第6話 私の生って何?

 



 ルナとの勝負で体が疲れていたのですんなりと眠りについた。

 《私》はこうゆっくり眠れたのがすごく懐かしく感じた。



 ───


 次の日、私はクリスとして家を出た。

 ……とはいってもクリスは《私》なのだが。



 『森の家』へ向かう途中、ルナが先にいる事を魔力で感じ取れた。

 森の中を進み、普通ではない方法で木々の合間を潜り抜けると『森の家』についた。道を知らないと、その入口すら見つけることが困難なのだ。

 ルナも私に気がついていたらしく手を振ってきた。



「おはようクリス。

 ……なんかあったの?」


「!?いや、なにもないよ?

 おはようルナ」


 クリスの顔をまじまじと見つめたルナは首を傾げた。

 それにクリスは動揺した。


「一瞬クリスじゃない誰かかと思ったよ。

 おかしいよね、ここはクリスと私しか場所も入り方知らないし、なによりクリスの気配が──っ!

 ……貴方本当にクリスなの? 」


 ルナは笑いながら言ったが、話の途中でクリスの魔力の質の異質さに気が付き、問いただした。


 普通、存在魔力の質が、密度が一日でこうも変わるはずがないのだ。

 クリス自身に疑ったわけではないが、その魔力の質の変化の振り幅に肝を抜かれたのだ。



 ルナの驚愕とは裏腹に、クリスは少し嬉しく感じていた。


(ははっ……さすがルナだ。私のことなんでもわかっちゃうのかな?まるでかえでみたい───っ!?!!??)


 見落としていた。私は気がついてしまった。

 その運命のいたずらを。


「え……かえで、なの?

 あれ?涙が……」


 何故だか直感でわかってしまった。


(ルナはかえでだ。絶対にかえでだ!

 何故だか知らないけどわかるんだ。……また会えた)


 クリスは泣いてしまった。

 嬉しかったのだ……もう会えないと思っていたから。


 ルナは呆気にとられていたが、クリスを優しく抱きしめた。


 ルナは忘れてるかもしれないがこの温かさは優菜にとってかえでそのものだった。


 枯れてた私を、その存在だけで癒してくれた。


 ……そんな気がした。





 ────


 ルナは私が落ち着くまで待っていてくれた。

 そんな優しいルナが好きだと思った。

 話すべきか迷ったが、私は転生の事を濁してルナに《私》の説明をした。


 私には前世の記憶があるという事。

 それを昨日の夜、不意に思い出した事。

 私の大切な彼という存在がこの世界にもいる事。

 彼に会わなければならないという事。


 そして……

 ルナとはその前世でも幼なじみでとても仲良かった事。

 私は前世の記憶があっても、私は私だという事。

 だから……距離を置いてほしくないという事。



 そしたらルナはゆっくりクリスの手を取り優しげに言った。



「そんなこと抱えていたの……びっくりしたよ?」


「……うん」


「クリスの話を聞いて、正直急な事すぎてよく分からないよ?

 でも、クリスの言うことが本当にクリスにとってあった事なんだなと思ったの」


「うん」



 転生の話や前世の事など、急に教えられても困惑するのが普通だ。

 なのにルナは、クリスの言葉を信じた。



「その彼って人はクリスにとって大切な人?」


「……うん。とっても大切」



 とても大切だった。

 大好きだった。


 そんなクリスをみたルナは高らかにクリスに宣言した。


「そっか……なら、探しに行かないとね!」


「え……?」


 ルナが立ち上がった。クリスはルナを見上げる。


「その彼はこの世界にいるんでしょ?」


「多分、いると思う」


「今の私と前世の私は似てる?」


「……とっても似ている。優しいところとか。

 こんな私にいつも付き合ってくれてる事とか」


「それは前世の私も貴方が好きで一緒に居たんだと思うよ……」


「そんなの…………知ってるよ」


 誰よりも知っている。

 とっても大好きな私の……大切な幼なじみ。


「貴方は貴方でしょ? なら私が距離を置く理由なんてないでしょ?」


「……ゔぅぅ」


「今世でも幼なじみなんて運命だよ……違わない?」


「うん、そうだね」



 ルナはとっても優しく微笑んだ。


「私はどんな貴方でも応援してるよ。

 だって大切な幼なじみなんだからさ……」


「……うん、うん」



「だから貴方の彼探しの旅に……私もついて行くわ」


「えっ……でもそれは」


「いいのよ……貴方を独りになんてさせられないでしょ」


「ルナぁぁ……ルナぁぁぁあ!」


 ルナはそっと、クリスを抱きしめた。


「……やっぱり、貴方は貴方よ……クリス」


「うあああああああああああああ……」


 クリスの我慢していた感情が、涙と共に溢れ出した。



 ───


 ルナに泣かされたクリスは 取り憑かれたものが無くなったかのように良い顔になった。


 二人はルナが持参した昼ご飯を一緒に食べ、少し休んだ

 そしてルナは話を切り出した。



「ねえクリス、彼に会いに行くんでしょ?

