第11話 魔法の概念

 



アンティサイクロン高気圧のスペース空間


 クリスの使った魔法はただの風魔法ではなかった。

 転生し、今までのクリスとは比にならない知識と能力を手に入れた。

 優菜の転生の力で受け継いだエレーナの情報処理力。綾の高度な科学的知識と演算能力。そしてクリスのおかしな程の魔力量。それは魔法の深淵……魔術へと昇華した。



 無から有は生まれない。魔法は魔力によって生まれる。

 すなわち現象的に魔力があればなんでもできるのだ。

 ただその魔法を完成させるにはそれに伴う知識、そしてそれを根源させる程の想像力と魔力が必要不可欠なのだ。


 今のクリスはそれを可能にできる全ての条件が整った。魔法はこの世の現状が元になる。火 水 風 地どれも自然にあるものだ。

 それを懇願するのが本来の魔法。


 綾の知識、それは発展した世界での常識。そこでは5元素の仕組みを学んだ。


 エレーナの情報処理力、それは元素の可能性。

 魔法の使い方を完璧に把握した。


 綾の演算力。自身の魔力の総量、使用配分、そして魔法の規模、効果を導き出した。


 最後にクリスの魔力。天才的な魔法センス。

 それは手足のように魔力を扱える超越した能力なのだ。



 人類では到達することができない魔法の境地、深淵。

 それは魔導と言い、それを使用する者は魔導者と呼ばれる存在であった。




 ───


 カイルが突っ込んだ壁がどんどん壊れていく。

 クリスは段々と血の気がひいてきた。


「なんてとんでもない魔法を使ってるのよ!?」


 滅多に声を荒らげないルナがクリスに向かって叫んだ。クリスは頭に手を置きヘラっと笑った。


「いや〜、そんな難しい事したわけじゃないから大丈夫かなってつい」


「相手の身動き封じてトドメ刺す!?」


 ルナの正論が痛かった。


「あはは……カイルさん大丈夫かな?」


「私が咄嗟に結界張ったから大丈夫だと思うよ」


「あやっぱり?私が少しやりすぎてもルナがいるから大丈夫かなって思ってたの」


「……その精神叩き直してあげたいわ」


 ルナはジト目でクリスを咎めた。

 実際にカイルは(ルナのおかげで)無事だったらしく、瓦礫の中から元気よく出てきた。


「ねえ、受付嬢さん。カイルさん場外だから私の勝ちよね?」


「え、えぇ。その通りです」


 受付嬢はカイルが無事だったのを確認して安堵し、クリスの質問に挙動不審ながら答えた。

 すると瓦礫から出てきたカイルが大きな身振りで叫んできた。


「お、おいクリス!?さっきの魔法はなんだったんだ!?死んだと思ったぞ?いや、なんで俺はあの瓦礫の中生きてたんだ?」


「カイルさんが死んじゃうと思って私が結界を張ったのよ。受付嬢さん、試合に手を出したけど問題はある?」


 ルナが事態をカイルと受付嬢に説明した。


「い、いえ。人命救助目的でしたら私も止めていましたし。助かりました」


「そう、なら良かった」



 するとクリスがカイルの前まで行き、謝罪した。

 さすがにやりすぎたと自覚していた。


「カイルさん、吹き飛ばしちゃってごめんなさい」


「いや。試合だったんだ。謝る事なんてない」


「そっか。良かった」


「ただ!あの魔法はもう二度としないでくれ….」


「あはは、わかったよ」


 カイルにとってあれはとても恐ろしい経験だった。身動きが全く取れなかったのだ。もう二度と経験したくないほどに心臓に悪かった。

 試験が終わり、受付嬢さんに「明日また来てください」と言われたので、使わなかった短剣を返却しクリスとルナは退室した。



 その後、ギルドの事務室に戻ったカイルと受付嬢は、2人の実力に関しての話し合いを始めた。


「カイルさん。お疲れ様でした」


「あぁ、そっちもな」


 カイルは柔らかいソファに腰を沈めた。

 それを確認して受付嬢が口を開く。


「クリスさんとルナさん、どうでした?」


「どうもこうもないな、2人共に俺以上の実力者だ」


「クリスさんは確かに圧倒的でしたけど、ルナさんと上手くやり合ってたじゃないですか」


「確かにな。俺は武技を使う。ルナは槍の巧みな動きで魔法と組み合わせていた。武器の扱いは俺に分があるとは思ったが、ルナの魔法もかなり強烈だ」


「……あの結界ですか」


「そうだ、あのクリスの魔法を無効化したあの結界。

 アレを張られたら試合にすらならなかったと思う」


「そう、ですね。ランクどうしましょう」


「……それについてはいい案があるんだが」




 ───


 翌日、クリスとルナは指定の時間にギルド本部へ訪れた。

 すると昨日の受付嬢さんが私達を待っていたらしく、すぐ奥の部屋へ案内された。

 部屋に入るとカイルさんと中学生くらいの赤い髪の少女がいた。


「クリス、ルナ。そこの椅子に座ってくれ」


 カイルの指示通りに椅子に座ると赤髪の少女が話し始めた。


「君たちがクリスとルナだね?

