第7話 旅立ち

 


「パパ!ママ!私は……王都に行く!!」


 私は大声で宣言した。

 自分の意志を両親に強く口にするのは初めてだ。

 近くにいた父はクリスの急な変化に驚き、その言葉の意味を理解して神妙な表情を作った。



「クリス、それは「あなた、もうすぐ夕食ができますので食べ終わってから……ね?」

 ……あぁ、わかった」


 いつの間にかリビングに来ていた母は、父の言葉を遮りキッチンへ戻って行った。

 再び父と二人だけの時間に戻る。

 クリスは何となく気難しい気分になり、父は内心それはもう色々と考えを巡らせていた。



 しばらくして母から「ご飯できたわよ」と声がかかった。

 クリスは何か言わなければならないと謎の心境に陥り無駄に高い声で「やったぁ!」と言った 。

  ……すごく的外れな事を言った気がして後悔した。



 ───


 夕食が終わり母が食器を片付けてお茶を出してくれた。

 母が定位置の席に着いたのを見計らって父が話を切り出した。


「クリス、さっきの話なんだが……王都へ行くって本気か?」


「うん、もう決めたの」



 父は娘の気持ちを否定しないように様々な感情を抱えながらも優しげに質問する。


「何故こんな急にそう考えたのだ?」


「それは……私のために必要だから」



 私は自身の前世については語らなかった。

 両親にとっての私はクリスであり、クリス以外の私の気持ちを確かめるために旅に出るなどとても言えなかった。


「私のために必要……か」


 父は天を仰いだ。

 そんな父に母は苦笑いをした。


「貴方、もういいんじゃない?」


 父は渋い顔をしながらも、しっかりと頷きクリスの目を見た。


「あぁ、いつかこんな日が来るかと思っていたが、

 ……クリス」


「はい」


「お前はもう成人した、王都へ行く経験をいつか積むべきかと思っていた……それが少し早まっただけだ。行ってこい」


 父はとても力強い言葉を放った。

 クリスの心に響いた。


「パパ……ありがとう」


 母はその様子を眺め微笑んだ。


「えぇ、そうね。クリス一人で行くつもり?」


「ルナと二人で行く予定、明後日の商人さんに乗せてもらおうと思っているの」


「そっか、ルナがいるなら安心ね」


「そうだな、クリスが迷惑をかけるだろうから明日菓子持って頼みに行こう」


 しっかりとした雰囲気から一変した。

 それはもう気持ちが良い程に場の空気が変わった。


「え、それどういう「商人さんにもお願いしないとね」」


「そうだな、馬車が壊れたら私につけてくれと「ねえそれどういう意味!?」」


 私は父と母の優しさがとても嬉しかった。

 とっても温かかった。

 2人の私に対する気持ちが伝わってきて全てが終わってから絶対帰ってこようと心からそう思った。

 ここまで愛情込めて育ててくれた事に感謝した。



 ───


 次の日、私は明日の旅立ちに向け身支度みじたくなどをするために『森の家』に行った。

 相変わらず神秘的な場所でありとても静かだ。

 中央に佇む巨木がとても感慨深く感じた。

 そう思い耽っていたらルナが来た。


「あら、クリスの方が早いって初めてじゃない?記憶にないわ」


「あはは……私も記憶にないや」



 ルナはクリスと昔作った大きな戦歴板を見上げて呟いた。


「懐かしいわね……覚えている?あの板を作った時の事」


「覚えているよ、私の魔力でルナが歪な木の板を生み出して二人で削ったんだよね」


「そう、あの時急に2人の勝負の結果を記録する木の板作れとか言われたからびっくりしたわ」


「そしたらルナが喜んで無駄に大きいのを作ろうとしたから魔力ほとんど吸い取られちゃって」


「それなのにクリスが無駄に小さい字で書きながら全面埋めるという事からこんなアホみたいな戦歴になっちゃってさ」


「あの時はここまでのスケ─ルになるなんて思いもしなかっただろうね」


「そうよね、飽きずにいつも勝負して……じゃんけんとか腕相撲とかもしたわね」


「力勝負なら全勝した気がする」


「それはクリスが馬鹿みたいな魔力込めるからでしょ」


 とても懐かしくて感慨深くて、この場所が何よりも心地よくて……ルナと離れになるわけではないのに『森の家この場所』から旅立つ気がして……成長した気がして……涙が出てきた。