 でも今世の彼の名前を知らないんじゃ見つけられないんじゃない?」


「ううん、私には彼がわかる。ただ実際に会わないとさすがにわからないと思うけど……」


 彼に会う前、確実に感じていたあの鼓動。

 心臓が破裂するかのようなちからの暴力。それが証明してくれるはずだ。


「彼はクリスのこと……」


「覚えてないと思う。私だけ覚えてるの。

 そういう私の能力だと思う」


 それは転生という能力。

 私だけが受け継ぐ記憶。


「そっか……今彼はこの世界にいるんでしょ?」


「絶対いる……そんな気がするの。

 そして多分同い年だと思う」


 前世も同い年だった。何となく、そう感じていた。


「そう、なら王都へ行こう」


「え?なんで王都?」


 クリスは不思議そうに首を傾げる。


「私達魔法使えるでしょ?だから王都で冒険者ギルドに入って、依頼をこなしながらお金を稼いで情報を集めるの」


「なるほど……確かに王都なら人の通りが多いしね。

 まあ、行ったことないけど」


「そうだね」


 2人はこの村から違う村や街へ出たことがなかった。


 こうして2人は今後の計画を建てていった。

  まず馬車を借りる事。

 といってもこれは毎週来る商人に乗せてもらえば良いと考え解決した。

  すると明後日この村を出る事になる。丁度明後日その商人が来る予定のはずだからだ。

 そして今日、親や村人達への説得だ。

 これが最大の鬼門だと二人は考えた。


「村長さんは許してくれるかな?

  クリスの場合村長さんよりも村人達からの反対の方が大変そうだけど……」


「あはは……ルナは大丈夫なの?」


「……多分大丈夫。

 ダメだったら魔法で何とかするからさ!」


「それは……やめとこ?」


「あはは〜冗談だよ」


(あはは〜冗談に聞こえない……)


 二人は晴々とした笑顔でこれからの事を考えていた。

 クリスは彼を早く見つけたい。それと同じくらいにルナとの旅を楽しみに思っていた。



 ───


 仕事を終えた両親が家に帰って来た。

 この村の人々の事を本気で考えており、その仕事への熱意は尊敬に値する程だ。

 クリスはどう切り出そうか今でも迷っていた。

 すると母がクリスに話しかけた。


「あら、クリス帰ってきてたの?おかえりなさい。

  貴方の方が早いのは珍しいわね……ルナちゃんは?」


 クリスがルナと一緒にいる時は帰りはいつも夕飯前になるのだ。


「……今日は早めに帰ってきたの。

  パパとママに言いたい事があって」


 母はなにか察したような表情をした。


「そう、夕食の準備があるから食べ終わった後でいい?」


「うん……」


母はそっとクリスの耳元に近づき囁く。


「……何か壊した?」


「なっ!違うよ!!」


「そう、ならいいわ」


 そう言って母はキッチンへ向かった。

(ルナも私が何かやらかしたかとかよく勘違いするし、そんなに問題児だったかなぁ……)


そんな事を考えながらリビングで寛いでいたら着替えた父がやって来た。

 久々に父と二人きりになった気がする。


「クリス……今日の狩りでは何を仕留めたんだ?」


 クリスとルナが仕留めた獲物や食料は村の倉庫に備蓄している。

 そこから村人へ流れるのでこの村は食料困難にならずに済んでいた。


「今日はね……狩りはしなかったんだ」


「ほぅ、あのクリスがか!珍しい事もあるんだな」


 父が楽しそうにニヤリと笑った。


「私そんなにそんなだった!?」


「言ってる意味が分からんぞ」


「むぅ……もういいよ!」



 一瞬怒った素振りを見せたがすぐ私は笑顔になった。

 こういうやり取りがとても温かく感じた。

 同時に寂しくも感じていた。




 いくつか気づかされた事がある。

 私は彼が好きだった…… だが今のクリスは彼を知らない。 正確には今世の彼を私は知らない。

 今世の彼を好きになった訳では無い。


 私は《彼》が好きなのだ。


 かえでやルナ そして幾度いくたびの私の父と母。

 彼らが死んだら私は……

 私はとても大切に感じていた。

 私が彼に囚われすぎてた?


 ……今世彼に会ってないから今冷静に思考できているのかもしれない。



 私が死ぬ……それは、それは彼らにとってどのように感じるのだろうか?


 それに巻き込まれたルナやその両親はどうなのだろうか?


 私はどうしたらいいのだろうか……



 ……だがそれでも彼に会いたい ただ、会って確かめたい。

 心が叫んでいる。

 今の彼を好きになりに行くわけではない。


 そうだ、私は……私の気持ちを



 ……確認しに行くんだ。



「パパ!ママ!私は……王都に行く!!」

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