第9話 王都到着

 


 王都に到着した。外壁には遠目でもわかる印象的な模様が飾られていた。

 外壁の割れ目部分に王都の出入口があるとガゼフが教えてくれた。東西南北に出入口があるらしく、どこも割れ目の形や模様が違う形状になっているらしい。

 今回は北門から入るそうだ。


 この5日間、ずっと馬車に揺らされていたクリスとルナは、目的地に着き、その説明を聞けたことでとても興奮していた。

 2人のその表情を見て、何故だかガゼフは心の重荷が取れたような気がした。


 北門の前に行くと人や馬車の列が出来ていた。



「あれは冒険者や商人が並ぶところだ、2人が冒険者をするならあそこに並ぶ事になるな。」


 ガゼフはその列に並ぶこと無く門の下まで馬車を進めた。


「あれ?ガゼフさんは並ばなくていいの?」


「あぁ、俺は旅商人だからな、長旅お疲れ様でしたという事でこの国では列に並ぶ事が免除されている。貴族やそれなりの証をもっている者も免除となる」


「なるほど〜!ガゼフおじちゃんVIPなんだ!」


 思ったよりも旅商人の待遇が良く感じた。


「まぁ、旅商人になるには難しい。まず国に貢献、所属しないとなれないからな」


「その分だけ税を払っているって事ね、まぁ塩の売り上げを考えるとそこまで痛手だとは思えないけど」


「ふははは!だが、他の人には塩の売り上げの話は秘密にしてくれよ」


「はーい」



 門の入口まで近づくと2つの入口を確認できた。

 閉じている方の門を使用するらしい。

 すると1人の兵士がやってきた


「おぉ!ガゼフ殿ではないですか!

 長旅ご苦労様でした。お手数ですがこちらにサインを」


「ああ、お前さんも勤務ご苦労だな。

 今回は連れがいてな、別枠で入れてもらえないか?」



 旅商人とは国の運営にとってとても大切な存在だ。

 よって旅商人が出入りする時は国の上層部に報告する義務がある。ガゼフの言う別枠とはわざわざ面倒な手続きを行う国とのやり取りに2人を入れないようにという意味であった。


「確かに手続きが大変そうですもんね、承知しました。して、その者達は?」


 兵士は馬車の中にいるクリスとルナを見た。

 2人は馬車から降りて軽く挨拶をした。


「ど〜も初めまして!村娘のクリスです!」

「初めまして、ルナと言います」


「おぉ、どちらも可愛らしい女性ですな!

 お二人は王都で何を?」


「とりあえず冒険者になって生活を整えようかなって」


「移住希望ですか?」


「いや、それはまだわからないかな」


 《彼》がこの王都にいなかったら移動する予定なのだ。


「なるほど、かしこまりました。

 身分を証明できる物はお持ちですか?」


「あ〜そういうの初めてだから持ってないよ」


「でしたら、ガゼフさん」


「あぁ、俺名義で2人を入れてやってくれ」


「はい、かしこまりました。

 今仮証明書を発行しますので少しお待ちください」


 そう言い残して兵士は去っていった。



「ガゼフおじちゃん名義ってどういうこと?」


「ここに入るには身分を証明できる物が必要なんだ。

 国に所属している俺の名義だと1ヶ月滞在の猶予が貰えるんだ」


 冒険者登録をすると貰える証明書を、期間の1ヶ月以内にこの北門の兵士に見せればよいとガゼフに説明してもらった。


「なるほど、そういうことね!

 ガゼフおじちゃんありがとう!」


 クリスの笑顔を見たガゼフは何かに気がついたように体をワナワナと震わせた。

 その動作を見たルナは、その後の展開を察して軽くため息をついた。



「あぁ、ただ一つ。絶対に問題は起こさないでくれ。

 その期間問題が起きたら俺が国から処罰を受ける。

 クリス頼む……王都には俺の大切な家族がいるんだ。絶対に問題だけは起こさないでくれよ。」


「……お世話になったガゼフさんに迷惑をかけるつもりなんてこれっぽっちもないし言われなくても私のカードができても問題起こすつもりなんてないけど、ハハッ 何でかな?右手が疼く」


「おい!先の兵士よ!私の名義を無かったことにしてくれ!頼む!国に追放される前にッ!!

