WEB小説・オブ・ザ・デッド
澤田慎梧
WEB小説・オブ・ザ・デッド
”
――どうして。どうしてこんなことに?
さっきまでいつものように、カク●ムでWEB小説を読んでいただけなのに……。
自問自答しながらも足を動かし続ける。とうの昔に息は上がっている。でも、死ぬ気で走らないと――逃げ続けないと、「奴ら」に追いつかれてしまう!
『ほおおおおおおおおおぢぃぃぃぃぃ!』
叫びとも唸りともつかぬ「奴ら」の大合唱が背後に響く。もうそれほど距離はない。
(くっそぉ! なんでゾンビのくせに、こんなに走るの速いんだよぉ!?)
――そう。俺を追いかけているのは大量のゾンビの群れだった。
ゾンビ映画そのままの、青黒い顔色をした大量の「動く死者」が、俺を追いかけ回しているのだ。
私服のゾンビ、学生服のゾンビ、スーツ姿のゾンビ、警察官のゾンビに体操服のゾンビ……まるでゾンビの見本市だ。
しかも中には何故か、鎧武者のゾンビや西洋鎧を着た変わり種のゾンビも混じっている。おいおい、世界観くらい統一してくれよ……。
事の発端は……よく分からない。
自分の部屋でカク●ムのWEB小説を物色していたはずなのに、気付けば見知らぬビル街に独りぽつんと立っていたのだ。
手にしていたスマホは、どこにも見当たらなかった。夜だったはずなのに、辺りは夕方特有のオレンジ色に染まっていた。
どのビルも、入り口が木や金属の板で閉ざされていて入れそうになかった。
――そして何より、辺りには俺以外に人っ子一人見当たらなかったのだ。
訳も分からぬまま、俺は人の姿を求めて歩き始めた。
ビルの窓には所々明かりが灯っていたけれど、人影は見えない。
そのまま、ひび割れ一つないアスファルトの上を歩き続けていると――広いスクランブル交差点に出た。
車両信号は、何故か黄色で点滅したまま。歩行者信号は赤も青も点いてさえいない。
――だが、そんなのは些細なことでしかなかった。
よく見れば、交差点の反対側に沢山の人影があったのだ。
俺はようやく他の人間を見付けられた嬉しさから、「おお~い!」なんてお気楽な声を上げながら駆け寄ったのだが……それは人間ではなく、ゾンビの群れだった――。
『りぇぇぇぇぇぇぇぶぅぅぅぅぅぅ!』
――そして俺とゾンビ達との、追いかけっこが始まった。
「実は盛大なドッキリで、ゾンビ達も特殊メイクか何かなんじゃ?」と思わなくもなかったが、そんなものを仕掛けられる覚えはない。
何より、部屋にいた俺を一瞬にしてこんな場所まで運ぶだなんて、尋常の方法じゃ出来るわけがない。明らかに超常現象の類だろう。
捕まったら……ゾンビ映画の定番よろしく、あいつらのお仲間にされちまうかもしれない。
『ふぉぉぉぉぉぉるぉぉぉぉぉ!』
――いよいよ距離が縮まってくる。
普段から運動してなかったツケがこんなところで回ってきた。両足は既に棒のようで、既に限界を超えている。
(もう駄目だ!)
――俺が諦めかけた、その時だった。
「そこの人! こっち! こっちよ!」
呼ぶ声に目を向けると、少し行った先のビルの入口から、こちらに手招きする女の姿が目に入った。
そのビルの入り口にも金属の板が打ち付けられている。だが、女のいる辺りに一人分くらいの隙間があるのが見えた。そこからビルの中へ逃げ込もう、ということらしい。
「早く! 急いで!」
「く、言われなくても――」
最後の力を振り絞って走る。
自分でも驚くほどの、文字通りのラストスパート。
ゾンビ達の『ぴいいいいいいいいいいいいいいいいぶぃぃぃぃ!』とかいう大合唱が少しだけ遠ざかり――俺は滑り込むようにビルの中へと駆け込んだ。
俺が駆け込んだのを確認すると、先に中へ入っていた女が素早く金属板をスライドさせた。どうやら、引き戸のように開閉する仕組みになっていたらしい。
すぐにゾンビ共が板を叩く音が聞こえてきたが、びくともしない。しばらくは大丈夫、か?
「ほらアナタ! へたりこんでないでバリケード作るの手伝って! ここを破られたらおしまいよ!?」
「……わ、ワリぃ。もう、息が上がっちまって……」
ふらつく体に鞭打って何とか立ち上がると、俺は女を手伝って、そこら辺にあったソファーやら謎の廃材やらを入り口に積み上げ始めた。
そうこうしている内に、外のゾンビ達の気配が少しずつ減っていき……しばらくすると板を叩く音も、連中の唸り声も聞こえなくなった。
「ひとまず安心ね。……大丈夫?」
「ああ……なんとか。助かったよ。……しかし、あのゾンビ共は何なんだ? このビル街は一体? 君は……何者だ?」
「質問の多い男は嫌われるわよ? ――ま、一つずつ答えてあげるわ。まず、ここはカク●ムの中よ」
「はぁ? カク●ムの……中?」
この女は何を言ってるんだ? ここがカク●ムの中だって?
どこからどうみても現実空間だぞ?
「……信じられないのも無理はないわ。私もそうだったから。でも、本当なの。ここはカク●ムの中。そして外のゾンビ共は……WEB小説や、その登場人物の成れの果て。『WEB小説ゾンビ』なのよ!」
「な、なんだって!?」
――この女はホント、何を言ってるんだ? 頭がおかしいのか?
