識できるようになっていた。
益体のない怒りと恐怖、無力感に青ざめるコーディとエッタの背後に浮かぶ影。
この世への未練と絶望を湛えたその顔はどこか、コーディに似ていた。
復活してからロードは一度も現れていない。だが、その力はその最高傑作たるこの僕の中に確実に眠っている。
「人数が足りない、か。手っ取り早い補充方法があるな」
必要な人材が全て死んだのならば、墓を掘り返してやればいい。
きっと彼らの魂も、遺してしまった者たちのために、喜んで働いてくれるだろう。
=====あとがき=====
忌まわしき術により協力者を得たエンド一行。復活した死者達に対するエンドの選択とは!?
「皆、踊れ! 楽しい街を作って目立てばきっとセンリも気づくはずだ!」
次話、目指せ、エンド帝国!② お楽しみに!
※予告は実際の内容とは異なる場合があります
/槻影
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昏き宮殿の死者の王【Web版】 槻影 @tsukikage
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