第10話 冒険者登録

 



 翌日、クリスとルナは冒険者登録をするためギルド本部へ訪れた。

 レンガ素材の建物で、いかにも冒険者ギルドという感じが伝わってくるほどに渋い。


 ギルド内に入ると中央に赤いカーペットの敷いてあり、その通路の突き当りに『案内窓口』『相談窓口』『依頼受付窓口』と書かれたカウンターが設置されていた。

 そして通路の脇にはたくさんの机や椅子がずらりと並んでいた。


 ギルド内には冒険者と思えるような人はいなかった。

 クリスとルナはギルドについて何も知らないので『案内窓口』と書かれたカウンターへ向かった。

 すると2人に気がついた受け付けにいるお姉さんが声をかけてきた。


「冒険者ギルド本部へようこそ。2人は新規冒険者登録の方でしょうか?それとも依頼を受理等の要件でしょうか?」


「冒険者登録をしに来たの」


 昨日考えた予定通り、とりあえず冒険者登録するのが今日来た目的だ。


「かしこまりました。通路脇のテーブルでこちらに詳細を記入して頂きます。終わりましたらまたこちらにお声がけください」


 そう言って記入用紙を2人分渡された。

 クリスとルナは言われるがままにテーブルに着いた。


 その記入用紙には様々な事が書かれていた。


「ふむふむ、名前と年齢と性別、戦闘スタイルに希望ランク、そしてパーティー所属の有無ね」


「名前と年齢はいいとして、その他はなんて書く?」


「う〜ん、戦闘スタイルは魔法使いとかでいいんじゃない?」


「じゃあそうして、

 希望ランクなんてあるんだね」


「Sとか書いたら相手にしてくれないだろうしね」


「未定でいいんじゃない?」


「そうだね、未定で」


「パーティーはどうする?

 2人で組んじゃう?」


「基本一緒に行動するつもりだし、組めるなら組んじゃおうか!」


 手際良く記載しまたカウンターまで持っていった。

 受付嬢がそれに素早く目を通すといくつか質問してきた。


「クリスさんとルナさんですね。名前と年齢と性別、戦闘スタイルは問題ありません。希望ランクですけど未定とは?」


「う〜ん、早くランク上げたいですけどいきなりAなんて書けないじゃないですか」


 受け付けのお姉さんはクリスの言葉に軽く目を見開いたが、手を口にして微笑んだ。


「ふふっ、それもそうですね。

 戦闘スタイルは魔法使いとなっていますが経験はありますか?」


「はい、魔法には自身があります」


「はい、わかりました。

 今はもうギルド職員ですが去年までAランク冒険者だった方がいるのでその方に相手をしてもらいましょう。その方との試合でランクを決めさせてもらいます。よろしいですか?」


「はい、それでお願いします!」


 高ランクの人に相手をしてもらってランクを決めてもらう様に交渉しようとクリスとルナは考えていたのでその提案はとてもありがたかった。


「では冒険者になるにあたっての説明をさせてもらいます。」


 受付嬢が説明した事は主に一般常識の話だった。

 冒険者のランクは下からE<D<C<B<A<S<SS となっている事や、ギルド内での暴行禁止や、犯罪行為をすると冒険者の資格が剥奪され追放、あるいは国に存在する全冒険者ギルドから指名手配を受ける事などだ。


