第8話 王都への旅路

 


 未開拓の草原を一台の馬車が駆けていた。

 馬車の先頭には手ずなを握り、眠たそうに目を擦りながら馬を走らせている体格の良い男性がいる。

 その後ろの荷台にはぎゅうぎゅうに詰め込んである荷物と退屈そうにしている2人の少女が座っていた。


「ガゼフおじちゃ〜ん、まだ着かないの〜?」


 赤茶色のショートカットの髪をした少女クリスが気持ち良さそうに風を浴びながら声をあげる。

 その問いに苦笑いをしながらも、ガゼフは優しげに答えた。


「まだ出発してから4時間程しか経ってないぞ。まぁ丁度いい、少し馬車を停めて昼休憩にしようか」


「賛成〜!」


「よし、2人で良いポイントを見つけてくれ。

 日陰があり辺りが見やすい場所だ、水辺があると尚良い」


「「は〜い」」



 ルナが木影のある良い場所を見つけ、そこで半刻ほどの昼休憩を取った。クリスの水魔法で飲み水やその他諸々の心配は無かった。


「いや、すごいな。魔法を使える人がいるだけでここまで楽になるとは思わなかった。あぁ、旅商人にとって一番の問題は水なんだ」


「そういえばガゼフさんは魔法使える冒険者とか雇わないの?そうすれば解決する問題だと思うけど……」



 ルナが今まで村にガゼフが来る度に気にかけていた事を質問した。


「あぁ、それが一番なんだけどな……

 旅商人が雇うことができる冒険者とは、ただの護衛とは違う。冒険者自身の信頼が必要であるし、そうなると高ランク。そもそも多額の金銭を支払わなければならないのだ」


「なるほど、ガゼフさんは1人でこの仕事してるけど魔物とか危ないでしょ?大丈夫なの?」


「ふははは!この歳になって心配されるとは思わなかったぞ。ちなみに旅商人になるには王からの許可と冒険者で言うとB〜A以上の実力が必須になるってわけだ」


 旅商人とは、国からの許可を得た者しか就けない職なのだ。


「へぇ、つまりおじちゃん強いんだ?」


 冒険者ランクB〜Aとはかなりの実力だ。

 クリスは意外と思い、ニヤリと笑みを浮かべた。


「今じゃそこまで動けんと思うが……ここらにはそう強い魔物は出ん。出たとしてもすぐ逃げるさ」


「ふ〜ん、おじちゃんすごい仕事しているんだね!」


「ふははは!嬉しい事言ってくれるなクリスちゃん」


 クリスは情報処理能力がある、簡単そうにガゼフは話しているがその裏にある厳しさやリスクをクリスは正確に把握していた。



「そういえば、ガゼフさんは何で稼いでるの?」


 これもルナがずっと気になっていた事だ。


「あぁ、ルナちゃん達の村には港町アベラと王都の中間にあるから寄って休ませてもらってるだけで、実際売っていたわけじゃなかったから知らないよな」


「へぇ、村には何もないのになんで商人さん達が毎週来るのは何故かなって思ってたけどアベラまで行っていたの」


「そう言うことだ。じゃあ2人に質問だ!私はアベラまで行って何を王都まで運んでいると思う?」


 ガゼフはニヤリと笑った。クリスが挙手をする。


「わかった!魚介!」

「違う!腐る!」


「わかった!干し魚!」

「違う!臭う!」



「……塩でしょ?」

「ははは、すごいなルナ正解だ」


「荷台の荷物の殆どが土瓶だし簡単だよね〜」


「ちょっとまてクリス……知ってて間違えたのか?」


「いや、港町から王都までのこの期間を馬車で運ぶとなると塩しかないでしょ?おじちゃん馬鹿なの?」


「なっ……ちくしょうっ!」


「あーっはっはっはー!!」



(何この超寒いコント……)