 ───


 2人は『森の家』で使っていた武器や器具を片付け、持ち出す準備をしていた。


「これは置いていって……これとこれは持って行こう」

「クリス!荷物は最小限にしてよね」

「は〜い」


 クリスは長年使っていた武器や乾燥させた果実(主に食料)を。

 ルナは自身が調合した薬や劇薬などを荷物に入れた。


「ねぇ、ルナ……そのバックが潰れたらどうなる?」


「ん〜、辺り一面が灰燼かいじんすかな?……あははっ、冗談だよ」


(あははっ、冗談に聞こえない……)


 なんてブツを背負ってんだ!と背筋が冷たくなった。

 こうして身支度を終え2人は『森の家』の出入口に立った。



「じゃ、今から入口に結界張るからね」

「りょ─かい、じゃあ最後に」



『いつか絶対、またこの場所に来よう』


 2人は出発地思い出にそう誓った。



 ───


 村へ戻るとみんなが出迎えてくれた。


「クリス!ルナ!お前ら出てっちまうんだって!?」

「これ持ってけ!」「これも持ってきな!」


 みんなとても優しかった。

 やっぱり、この村が大好きだなと感じた。


 家に着いて知ったのだが父が村長として皆を集め報告したらしい。

 明日村人全員のお見送りがあるそうだ。

 嬉しいけどなんか恥ずかしくなった。


 そしてゆっくり家族3人ですごした。

 2人の愛情が心地よく、温かかった。

 母が作ったご飯がとっても美味しく感じた。


 布団に入ったら王都への旅路、そしてそこからの冒険、彼との出会いに思いを馳せ、就寝した。




 ───


 朝、家族3人で朝食を済ました。


「行ってきますっ!パパ!ママ!元気でね!」


「おう、後でまた会うがその時は村長としてだからな、クリス」


「怪我しないようにね、なんかあったらすぐ戻ってくるのよ」


「うん!2人とも大好き!!」



 クリスは2人に抱きついた。

 3人でこうしたのは本当に久しく感じる。


「そうだ、クリスこれを持っていけ」


 父はそう言い小袋をクリスに渡した。

 中を見てみると金貨が10枚程はいっていた。


「えっ、こんなにいいの?」


「えぇ、ちゃんと私達2人のお金よ」


「こんな日が来ると思って貯めていたのだ」


「パパ、ママ ほんとに、ほんとにありがとう!!!」


 玄関まで行き、振り返る。精一杯の笑顔で言った。


「……行ってきます!」


「「行ってらっしゃい」」



 2人と別れを済ませた後、商人の元へ向かった。

 馬車の傍にルナがいる。私に気がついた2人は軽く手を振ってくれた。


「おはよ!ルナ!

 そしてお久しぶりです!商人さん!」


「おお!久しいねクリスちゃん。随分大きくなっちゃって……話は聞いてるよ!荷物は後に乗せといてくれ」


とても男前の商人は感慨深そうに馬車を指差し言った。


「えへへ、ありがとう!よろしくお願いします 」


「おう、よろしくなクリスちゃん!

 それと俺の事はガゼフと呼んでくれ」


「うん!わかったガゼフおじちゃん!」


 3人は旅の経路や注意事項の話し合いをした。

 しばらくして出発の予定の時間になり2人は馬車に乗り込んだ。


 村中はとても静かだったが、村の出入口に近づくと私達の見送りのために殆どの村人が集ってくれていた。


「クリス─!ルナ─!行ってらっしゃ〜い」


「たまには戻ってこいよ〜!」


「俺らの事忘れんじゃね〜ぞ!!」


「いつでも帰ってこいよ!」


「気をつけてね!!」



 クリスとルナは潤んだ瞳を袖で拭ってみんなに叫んだ。


「絶対忘れないよ─!皆んなこそ体に気をつけてね!!絶対帰ってくるから!みんな大好きだよ!!!!」


「うん!みんな大好き!!絶対戻ってくるから!!」


「「またね!!」」


 馬車が動き出した……

 ガゼフの気遣いかゆっくり動いている。


 遠目でクリスの両親とルナの両親が手を振っているのが見える。


「「「「行ってらっしゃい!」」」」


「「行ってきます!!」」



 クリスとルナはみんなが見えなくなるまで手を振り続けた。

 こんな素敵な素晴らしい場所が私達の故郷。

 絶対の絶対に帰ってくる。

 そう2人は何度目かわからない温かい感情に包まれながら泣いた。



 泣き止んだ頃の2人の表情はとても輝かしかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る