 最後に「2人は心配無さそうね」といいながら新しく出来た冒険者証明カードを渡された。


「無くしたら再登録に時間がかかってしまうので、しっかり保管してください。あと身分証明書にも使えますよ」


 受け取った冒険カードには名前と性別、そして魔法使いと記載されていた。

 ランクはカードの色で判断するらしい。

 Eが茶、Dが緑、Cが赤、Bが青、Aが銀、Sが金、SSが黒 だそうだ。

 2人の受け取ったカードは白だ。

 理由はランクが未定らしいからだ。


「はい、色々とありがとうございます」


「彼が……あぁ、その職員の元Aランク冒険者が午後過ぎには手が空くと思うのでそれまでお待ちしてもらってもいいですか?」


「はい、わかりました」


 2人はそう言い残してギルドを後にした。

 クリスとルナは話し合って試合の前に北門へ行き身分証明書の更新をすることに決めた。




 ───


 北門前へ行くと昨日いた兵士が勤務してした。

 どう話しかけようか迷っていたら私達のことに気がつき、話しかけてきた。


「おぉ、昨日ガゼフ殿といたクリスちゃんとルナちゃんではないか」


「兵士さんこんにちは。今日も勤務?」


「そうだ。2人はどうかしたのか?」


「冒険カードを作ったからガゼフさん名義の仮身分証明書を返しに来たの」


「随分と早いな!よしわかった。冒険カードと仮身分証明書を出してくれ」


 兵士は2人の名前と本人確認をし、カードを返した。


「よし、これで2人は正式で王都に滞在することができるぞ。また何かあったら言ってくれ」


「はい!色々ありがとうございます」


「おう!またな〜」



 その兵士は自身の持ち場へ戻っていった。

 やるべき事を終えた2人は昨日気になっていた屋台で肉串やらを買い食いをしながら冒険者ギルド本部へ向かった。




 ───


 結局する事もなく、約束の時間の前にかなりの余裕を持って冒険者ギルド本部についた。

 机のある椅子に座り、クリスがルナをおちょくり始めた。


「ねぇ、ルナ。計算問題で勝負しない?」


 するとルナが口を開いてクリスを見た。


「ぇ、クリスが私に計算で勝てると思ってるの?」


 クリスは計算が全く出来なかったからだ。


「今の私は一味違うぞ?」


「その根拠は意味がわからないけど……

 その勝負、私が勝ちをもらって良いわね?」


「できるもんなら!」


 クリスが胸を張って宣言した。

 ルナは試すように簡単な計算を言う。


「4,526+5,874-5,473の答えは?」


「4927」


「なっ!?え?ぇぇえええ!?」


 ルナが信じられない事を聞いたかのように驚いた。

 あの計算の大嫌いなクリスが即答したのだ。

 ルナにとっては驚愕だ。


「ふふん!凄いだろ〜」


 ちなみにこれは私が前世で得た綾の瞬間的暗算力の力だ。クリスだけの時は計算が苦手だったが。


「びっくりした。正解。なんでクリスが計算できるの?」


「なんででしょう?」


 クリスはいやらしそうに笑った。


「じゃあ次は私ね?541,658-74,532……「467,129っ!」……×2は?」


 クリスは敢えて長々と計算式を言った。それにルナはかぶせて答えたが問題続きがあった。


「え?……934,252?」


「ははっ、違います!」


「はぁ?あってるでしょ」


「467,129×2じゃなくて 541,658-74,532×2だよ?」


「あっ……」



 ちなみに541,658-74,532×2 の場合、先に掛け算を計算する。それを後に付け足したクリスの戦略にルナはまんまと引っかかったのだ。


 それに気がついたルナはもちろん抗議した。


「クリス、今の手口は卑怯だよ!」


「はははっ、ルナに計算で勝った」


「今のは納得いかない。私からもう1問……」



 なんだかんだで決着がつかないまま、クリスとルナはギルド職員が話しかけてくるまで計算勝負をしていた。

 結局引き分けで終わった。



 ───


 計算勝負の一部始終を見ていたギルド職員が苦笑いをしながら話しかけてくる。


「2人はクリスとルナで間違いないかな?」


「「はいそうです」」


 クリスとルナは、それが少し恥ずかしそうにはにかんだ。


「今回試験を担当するカイルだ。

 元冒険者で今はギルド職員をしている。よろしくな」


「「よろしくお願いします」」


 男性のギルド職員だった。試験でも相手になるらしい。


「では俺の後に着いてきてくれて」



 カイルはギルドの奥にある大きい扉に入っていった。後についていくと『地下闘技場』と大きく書かれた階段の前でカイルが待っていた。


「この階段を降りると看板の文字通り、地下に闘技場がある。これは冒険者ギルドの中でも王都の本部にしかないんだ。初めて見たやつはみな口を開けて驚く程だぞ?」


 カイルはそう言ってニヤニヤしながら2人を案内した。


 地下まで階段を降りると大きな扉があり、カイルが手を添えると少し大きな音を立てて扉が開いた。

 ギルド職員しか開けることができないとカイルが自慢げに言ってきた。


 そうして案内された地下闘技場はまさしく圧巻の一言だった。

 とても大きく地中がくり抜かれていて、光る石の照明が影なく全域を照らしており、まるでコロッセウムのような形状をしていた。


 いつの間にか現れた先の受付嬢さんが話し始めた。



「この試験について説明を致します。

 試合形式で行うので勝敗があります。