 ひぃっ!いやそうじゃないんだ!俺が悪かった!悪かったから、俺や街中に向けて右手をかざさないでくださいいぃ!」



 ガゼフは真っ青な顔をして土下座した。

 旅商人とは国に所属している為、貴族までとはいかないが権力がある。そんな男が土下座した。


 ルナが目に手を置き(また余計な事を……ガゼフさん)と呟いた。


「はぁ、クリス。面白いのはわかるけどさすがにこんな場所だしやめてあげたら? 大の大人が女性に土下座している気持ち悪い絵になってるわよ」


「は〜い、仕方ないから無かったことにしてあげる」


 それを聞いたガゼフはホッとしたかのような表情を浮かべた。

 そんな事をしていると兵士が戻ってきた。



「はい、これはガゼフ殿名義の仮証明書です。

 何か問題がありましたらガゼフ殿の責任となってしまいますので身分証ができましたらなるべく早くここの門へいらしてください」


「「はい!」」


「ではお通りください。ようこそ、王都へ!」



 門を潜ると開けた道に出た。

 レンガが綺麗に並んでいて整ってるように見える。

 道の脇には大きく『北門前 冒険ギルド』と書かれたでっかい建物があり、その脇に沢山の屋台が並んでいてとてもいい匂いが漂っている。


「あと数時間で夜になる、良い宿を知っているからそこに紹介しよう」


 ガゼフは2人にそう言った。


「うん!何から何までありがとう」

「うん、とってもお世話になった」


「ははは!王都の事なら詳しいからなんでも聞いてくれ」



 ルナはガゼフの気遣いに感謝して気になった事をいくつか聞いた。


「冒険者ギルドってさっきの門の近くのところ?」


「あー、さっきの所は依頼完了の報告場所みたいなもんだ。

 王都は広いからな。まず中央広場辺りにあるギルド本部で依頼を受けるんだ。討伐依頼などの場合は王都の外に出るだろ?その依頼の完了報告をするためにあるのが各門近くのギルドなんだ」


 魔物の死骸などを王都の中心に持ち込んだら汚れてしまうので、それを速やかに納めるためでもあると最後に付け加えた。


「なるほど!そういう事だったのね」

「うん、理にかなってる」


 納得がいった。

 ガゼフの説明はわかりやすい。


「他に質問はないか?」

「住民がみんな清潔……お風呂はどうなってるの?」


 この規模の街となると衛生面の問題が大変だと聞いた事がある。しかしこの街は汚い人やゴミが見当たらない。その事について気になったのだ。

 するとガゼフはまだ自慢げに説明した。


「ああ、この王都の売りなんだがな、風呂が税金によって作られているんだ。今の王様が温泉好きでな、民に振る舞うとはいい王様だよ」


 クリスは王が税を国民の為に使っていると知り、とても好感が持てた。


「すごい王様なんだね!」


「ああ、温泉王と呼ばれるほどに温泉好きだそうだな。噂によると街中の温泉で陛下を見かけたとか……、まあさすがに女湯には入らないと思うし2人には関係ないと思うがな!」


 そういってガゼフは豪快に笑った。


「うん、さすがに王様でも叩くね」


「ははは、ちなみに商人や冒険者などには依頼後には風呂に入る事が勧められている。汚れる事が多いいからな。だから各門のギルド近くに大浴場が設けられている。北門と東門は天然温泉だからおすすめだぞ!その分だけ人が多いけどな」


 天然温泉があるらしい。


「だからさっき冒険者があんなに並んでいたのね!」


「あぁ、そういう事だ。

 おっと、もう着くぞ!あそこが俺の贔屓している宿『くまさん』だ!」


「「……」」


 右手に大きな旅館のような建物が並んでいる。

 装飾が色鮮やかで綺麗だったが、ガゼフの発言により何ボケてんだと2人の口が塞がった。


「いや、本当だから!書いてあるから!

 店主がくまさんみたいだからと……」


 ガゼフが身振り手振りで説明をし始めると、旅館の扉が開いた。


「ん?おお!ガゼフではないか!久しいな!どうかしたか?」


「お!ダイル!久しぶりだな!

 実は『くまさん』を紹介していたんだ」


「「っ!?」」


 クリスとルナは驚愕した。

 店からくまさんが出てきたのだ。

 そしてくまさんとばっちり目が合った。


((真ん丸お目目でぱちぱちだぁ))

 2人は今度は開いた口が塞がらなくなった。


 そんなクリスとルナを見たダイルと呼ばれたくまさんは、ガゼフに聞き正した。


「この2人にか?」


「あぁ、とある村から冒険者になりに来たんだ。

 まぁ、良い奴らだよ」


「そうか、よろしくな」


「「よ、よろしくお願いします」」


「2人はクリスとルナっていうんだ。

 ここの宿の飯は美味いぞ!」


 その後2人は言われるがままに案内され、ガゼフと3人でくまさんが作った少し早めの夜ご飯を頂いた。

 めっちゃ美味かった。


 宿の雰囲気と、料理と、ガゼフのおすすめという事もあってクリスとルナはとても気に入り、仮拠点をここに決めた。



 ご飯が終わりガゼフが立ち上がった。


「俺はこの後やる事があるんだ。1ヶ月くらい王都にいるだろう。何かあったら訪ねてくれ、俺の家はダイルが知っている」


 まだ一緒にいるかと思っていたが、ガゼフにもやる事がある。クリスとルナはしっかり礼を伝えた。


「ガゼフおじちゃん、ここまで連れてきてくれて本当にありがとう!おじちゃんの事は忘れないよ!」


「うん、ガゼフさんここまでありがとう。

 またよろしく」


「ふははは!こちらこそだ!楽しかった……ぞ!

