第8話 巳之吉の嘘
中村刑事が戻って来て、応接室の二人を呼んだ。
「奥さん。御主人がまず奥さんに話したいと仰ってます。取調室に来て貰えますか」
取調室で、巳之吉とお雪はテーブルを挟んで見つめあった。
部屋の隅では狸刑事がノートパソコンを開いている。
壁のマジックミラー越しに、ツキノワグマの刑事とおつうが聞き耳を立てていた。
巳之吉はお雪の白い手を取った。
「俺はお雪に惚れている。お雪がいなくなれば即死する自信がある」
お雪は頬を山茶花のように染めた。
「だから言いたくなかったんだが、俺は人を殺したことがあるんだよ」
「うそよ」
お雪は思わず手を引くが、巳之吉はその手を握りしめて放さない。
「うそじゃないんだ。最後まで聞いてくれ。俺の殺したそいつは人でなしだった。こんな話、信じては貰えないだろうが、偶然に助けた鶴を嫁にして、その鶴に機織りをさせていたんだ」
横から中村刑事がのどかな声で尋ねた。
「その話、どこでお聞きになりましたかね?」
「村の者なら、みんな知ってますよ。あいつは自分の幸運を仲間に吹聴して回ったんですから。もっとも鶴だと気づいたのは鶴に逃げられたときだったらしいが」
巳之吉は吐き捨てるように言った。
「鶴の織った絹は高値で売れた。するとそいつは気立ての良い鶴を働かせて自分は遊び呆けて働かなくなったんだ」
「なんて、ひどい男」
お雪は唇を噛んだ。――自分はその最悪な男をどうしても許せなかった。
「そうだ。だから、俺は許せなくて、そいつを殺したんだ」
「――え?」
お雪は巳之吉を見つめた。
――ちがう。それは、あなたじゃなくて、わたしのしたこと。
「お前がうちに来る前のことだ。おふくろが話したろう。俺が季節外れの吹雪で死にかけたって」
「ええ。でも……」
「おふくろは頭痛持ちだから、吹雪が来ると俺に教えてくれた。それで俺は良い機会だと思って、そいつに仕事の手伝いを持ち掛けて山に行ったんだ。そこで置き去りにした」
実際のところ、与平を木樵の仕事に連れては行ったが、あんなことになるとは思わなかった。だがすべては俺しか知らないことだ。巳之吉はうつむいて目を閉じた。
「俺が、与平を殺したんだ」
お雪は花のような唇をふるわせた。
この人は、なぜ、わたしを庇うの?
まさか本当の事を言えば、わたしが愛しいあなたを殺すと思っているの?
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