 まず、武器を使う場合は刃を潰した模擬戦用の物が全種類ありますのでそれらを使用してください。

 負けの定義は場外か降参、そして気を失うの3つです。

 また、私が戦闘継続が難しいと判断した場合は私が勝敗を決めます。

 ですが今回の試合は勝ち負けを決める事ではありません。

 2人の実力を測るためのテストです。それを1番に理解してください」


「「はい、わかりました」」


 クリスが思っていたよりとてもしっかりしていた。

 だが、それもそうだろう。最初の実力を見極めるのが目的の試験なのだから。そのギルドの質の高さにかなりの好感が持てた。


「ではクリスさんとルナさんは武器を使用しますか?」


「私は槍をつかう……魔法と併用していいの?」


 ルナが壁に立て掛けてある槍をとり受付嬢さんに聞いた。


「はい。大丈夫ですよ」


「じゃあ私はこの短剣を使うよ」



 そう言ってクリスはかなり近距離にいかないとダメージを当てられない、そして刃がなく模擬武器として有効打がかなり欠けてる短剣を取った。


 それを見たカイルは不思議そうな表情を一瞬作ったがすぐ切りかえた。

 そして説明を終えた受付嬢さんは武舞台脇の台に登った。

 審判のような役目をするようだ。


「では、開始します。カイルさん、所定の位置へ。

 クリスさんとルナさんはどちらが先にやりますか?」


「う〜ん、カイルさんが決めて」


「じゃあルナ。お前が先だ」


「うん、わかった。クリス行ってくる」


「ルナ、頑張ってね!」



 槍を軽く振り回しながらルナが武舞台に上がった。

 受付嬢はルナのその技術に、魔法使いと書いてあったのは間違いかと思わさせられるほどに魅させられた。

 カイルが剣を軽く構え、ルナも槍を地面スレスレに置いた。


 2人の準備が整ったと判断した受付嬢は合図を出した。


「始め!」


(【身体強化】ーっ!)

 カイルが自身を強化してルナへ駆けた。


 クリスとルナは女性だ。そして若い。なので殆どの人は舐めたり手を抜いたりするだろう。

 だが、カイルは油断しなかった。

 Aランク冒険者の名は伊達ではなかった。


(【思考加速】ッ!)

 だが、ルナも油断をしなかった。


 カイルの初撃をよく観察し、剣の柄を正確に足で弾いた。


 ルナはそのままバク宙をし、その勢いで槍を振り上げた。

 が、カイルには当たらなかった。


 カイルは初撃とは比べ物にならない程の物凄い速さでルナの後ろへ回った。


「っ!【ボルト・ランス雷化ける槍】!!」


 魔力探知で居場所を知ったルナは後ろへ咄嗟に魔法を放った。


「【剣技・突翔】ッ!」

 魔力を込めた槍を見てカイルは両手で剣を持ち、力技を放った。


 槍が迸り、剣が何かを纏う。


 それがぶつかり轟音と共に2人を吹き飛ばした。



 カイルは空中で体制を整え、次撃へ備えた。

 ルナは結界を張り、涼し気な表情でカイルの出方を窺った。


「そこまでッ!」


 受付嬢が叫んだ。


「2人の武器は壊れました。これ以上続ける必要性がありません。最初の少しの場面でルナさんの実力がわかりました」


 2人の武器は半ば折れ朽ちていた。

 武器にとってルナの魔法とカイルの身体強化した武技にはついていけなかったのだ。


 2人は少し残念そうな表情を浮かべるも、すぐ切りかえその意見を呑んだ。


「ルナ、見事だったぞ!正直驚いた」


「ありがとうございます」


 ルナとカイルが挨拶を終えると受付嬢さんが試験の進行を進めた。


「次試合を始めます。クリスさん。前へ」


 クリスはルナと代わって武舞台に上がった。

 あんな激戦があったのに舞台に傷は無かった。

 不思議そうにしていたら受付嬢さんが、そういうシステムだと教えてくれた。(どんなシステムだよ!)とクリスは心の中で突っ込んだ。



「カイルさん、休まなくて大丈夫?」


「あぁ、技を使ったが数十秒で終わっちゃったしな」


「それもそうだよね。ルナ強かったでしょ?」


「とても驚いたな。初撃に持ち手を蹴られるなんて初めてだった」


「あはは、でもカイルさん。驚いた割には切り返し早かったよね?」


「そりゃ、油断は禁物だからな」



 クリスはカイルのその姿勢がとても好感が持てた。

 受付嬢さんがカイル用の模擬剣を持ってきた。


「クリス。俺はお前がルナと同等かそれ以上に強いと見える……全力でいくぞ」


「そっか、じゃあ私は魔法使うね?」


「わかった。だが、俺が死ぬような魔法はやめてくれよ?」


 カイルがそう言って笑った。

 所定の位置に戻った受付嬢はその言葉に驚いた。

 あのカイルが出鱈目を言うとは思えなかったからだ。


「あはは、そんな魔法使わないよ〜」


「……できないとは言わないのか」


 既に受付嬢はもうこの試合を終了しても良いのではないかと考えていた。だが、規約で実力を見なくてはならない。始めざるを得ないのだ。


「……始め!」



 ──瞬間。辺りの空気が場を飲んだ


 カイルは驚愕で顔を染めていた。


 身動きが全く取れなかった。


 体が潰されるような……



「【アンティサイクロン高気圧のスペース空間】」



 その透き通った声だけが聞こえた。


 技を使っても、動こうにも何もすることができなかった。



 クリスが手を挙げ……降り下ろした。


 何かが俺の体を優しく包み込んだ気がした。



 次の瞬間、俺は瓦礫に埋もれていた。

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