 また……うん、またな!」


 そうして颯爽と去っていった。

 その背中が何故か渋かった。


 なんだかんだ言っていたけどとてもお世話になった。

 今度もっとちゃんとしたお礼をしに会いに行こうと2人は決めた。



 しばらく滞在するということで2週間分の宿代を支払い、与えられた部屋に入った。

 荷物をまとめ、2人で今後の予定の話し合いを始める。


「まず、本来の目的である彼を探しをするためのお話。

 だけど手がかりが全くない。今わかっている事は歳が近い事、クリスが近づけばわかるということ。間違いない?」


「うん、間違いない。でもね、私村のみんなから教わった事があるの」


「ん?なんかあったの?」



 クリスはただ彼に会いたいと思っていた。

 でも、父と母、そして村の人達から気がつかされたことがある。


「ううん……私の考え方かな?

 彼に会って私の気持ちを確かめたいって考えてる。でもね、それと同じくらい今の人生を大切に楽しみたいって思えたんだ。ルナがいてくれるからだぞ?」


「なっ!急に恥ずかしいこと言わないでよ」


 急なクリスの言葉にルナは赤面した。


「だって、そのおかげで私が救われた気がするんだ。こんな私に着いてきてくれてありがとう」


「そっか……ふふっ、どういたしまして」



 私は彼に夢中だった。だけど今は違う。

 まだクリスは彼に会っていない。

 転生前の気持ちが本物だから彼を探し、今の私にとってはどうなのかを確認しに行く。そのつもりだった。



 だがクリスは成長した。

 ルナや両親の温かさを知り私の価値に気がついた。

 優先順位は『過去の私の気持ち』ではなく『今の私』だ。

 だからといって『過去の私の気持ち』をないがしろにはできない。

 私は今のセイを1番に大切にする事を決めた。

 彼に会うのはその次だ。



 そう考えると何か呪いの様なものを感じていた。

 私は前世、彼に会ってから変わりすぎた。あまりにも心を奪われすぎた。彼の存在無くては生きていけないくらいに。

 彼に会っては私がクリスじゃなくなりそうな気がしていた……



「だから、今日は休んで明日冒険者登録をしに行こう。いつまでもガゼフおじちゃん名義の仮証明書持っているわけにはいかないからね」


「うん、そうね。そうしましょう」


「そして冒険者ランクを上げる……私達の実力だったらSランクはいくと思う」


「ランクを上げてどうするの?」


「信頼のある情報屋を得る。

 それなりの何かが無いと相手にしてくれないと思うから」


「なるほど……異論は無いわ」


「王都に彼がいないとわかったらゆっくりこの国を旅して帝国に行くのはどう?」


「いいと思うわ……確かに彼が実力者なら帝国にいる可能性がある」


 この大陸には人族の国が2つある。今2人がいるのが王国で、もうひとつの国が帝国だ。

 帝国とはこの王都のある国を真っ直ぐ南に下った場所にある。人族として魔族との戦争を続けている国でもあるのだ。

 冒険者ギルドからも人族を守るために沢山の人員を派遣している。


「なんで彼が実力者かと思ったの?」


「もしかすると彼は私に近い力を有している可能性がある。

 今まで彼に会ってきた中で殆どがそうだったから」


 自惚れているわけではないが、私は人並外れている魔力を有しているのは自覚している。

 それも、私として目覚めてからより強く……


 そして何故か分からないけど今までそうだったのだ。ホールドはリーダ的な指揮官としての才能を有していた。滝は私と一緒にひとつの物を作り上げた。


 ただ、優菜の時とほぼ同じ能力を有していたとするなら……


 もし今生の彼が実力者だとしたらその可能性が高まるという事だ。



「後ね、彼は優しい人だと思うんだ。

 どの私にも優しく素敵な人だった」


「……そっか。今わかる彼の情報をまとめると、多分実力者で17歳前後の評判の良い男性って事ね。多分かなり絞られたと思うわ。この分だとすぐ見つかりそうね!」


「うん。でもね、ゆっくりでいいんだ。……私はルナと、この旅を精いっぱい楽しみたいからさ!」


 クリスは優しく微笑んだ。

 それがルナにとってたまらなく嬉しかった。


「そう……うん、そうね!」


「これからもずっとよろしくね、ルナ!」


「うん、そうだね。ありがとう!」



 ルナは今までに無いくらい嬉しそうな笑みを浮かべた。

 それを目にしたクリスは、自分の考えが正しかった事に安堵した。ルナのとっておきの笑顔が見れてとっても嬉しかった。

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