第4話 悲劇の死


 誰もいない場所のはずだった。


 暗い森の中……蠢く少女がいた。



 死んだ……彼は死んだ。

 死んだんだ 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だあぁぁぁぁ


 あぁ、私も死んだのか?


 あはあははははっ!



 嫌だ……嫌だあぁぁぁ彼が彼がああああああああ



 ……あはっあはっあははあああうああああ



 《ドクン》

 えへ?…なんだ?



 《ドクンッ!》

 はははっなんだああああああ



 《ドクンッ!!》

 ……ああああ!?!!???????



 そこへ一人の青年が現れた。


「おい、そこの君。

 何をしている、大丈夫か?」



(彼だ!!)


「あぁ……やっぱり夢だった!!あんなの嘘だったよね!貴方が目の前からいなくなるなんて……良かった、ああ良かった!!あのね、好███████」


(こえが?!?)



 ─少女の世界が止まった─


 思いを告げられた《彼》は ……



 どこからか現れた猛獣に生きたままゆっくりと、

 肉を割く様に……喰われた。



 そして《私》も……




 ……肉を裂かれて死んだ。




 ────────




 ──いつもと変わらぬ日常での違和感──



 目を覚ますと私は机に寄りかかっていた。

 半目の目を両手で擦り、欠伸をする。


 何かがおかしいと、違和感を感じた。



 どこ?ここは……

 なにも思い出せない……思い出した!


 って、急に私は何を言ってるのかしら。

 私は……私の名前はエレ─ナ・ペルゼン。公爵の娘よ!



 ──虚無感。そして焦り──



 今年で17になるのにこんな事考えるなんてどうかしたのかしら。

 はぁ、最近のお母様といったら作法だの勉学などと。

 きっとそのせいですわね。少しくらい休みを頂いてもよろしいでしょう!



 自問自答を繰り返し、何かの安定を図る。

 背伸びをして、この違和感を振りほどこうとする。



 17になって面倒になった事といえば成年になった事かしら。

 貴族の跡取りやらなんやらで、求婚や面会ばっかり。


 どれもイマイチピンと来ないのよね ほとんどが権力目当て……



 ──自身の存在価値──



 私はいつものように同じような日々を繰り返すだけ。

 私自身が特別な事など無い ただ公爵の家に生まれただけ。

 私自身の価値がわからない。



 そんな事を考えていた時だった。



 ──それが始まった──




 《ドクン》 ……?


 なんでしょう?今の感覚。

 どこかで……



 ううん……気のせいでしょうね。




 《ドクンッ》


 な、なんなのよ……これは。


 この暴力的な力の奔流は!?



 《ドクンッ》


 くっ!!? 熱い!


「はぁはぁ……」


 この私が地に膝をつくなんて……


 肩で息を繰り返し、胸を抑える。



 《ドクンッ!!》


「くはっ!?………うあぁ!!」



 何も……考えられない。


 部屋の扉を誰かが叩く音がする。



「エレ─ナ様!大丈夫ですか!?」


「……《ドクンッ!!!》ぐっ!」



 このままだと……まずいわ。



 しびれを切らした者が、扉を蹴破り部屋に侵入してきた。


「エレ─ナ様!失礼します!!」



 なっ……






 あぁ…あああああああああああああ!?!???




 膨大な記憶と感情が津波のように押し寄せた。




 え?ああああああぁあああああぁああああああああああああああ!!!!!!?????



 驚愕した。感動した。涙が出た。

 そして気がついたら体が動いた。



「エレ─ナ様ッ!お気を「ヒカルうぅぅうううううっ!!!」 !?」



 大きな咽び声が響いた……



 エレ─ナ・ペルゼンはたまたま来日中で廊下を通った男爵 ホ─ルド・パルクム に抱きついた……




 ───


 ホ─ルドは、エレ─ナが落ち着くまで心配そうに待っていた。


「気分はいかがでしょうか?エレ─ナ様」


「えぇ、なんとか状況がわかったわ」



 エレ─ナは少しだけ冷静になれた。

 そして、優菜の……前世の存在を捉えた。


 何故ならこの人はヒカルじゃない。

 そして私にはエレ─ナの記憶がある。


 全く意味がわからない。


 だが、エレ─ナは頭脳に長けて優秀だ。

 しかし唐突に思い返すにはとんでもない情報量だった。

 その情報処理能力をもっても整理に時間がかかった。


 そして悲しみという感情の情報が私にものすごい影響を与えた。

 知らない人をいきなり抱きしめるほどに。


 だが……このホ─ルドって男は、多分……いや、絶対にあの彼だ

 私にはそれだけはわかる。


 なんでわかる? それはわからない。


 彼は死んだのに?あぁ、私も死んだか。


 姿形違うのになんで分かるのか。

 彼は私を覚えてないのか?