 私はここの長をしているエナ・ピータムだ」


「え?この女の子が?」


 クリスは意外そうにカイルを見た。

 カイルは苦笑いをしながら軽く頷いた。


「あぁ、この方はエルフなんだ」


「そうだ、私はエルフだ。女の子なんて言うな恥ずかしい」


 ギルド長のエナは照れたような素振りを見せた。

 その後すぐに本題を切り出した。


「2人もわかっていると思うが今日はランクの話だ。

 本来なら当日中にランクを決めるんだが、何せ前代未聞でな。試験官が手も足も出ないというのは。

 それで2人に渡したい物が1つある。

 まずは冒険カードの更新だ、提示してくれ」


 クリスとルナは白色の冒険者カードを手渡した。


「ナーベ、これを更新してくれ」


「かしこまりました」


((受付嬢さんの名前ナーベっていうんだ))

 そういえば聞いてなかったな、とクリスとルナは思った。



 1分もしないでナーベが戻ってきた。


 手渡されたカードは青色のBランクの冒険者カードだった。


「2人は知名度がかなり少ない。Bランクも数は少ないが目立たない者も多いからな。いきなりAランク以上にはできん」


 色々な問題があるのだとエナは言った。そして机から金色のSランクの冒険者カードを出した。


「そこでだ。これはあまり表に出して欲しくはないが、2人の実力と性格からみて渡しても大丈夫だと判断した。何かあった時に使ってくれて構わない。カードは不正ができないからな、これはギルド公認という事になる」


「なるほど〜」

「ありがとうございます」


 さすがにいきなりただ実力のある無名の冒険者が2人もSランクになったとなると、ギルドの評判というのが悪くなる可能性がある。

 クリスとルナはこのカードが使えると思えた。というよりCランクだと思っていたので、Bランクでも充分ありがたかったのだが。


 だが、ギルドがSランクにしたのには他の理由があるらしい。


「早速2人に受けてほしい依頼があるのだが、Sランクの実力を見せて欲しい。どうだ?」


 エナがクリスとルナに交渉を始めた。

 だが、2人は受ける依頼は日帰りと決めている。


「依頼によります。日にちがかかるのは嫌だし」


「あぁ、そういう事なら大丈夫だ。この王都の東門をしばらく真っ直ぐに進むと荒地があるんだ。そこにヘビーモスの群れが住み着き、荒地周囲にいた魔物共が王都へ逃げているそうだ。このままだと生態系が変わってしまうのでな。ヘビーモスの群れを仕留めてきてくれないか?」


「なるほど、その程度ならいいですよ」


 依頼内容からしてその日の内に終わらせられそうなのでクリスは即答した。

 するとカイルが発言した。


「ちょっと待ってくださいギルド長!

 この依頼はSランクですが、2人は初めての依頼です。本来ならAランク冒険者を招集して……」


「カイル、Sランク以上の実力があると言ったのはお前ではないか?」


「!それは、そうですが」


「それに本人達が受けてくれると言っているんだ。任せてみたいと思う。それに実力者は人手不足だからな。あーそう、もちろん危険だったら逃げ帰ってきてもいいからな?」


「はい!」


 こうして決まった。

 初依頼『ヘビーモスの群れの駆逐』


 最初から難易度が高そうだが、初依頼とあってクリスとルナは楽しみに感じていた。



 ───


 早速向かうということで馬を借りるか迷ったが、徒歩で向かう事にした。

 今のクリスならルナと一緒に空を飛ぶ事など造作もない。


 東門には初めて行く。そしたら昨日北門にいたあの兵士がいた。


「兵士さんまたあったね、なんで東門にいるの?」


「おお!クリスちゃんとルナちゃんじゃないか!

 今日は東門に人が少なくてな、派遣みたいなもんだ!

 2人はどこかに行くのか?」


「うん!今から荒地に行くんだ」


 荒地と聞いた兵士は顔色変えた。


「今はヘビーモスが暴れているらしくとても危険だぞ。近寄らない方がいい」


「大丈夫だよ!依頼なんだ」


「あぁ、冒険者ギルドの依頼なら大丈夫か。魔物共に気をつけてな。危なくなったらすぐ逃げるんだぞ」


 冒険者の依頼はその実力が無いと依頼を出さない。

 兵士は荒地周囲に用があるのかと思い込んだ。


「ありがとう!

