第7話 巳之吉の見たもの
尾根を這いまわる
その夜更け、巳之吉がはっと我に返ると、固く閉ざしたはずの木戸が開いている。
ごうごうと押し寄せる吹雪を連れて白装束の女が入ってきた。
――雪女だ。
目を見開いたまま、巳之吉は身じろぎ一つ出来ない。
雪女は眠っている相方に身をかがめ、ロウソクの炎を吹き消すように氷の息を吹きかける。するとその寝顔が一瞬で白く凍りついた。
闇夜のような黒髪が揺れる。その眼差しが巳之吉に向けられた。
雪女がささやく。
「人に言うな。同じ目に遭うぞ」
その恐ろしい夜から程なくして、巳之吉の家に旅の女が一夜の宿を請うた。
訊けば身寄りを失い、これから遠い親戚を頼って行くところだと言う。気の毒な娘は巳之吉の母にすっかり気に入られ、そのまま巳之吉の女房となった。
巳之吉は最初から気づいていた。
貧しい木樵の嫁になってくれた美しいひとが、あの夜の雪女だと。
そして自分が「雪女を見た」と口にしたら、この幸せな日々は終わりになると。
命が惜しいわけではない。巳之吉は妻を心の底から失いたくなかった。
ただ一つ、分からない。何故妻はあの男を殺したのだろう。
心の優しい妻が意味も無く殺生を犯すはずがないのに。
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