 ルナは今までに無いほどのジト目で2人を見つめていた。


 休憩もそろそろ頃合だと、ガゼフが2人に声をかけた。


「よし、そろそろ行くか」


 3人は再び馬車に乗り、ゆっくりと揺られながら王都へ向かって行った。


 荷台には気持ち良い風か入り込み、穏やかな時間をすごしていた。





 ───


 あと2時間ほどで日が沈むのを察知したガゼフは2人に夜の見張り役の順番を決めとけと指示をした。

 本来、ガゼフは旅商人なので夜の見張りの対策は万全なのだが、2人の経験のため見張りをするという行為を重んじた。


 日の傾きの頃合を見計らって少し小高くなった見晴らしの良い平地に馬車を停めた。


「今夜此処で野宿をする。

 そのために2人に話しておく事がいくつかある」


 現役で命を懸けてこの仕事をしているガゼフの話を、クリスとルナは聞き逃さないようにと真剣に頷いた。


「多分お前らは夜になると闇に包まれたかのように感じるだろう。俺も初めはそうだった。

 人はな、目で見て行動をしている。だが魔物は違うんだ。人より遥かに優れた聴覚や嗅覚を備えている。我ら人にとって夜になると脅威なんだ。日中の数倍敵は手強く感じる。

 だからといって音を立てるな、匂いを出すなとは言わん。それはできない事なんだ。

 ……俺が言いたいことはただ一つだ、絶対に夜は油断するな。 わかったか?」


「「はい!わかりました」」


 ガゼフの言葉は2人の心に響いた。

 重さが違った。


(この旅では学べる事が多いな、ガゼフおじちゃんにちゃんと感謝しないと……っ!そうだ)


 クリスの悪知恵が働いた。


 《私》は魔術を使った ルナの周囲の風を性質変化させ言葉の周波を作りクリスの考えを風の言葉でルナに伝えた。

 その超高難易度の魔術に一瞬驚愕したルナだったがその内容を聞いていやらしい笑み浮かべた。


「「ねぇねぇ、ガゼフおじちゃん(さん)」」


「ん?どうした質問か?」


「裏を返せば音を立てないで匂いを消せれば安全って話だよね」


「まぁ、そんな事出来ないと思うがそれが出来たとするならばかなり安全になるな」


「じゃあ【ウィンド・ルーム風の部屋】」


「なっ!?」


 クリス中心に半径40メートル程の円体の風の膜が出現した。



「この魔法は物理的ダメージ無いから出入りできるけど、匂いと音を周囲に漏らさないようにできるの」


「そんな魔法があるのか!?」


「じゃ、私は【遮光物理結界】」


 風の膜のすぐ内側に薄暗い結界が張られた。

 そして辺りは暗闇に包まれた。


「お、おい!何をした!?急に暗くなったぞ!」


「私の結界は弱者を寄せ付けない……そしてこの結界は光を通さず、大抵の物理攻撃にも耐える。そして何故光を通さないかと言うと……」


「この魔法を使うからだよ【シャイニング光を宿す玉】」


 クリスの手のひらに光の球体が浮かび上がった。

 それは結界内を照らし、昼間と錯覚する程に明るくなる。

 クリスは光の球体を真上に打ち上げ、結界から5m下程に留めた。



「これで夜対策万全だね!そもそも夜じゃ無くなったし!あ、ちなみにあの光の玉、明るさの調節もできるよ!」



 ガゼフは開いた口が塞がらなくなった……


 万能のするお茶目は恐ろしいものだ後にガゼフはそう語った。


 見張りの経験を積ませるつもりがここまでの実力をみせてくれたので2人には必要ないな、とガゼフは考え見張りは誰もつけずにこの日は皆でお休みとした。




 ───


 長年商人をやってきたガゼフには体内時計がある。

 朝だと思いいつもの感覚で起きたら辺りが暗いのだ。

 緊急事態と判断しクリスとルナを起こそうと声を上げた。


「クリス!ルナッ!起きろ何かがおかし……あっ」

(そうだった、結界の事忘れてた……)


 歳のせいか普段と違う事がおきると過剰になってしまう。

(今の声で2人が起きてないといいが……)


 2人を起こすつもりだが、今の情けない声は聞かれたくなかったからだ。

 クリスが打ち上げた光の球体は就寝と共に消している。


「火を灯せ【イグニッション着火】」


 ガゼフは簡単な火魔法をその辺の枝先に使い、魔力を注ぎ続けて維持行い、仄かに辺りを照らした。

(俺は魔法系さっぱりだからなぁ)


 それは馬車にある大きなハルバートが物語っている。


「2人共、起きてるか?」


 クリスとルナのいる簡易的な木のテントを見つけた。寝る前ルナが自前のベッドとか言って作っていた気がする。

(なんだ……まだ寝てたのか)