 あぁ、そういえば兵士さんの名前聞いてないや!」


「そういえばそうだったな!

 私の名前はグランドという。改めてよろしくな」


 グランドと軽い挨拶を交わし、クリスとルナは王都を依頼で出る簡単な手続きをした。

 振り向くと兵士のグランドが手を振っていたので2人も手を振り返した。


 東門が見えなくなるとクリスが魔力を練り始めた。空を飛ぶためだ。

 その様子を見てルナが呟いた。


「相変わらず物凄い魔力量ね、どうなってんの?」


「今なら分かるんだけどね、今の私の本来の能力の何かだと思うの」


 クリス自体もよく分かっていなかった。


「そんなのがあるの?」


「……多分ルナにもあると思うよ。基本属性以外の魔法が得意ってだけじゃ済まない威力と精密度だし」


「そう言われれば、そうなのかもね」


「じゃあルナ、そろそろ飛ぼ?」


「うん。優しくしてね?」


 クリスの風は辺りを呑み込み2人を上空へと運んだ。

 軽く旋回をし、荒地への方角を定めゆっくりと飛んで行った。




 ───


 荒地へ向かって飛んでいる途中で人型の豚や、アナコンダのような大蛇、大型の虎といったE〜Bランク程の魔物が王都の方へと移動していた。


 このまま魔物達が王都へ進むとかなりの被害になるだろうとと考えた2人は、魔法で一掃することにした。

 ルナはずっと気になっていたことをクリスに聞いた。



「ねえクリス。その転生の力で前より魔法が使えるの?」


 ルナから見て今までクリスは、魔法の才能と馬鹿でかい魔力量で魔法を強引に創造しているように見えていた。

 魔力操作は無駄な消費が多いものの、その無尽蔵な魔力がカバーしていたので、クリスに伝えても「?」としか返ってこなかったのだ。


 しかし、『森の家』でクリスに会ってから魔力の質や魔法の精密度、魔力操作が前とは比較にすらできそうにない程のモノになっていた。


 馬車の旅でクリスは言葉を発していないのに、風から声が聞こえた時、その魔法の精密度が高すぎて意味がわからなかった。

 昔からしょっちゅう空を飛んでいたクリスだったが、今こうしてルナを包んでいる風は信じられない程に魔力に無駄がない。そして綺麗な風が組まれて流れている。


 どうして急にそのような事ができるようになったのか、絶対に何かあると思っていたのだ。


 するとクリスは首を傾げながら答えた。


「多分ね、魔力を理解したっていうのかな?

 魔法の理って言うの?それがわかった気がしたの」


 今度はルナが「?」を浮かべる番だった。


「魔法って本人の想像力っていうじゃん。

 私は違う世界の記憶があるの、その中に火や水などの元素の仕組みとかがね。イメージしやすいんだ」


 そういってクリスは笑った。

 ルナはその話を聞いて後で詳しく聞き出そうと決意した。


「じゃあルナ、私の記憶から成る魔法を見てて。

 ここらにいる魔物を吹き飛ばすからさ!」


 クリスが膨大な魔力を練り始めた。


「【グランド・スゥェル昇る足場】っ!」


 クリスとルナの下にある地面が隆起した。

 とんでもない強度の柱が真上に伸び、2人の足場となった。


 クリスがその柱に降りたのでルナは呆気になりながらも続けて柱に降りた。

 クリスの練る魔力量を見てルナは反射的に最大規模の結界を張った。


 そしてクリスが両手を前に掲げた。

 前方にとんでもなく大きい炎玉と泡立つ水玉が並んでいた。


「【バーニング・ボム灼熱の爆弾】【ディープ・シー深海の水】ッ!」


 真っ赤な炎と青く濃い水。

 魔法の効果は魔力に依存し比例する。


 炎の熱量は上空にあるにもかかわらず大地を焦がし、青い水を沸騰させた。

 水の圧力はとんでもないものであり、まさに深海の如く、その水球に収まりきれない程の水が圧縮されていた。


 消えぬ業火 鎮まる暴水。


 そのふたつを解くように優しく重ね合わせた。



 ─────────ッツ!!!!!!



 とんでもない爆発が起きた。

 空気が割れる音がした。


 クリスの魔法制御のおかげか王都方面の大地は傷一つ無く

 暴力的な爆発は前方広範囲に広がり、クリスの作った柱から先、荒地周辺木々それら全てが消えた。



 王都の民はその轟音と東方面の巨大な白い煙に身を震わせた。



 教会の神父が喚いた


「神の怒りだ」


 ……と。

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