「ねぇ、ホ─ルド。……もういいわ ありがとう」


「いえ、どういたしまして」


「ところでホ─ルド。優菜って……知らない?」


「……えぇ、申し訳ございませんお嬢様、存じ上げておりません」


「……そう、ならいいわ」



 いくつかわかった。

 まず彼は彼だ。

 ヒカルではないけど彼だ。


 そして私は優菜だ。……そしてエレ─ナだ。


 そして、ただ今は……形変われどまた、彼に会えて良かったと私は少し、ほんの少しだけ安堵した。





 ───


 ……知らない天井だわ。

 いや、エレ─ナの知識としては知ってるけれども!

 気がついたら寝ていたのかしら。

 っ!彼は、彼は生きて。


「お目覚めですか?エレ─ナ様」


「あ、ヒカル、じゃないホ─ルド。……良かった」



 彼は生きていた。そして私も生きている。

 その感情が私の心を占めていた。


「メイド長に事情を説明しときました。

  それと……その、先程言われた『ヒカル』と言うのは……?」


「!? ……そう。

 なんでもないわ。気にしないで、私はもう大丈夫ですから」


「はい……そのお様子でしたら大丈夫そうですね。

 また何かありましたらすぐお呼びください」


「あっ……待って!

 貴方は、私を?」


「? どうなさいました?エレ─ナ様」


「いえ……なんでもないわ」


「左様ですか。では失礼します」



 ホ─ルドはそう言って出ていった。

 1人になったエレ─ナは……様々な感情に呑まれ咽び泣き続けた。



 ───



 ヒカルは死んだ。優菜も死んだ。

 ホ─ルドは生きてる。エレ─ナも生きてる。


 あの彼の彼はいない。あの時の私はいる。

 あの彼は消えた。あの時の私は在る。


 じゃあ、あの時の返事は? 聞けない。


 彼がいるのに……なんで?

 彼は覚えてない。


 私は覚えてるのに?

 私のせいで彼が死んだから?


 私が落ちなければ彼は死ななかった。


 彼は……私の事、好きだった?


 そんな事知らない。わからない。



 私はあの時、ヒカルに 片想いだったんだ……



 じゃあ、今のホ─ルドは?

 ヒカルホ─ルドだ。

 でも、私の愛した彼は一緒?


 ……違う。では愛せない? 違うっ!!


 ヒカルホ─ルドだ 私のヒカルホ─ルドが覚えていなくても。


 たった一人のたった一つの魂のヒカルとホ─ルドだ。



 ──だから私は概念を愛す ──



 ───



 あれから私はホ─ルドと色々話をした。


 やっぱり私は彼が好きだった。

 この高鳴る鼓動が教えてくれる。


 運命じゃないかとも思う!


 でも、ヒカルが死んでしまった時の事を思い出して私は泣いてしまう。

 そしたら彼が何も言わず慰めてくれる。


 彼がいるのに彼が死んで泣いている……私はおかしい。


 私は前世の記憶を持っている。

 それをホ─ルドに言うべきか迷っていた……



 だが、男爵の倅のホ─ルドが、エレーナの家にいることができる滞在期間に終わりが近づいて来ていた。




 ───


 領土を軽く見渡せる丘の上の岩に、2人の少年少女が腰を下ろしていた。

 風の音が心地よく吹き抜ける。


「ねえ、ホ─ルド」


 少女がポツリと呟いた。


「なんでしょう、エレ─ナ様」


「私ね、好きな人がいたんだ」


 その言葉に青年は軽く目を見開いた。


「なんと! エレ─ナ様程の女性に好意を持たれるなど、その男性はさぞ幸せでしたでしょうな」


「ふふ……さすが お口が達者ですねホ─ルド」


「滅相も御座いません…… エレ─ナ様」


 貴族の言葉で会話を交わし合う。


「それでね、その方は…… 私の目の前で消えてしまったの」


「………」


 ホールドは思わずエレーナを見つめる。

 とても悲しげな、なんとも言い難い表情をしていた。


「ねえ、ホ─ルド」


「はい エレ─ナ様」


「貴方は消えないでよね」



 エレーナは星空を見上げて呟く。

 とても儚く、虚しい響きを乗せた気持ち。



「……それはどういう」


「ふふ、もうこの屋敷から出てくのでしょう」


「それは……はい」


「そういう意味ですよ」


「そう、でございますか」


 これからまだ会うことができる。

 その時までこの気持ちを残しておくつもりだった。



「明日の早朝に、出るのでしたっけ?」


「左様でございます」



 ──聞きたい。 彼の気持ちを──


 《


 この気持ちは、閉まっておくはずだった。取っておくはずだった。

 立場上、今はまだ言ってはダメなのだ。

 それなのに……何かに駆り立てられた。



「……貴方に言いたいことがあります」



「はい、なんなりと」



 あぁ、私は──


貴方が好きで███████」






 ──止まった──




 私の体は動かなくなった 。


 叫ぶことも泣くこともできない。



(そんななんでなんでなんでなんでええええ!?

