第八話

 陰陰滅滅たる翌日日曜日にぬらりひよんとぼくは実家からとんざんした。けつできたわけではなかった。しようりようたる玄関にちよりつしていた母親が背後からこえをかけた。いわく〈がんばってねわたしたちも体験したことがあるのあんたがどちらの〈道〉をえらんでもあんたはあんただからね帰ってきたらそのはなしをしようね〉と。ちんぷんかんぷんぶんはつこいのひとのすみまいしんしながらぼくはせんばんこうした。なにゆゑかぼくのすみからはつこいのひとのすみまでの〈道〉は一本筋だった。南東にはいんしんたる駅前の繁華街がしつしており〈道〉は無尽蔵に分岐しているが北西にははつこいのひとのすみしようりつする丘陵へつづく一本道しかなかった。なにゆゑか一本筋となっているこの〈道〉の最涯てにははつこいのひとの家屋のドアがある。いんのドアを開放した刹那に〈のこりのすべての分岐は消滅〉する。からはまがうことなき〈しゆうえんまでの一本道〉になる。ぼくは意想外にやすはつこいのひととの人生をせんにすることができる。からの人生にはかんなんしんぎようぼうしているだろう。ぼくはとくあいをそそいだ双子がようせいするのを認識したうえではつこいのひとと契りをかわせるだろうか。最愛の――おそらくぼくよりも最愛の――子供たちを喪失したはつこいのひとを永遠にでも抱擁できるだろうか。ほうはいたる鬱病にかんして自殺せんとするはつこいのひとをちようあいできるだろうか。はつこいのひとのまんしんそうこんぱくを救済できるのだろうか。一本道の人生のなかでは百億のよろこびと千億のかなしみがあるだろう。ぼくたちはひとつひとつのよろこびをひとつひとつのかなしみをわかちあえるだろうか。ぼくたちはそうほうびゆうを容赦しあいそうほうの恋慕をしんぴようしつづけられるだろうか。あいまいとした表面的なる意味ではない。ぼくたちの愛は永遠になれるだろうか。ようにして平平凡凡なる人生をしようようかつしていった最涯てにアルツハイマーにかんしたはつこいのひとをぼくは愛しつづけられるだろうか。ほんとうのぼくの存在を失念して幻覚のぼくを愛することになるはつこいのひとにとってほんとうのぼくはかけがえのないものでありつづけられるのだろうか。最終的にはつこいのひととけつべつかんどくろうとなったぼくは最期の最期の最期までながくまがりくねった道でみつけた愛を忘却せずにいられるだろうか。はや世界なんてでもいい。宇宙なんてでもいい。人類が破滅しようとえんしない。問題はぼくが永遠にはつこいのひとを愛せるかだ。ぼくたちが永遠に愛しあえるかだ。ぼくはみつけたい。なにを。永遠をだ。ようにして綿めんばくたるわんきよくした〈道〉をばくしんしたぼくははつこいのひとのすみほうちやくした。こくそくたる心境のままてきちよくしていたぼくはうつぼつけつしてドアをノックする。造次てんぱいもなくドアは開放されはつこいのひとが喫驚したがんぼうで現前した。とうに拳銃をつきつけられたぶんでぼくはいった。〈きみがすきです〉と。つづいてはつこいのひとがきよするがんぼうで微笑し〈ありがとう〉といえばぼくたちはてのひらをつなぎあってでくひくの人生を最期まであるくことになる。ながい〈道〉のおわりまでだ。

〈ありがとう〉とはつこいのひとは微笑した。

 ながくまがりくねった〈道〉の途中だった。


〈了〉

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『失われた人類を求めて』短篇小説二篇 九頭龍一鬼(くずりゅう かずき) @KUZURYU_KAZUKI

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