「おーい2人共、朝だぞ。すぐ出発するんだから起きろ」


「……まだ暗い」


「……起きろおおおっ!!」


「「うわぁうるさい起きます起きます!」」


 2人はやっと目を覚ました。

 ルナに結界を解けと言ったら指をパチンと鳴らした。

 すると水面の波紋のように消えてなくなり、クリスの魔法も散った。


 昨日とても驚いたので最早何も言うまい。

 ただ、結界を解いた時差し込んできた朝日がとても眩しかった。

 ルナに次の結界は光を遮断しなくて良いと頼んどいた。


 寝た場所を片付け馬車に乗り込んだ。


 ゆっくりと馬車は動き出した。




「そういえばルナさ、『森の家』出る時わざわざ結界張ったのはなんで?しかも最高位の」


『森の家』に入るためには普通じゃない方法じゃないと入る事ができない。だからクリスはそこまでしなくても大丈夫じゃないのかと思っていた。


「あ〜、秘密にしてたけど地下の一角に私の秘密の調合所があるの……劇薬とか眠ってるからさ、誰かが偶然侵入し不発して此処が消えましたってなったら笑えないし」


「……ははは」


 クリスはもう何も言えなかった ただルナがめっちゃ怖かった

 そして1つ納得した。

(だからいつもルナが私より先に『森の家』に来てたのか!)

 クリスにとってかなりの衝撃事実だった。




 ───


 村を出て5日目。

 クリスは退屈すぎて移動中に空を飛んだり 馬と並走したり 自分の魔法同士をぶつけて遊んだりしていた。


 ルナは馬が不眠不休で動ける薬(一歩間違えたら死ぬ)や一時的に馬の身体能力を爆発的に向上させる薬(もちろん一歩間違えたら死ぬ)を手作り注射器に入れてドーピングを試みたがガゼフに止められていた。


 ガゼフは何を見ても驚かず、クリスの魔法の被害に合わないように馬を走らせルナの暴走をあしらっていた。


 もうこれ以上何事も無いようにと願いながら馬車を進めると、盗賊達絶好の獲物が現れてしまった。



 クリスとルナはじっとしてそいつ等を待っていた。

 逃がさないように、退屈から逃れるために……鬱憤を晴らすために。


 盗賊が目の前に来てしまったのでさすがにガゼフは馬車を停めたが、ガゼフにとって1番恐ろしいのはこの2人が現状に反応しない事だった。



「おいおい、そこの商人さんよ。金目のものと女おいて死ねよ」

「はははは ボス、それは飛ばしすぎですよ」

「だが結局そうするじゃんかよ」


 ガゼフはそいつ等の言う言葉が全く頭に入ってこなかった。


「はははは、女震えてやがるぜ?」

「どんな声で鳴くのか聞いてみたいですねぇ」


 ガゼフは2人のその震えがとても恐ろしく思わず馬の縄を外し、そして馬にしがみついた。

 馬も自然と後退を始めた……


「おいおい、商人さん女おいて馬だけ連れて逃げる気か?」

「そんなに震えてなっさけねぇなあ!」

「「「ははははははは!!」」」



 ガゼフはあの2人の口が三日月型に裂けたのが目に入った。

 馬と必死に逃げた。それはもう全力で。


 そして遠くで絶叫と悲鳴と嬉しそうな狂声が聞こえてきた……



「ヒャッハァーッ!キリング・タイムゴミ処理の始まりだあああああ!!!!!!!」


「あはははっ!! 生かしては返さんぞ?」


「……え?」 「あ、うそ」 「え、ちょやめ」

「ぎゃああああああああああ!!」

「ぎぃゃああああああああああああああ!!!」



 ───


 惨状が静まり返り、不気味な程の静寂が漂っていた。ガゼフと馬は岩陰に必死で身を隠し、息を殺して伏せていた。

 殺されないとわかってても、本能がやばかった。あれはやばかった。



 そろそろ戻るべきかと考えていると、すぐ近くの背後から2人の声が聞こえた。


「ガゼフおじちゃん?こんなところで何してるの?もうすぐ王都でしょ?早く行かないの?」


「おい馬、私のドーピングで楽して走るか自力無休で走り続けるか……どちらがいい?」



 1人と1匹は声にならない何かを口にして気を失って倒れた。


 ルナの治癒魔法とクリスの水魔法で意識を取り戻した(強制的)ガゼフと馬はすぐ仕事に戻った。


 ちなみに盗賊団一味は全員ボロボロになって地面の割れ目にスケキヨ状態になっていた。

 ガゼフはその妙に綺麗な角度で地面に刺さり、整列のように縦横整ってる彼らを見て、戦慄した。




 そして王都の外壁が見えてきた……

 所々ヒビが見えるがとても大きく広くでかかった。

 そして長かったような短かったような馬車の旅が終わりが近づいてきた。



 まぁ、ガゼフにしてみれば生涯忘れられないであろうひたすら長く終わりの見えなかった旅路だったが。

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