 またなの!?また彼が死んじゃう!いやああああああああぁあああああああああああああああああああぁあああああああああぁああああああああぁぁ)




 彼は、私の目の前で……

 ゆっくりと、花びらが開くように……


 皮膚が裂け、肉が切れた。



 暫くして……


 上空に真っ赤な血を吹き上げて死んだ……



 答えを聴くことさえも、思いを告げる事さえも許されなかった。



 そして彼の死が……何よりも苦しかった。




 エレ─ナは何も考えられなくなった。


 次に訪れるのは《私》の死……



 私の体が裂けようとも、



 

 ……痛みすら感じなかった。







 ───────


 技術の進化を遂げた星〜メルタス〜





 そこに2人の研究者がいた。


 その2人はとても優秀でメルタスの歴史に名を残した。



 当時問題とされてたエネルギ─のコストを大幅に減らしたのだ。



 だが……



 数日前に謎の死を遂げたという……



 その死に様にメルタスの代表達はこう語る。



『とても今の技術をもってしても解明できぬ……

  まさに神の所業だ 』



 そう悔しながら嘆いたという。




 ──数日前


 《ドクンッ!!》


 !?


 私は思い出した。



 彼が横に居る……


 にとって当たり前なのに。

 いつも隣にいたのに。


 そうか、ヒカルとホ─ルドだったんだ!



 私は泣いてしまった。

 綾として滝の前で泣くのは初めてかもしれない。



 やっぱり彼は心配してくれた。


 嬉しい!彼が生きてる!そばにいる!!



 ───


 さっき私が私を思い出したのは、私達の研究成果を発表した帰りだった。


 滝と別れていつものホテルの部屋に入った。

 ディナ─は断った。そんな気分じゃなかったのだ。


 私は理性的に……私のために思考しなければならない。



 先に風呂に入る事にした……



 風呂が終わって髪を乾かすと 私はベッドに飛び込んだ。


(そっか、私は優菜。そしてエレ─ナ ……そして綾だわ)


 不思議なくらいしっくりする。



(私は優菜だけどエレ─ナの記憶も力も保持している)



 私はエレ─ナの優れた情報処理能力を得ていた。

 それはそうだ、私はエレ─ナなんだから。



(私はだけど優菜とエレ─ナでもある)



 私は結論づけた。



(全ての私は私として同化している……

  いや、同じ魂を持った私は記憶を受け継いでいる?)


 彼の魂というモノを何故か把握できる私には魂の存在が理解出来た。



 そうか、私は……






 ……転生している。




 ───



 綾は「運算 演算 暗算」能力に優れている。


 エレ─ナの情報処理能力と相まって、《私》の考えをまとめてみた……



 わかったこと。


 私は転生してきた 。

 彼も転生するが、記憶はない。転生とはいえない?

 私には何故か彼がわかる。



 わからないこと……


 彼や私の不可解な死。

 また私は転生する?



 以降の事から冷静に状況を、その可能性を考えてみた。


『彼に思いを告げると……彼と私は死ぬ』


 意味がわからない……


 なんで私が思いを告げたら彼が死ぬの?

 そして私も死ぬの?


 偶然?なわけない!

 誰かが仕組んだ!?


 どうやって?なんで!?



 私は暫くして自らだした言葉の意味を理解すると、また泣き崩れてしまった……




 ───


 次の日、彼に会った。今は横にいてくれている。

 彼と話がしたかった。


 昨日は眠れなかった。


 ひどいクマになってるけど、 こんな姿彼に見られたくないけど、


 それでも会いたかったのだ。



 彼は私のことが好きなのだろうか?


 ……知らない。わからない。



 告白しなければいい。


 好きと、想いを告げなければいい。


 ……ずっと心の内に秘めていればいい。


 そうしていれば、彼といれるんだ。




 ……………本当にそうなのかな?


 本当に私が好きと伝えたら死んじゃうのかな?


 ……何よそれ。そんな話意味がわからないじゃないの。



 ……でもあの時みたいに。



 彼がいなくなるのは嫌だ。



 好きだから。


 大好きだから。



 だから、どうしても……伝えたい。



 この気持ちを。彼の事がどんなに好きなのかを。


 《彼》に伝えたいっ!!



 そうよ、好きと言って何が悪いのよ。


 だいたい告白して人が死ぬなんておかしな話じゃない!



 彼は喜んでくれるかな? なんて言ってくれるかな?


 あぁ、好きだよ……

 大好きだよ……


 私は……



 貴方が好きです。




「ねえ、滝」


「どうした?綾」



「貴方の事が、どうしようもないくらい……



 ……す████」




 彼の顔や体が風船のように膨らんでハジケタ……



 あぁ……


 また、私は……



 ……言えなかった。



 私もハジケタ……




 死んだ。



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