「正確に言えば、ここはカク●ムの裏側……暗黒面。様々な理由でエタってしまったり、ボツにされてしまったりした作品が最後に堕ちる冥府魔道……。WEB小説の餓鬼地獄。それがここなのよ。アナタもあいつらの叫びを聞いたでしょ?」
「『ほおおおおおおおおおぢぃぃぃぃぃ!』とか『りぇぇぇぇぇぇぇぶぅぅぅぅぅぅ!』とか、意味不明な叫びなら聞いたが……それが何か?」
この女もゾンビと同じくらいヤバイのではないかと警戒しつつも、下手に刺激しないよう当たり障りのない答えを返す。
「あれはね……『★をくれ!』とか『レビューしてくれ!』というWEB小説たちの悲痛な叫びなのよ! 他にも『フォロー』とか『PV』とかいう、彼らの叫びが聞こえなかったかしら?」
「……そう言われてみれば、確かに」
――確かに、そう聞こえないこともないが……俄には信じられない。
もちろん、ここが常識はずれな場所だってのは理解できるが、流石に「WEB小説の餓鬼地獄」とか言われても信じられないな。
「じゃあ、あいつらが俺たちを襲うのは、★やレビューが欲しいからなのか?」
「……そうね。半分は合ってるけど、半分は間違ってるわ」
「と言うと?」
「彼らを書いた作家の殆どは、元々は小説を書くことを純粋に楽しんでいただけなのよ。★やレビューを貰えればもちろん嬉しいけど、それは二の次。あくまでも面白い作品を書いて、趣味の合う人にそれを読んでもらうことが目的だった。……でもね、色んな理由があって、作家達は変わってしまったの――」
女がその長い黒髪をかき上げる。
……今更気付いたけど、この女、結構美人だな。
「全く読まれない、★がもらえないと思い悩んで書けなくなった人。★やレビュー、PVを稼ぐことに躍起になって、自分が書きたかったものを見失って続きが書けなくなってしまった人。理由は様々だけど、そういった『書く意味』を見失った人達が放置してしまった小説やキャラクターの数々――その成れの果てが彼らなの。ゾンビ達自身も、何で自分達が★やレビューを欲しがっているのか、最早分かっていないのよ……」
そう言って憂い顔を見せる女。
――憂い顔も良いじゃないか。話は訳分からんけど。
「で? 結局、俺達はどうすればここを抜け出せるんだ?」
いい加減、女の与太話についていけず、話題を変えてみる。だが――。
「……アナタ、その顔!?」
女から返ってきたのは意外な反応だった。何故か俺の顔を恐怖の表情で見ながら、後ずさり始める。
「え? なんだよ。俺の顔がどうか――」
「したのか?」と続けようとして、俺は自分の体に起こっている変化にようやく気が付いた。
女の方へ伸ばした俺の手が、青黒く変色を始めていたのだ――まるでゾンビ達のそれのように!
「な、なんだこれ!? なんだこれ!? おい、これどうなってるんだ――?」
訳が分からず、助けを求めるように女の方を見やり――言葉を失った。
「……え? 何よアンタ、その反応……。まさか……いやぁ! そんな、私まで!? なんでぇ!?」
女の肌も、ゾンビ達のように青黒く変色を始めていたのだ。
それは白いテーブルクロスに広がるコーヒーのシミのようにじわじわと広がっていき――。
「やだ! やだやだやだ! ゾンビになんてなりたくない! 助けて!」
「おい、これはどういうことなんだ? 何で俺達がゾンビに!? どうにかならないのか!?」
「無理よ! もう無理なの! ああ、酷いわ! 酷いわ神様……私達まで見捨てるなんて!」
絶叫しながら女が天を仰ぐ。
「こんな時に神頼みかよ」と思いつつ、女の視線の先を追って――俺は再び言葉を失った。
そこには、先程までビルの天井があったはずだった。それが今は無い。
天井があったはずの所には、長方形の「窓」のような物が浮かんでいたのだ。
そしてその「窓」の向こう側には……難しい顔をした男の姿があった。
『――うん、駄目だな。この展開じゃ読者受けしないよな……僕は好きなんだけどな……う~ん』
男の声が響く。
カチャカチャ鳴ってるのは、キーボードを叩く音だろうか?
――もしかして、これは。
『あ~! もう駄目だ! この作品はしばらく塩漬けにして、新作に取り掛かろう! 次こそは★を沢山もらうぞ!! じゃ、この作品は一応カク●ムに保存して……』
「待って! 待って神様! その作品を……私達をエタらせないで!」
――女の絶叫で、全てを理解した。
あの「窓」の向こうの男は「神様」、つまり俺達……いやこの作品の作者だ。
俺もこの女も、外からこの世界に来たのではない。最初からこの世界の住人――作品の登場人物なのだ。
カク●ムを外から眺める俺という人間など、はじめから存在していなかった。俺の記憶の全ては、作者によって作られた「設定」だったらしい。
そして今、作者がこの作品の続きを書くことを諦めようとしている。つまりこの作品は、俺達は、エタ――。
”
――こうして、また新たな「WEB小説ゾンビ」が誕生した。
彼らは今日も更新されること無く、作者の抱いていた「★が欲しい」「レビューが欲しい」「PVが欲しい」という妄念だけを受け継いで、カク●ムの裏側を彷徨っている。
そしてその数は、日に日に増え続けているのだ――。
WEB小説・オブ・ザ・デッド 澤田慎梧 @sumigoro
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