第3話 彼との出会い


「どうしたんだ?そんな所で突っ立ってないでこっち入ってきたらどうだ」


 彼が話しかけてきた。

 彼が! 彼が……彼が? 彼は、何?


 軽い混乱状態になっていたが、私は言われるがままに部屋に入った。


「あ、あのっ!」


 なにか言わないといけないと、そんな気持ちに突き動かされた。

 気がついたら口が開いていた。


「どうかした?」


「あ、いえ、その」


「はははっ、そんなに緊張しなくていいよ」


「はい……」


 何故だか彼と話せて嬉しいという気持ちがとても強く心を揺さぶった。

 彼は優しかった。他の人とは違うオ─ラがあった。


(うちは何でこんなに?わからない。けど、待ち望んでいた気がする。……あれ?涙が)


 気がついたら左眼から涙を流していた。


「ほら、とりあえず座りな。なんか飲むか?」


 彼はハンカチを渡してくれた。

 受け取って涙を拭く。


「急に涙したからびっくりしたよ」


 彼はそう言って笑ってくれた。



 ───


 改めて思い出すとかなり恥ずかしかった。

 初対面の人にあんな醜態を晒すとは思わなかった。


(仮にも女優なのに!まだ新人だけどね)


 あの後自己紹介をした。

 彼の名前は伊藤 ヒカルと言うらしい。うちと同い年と言っていた。

 彼の事は忘れられないと思う。

 今まで意識した事がなかったけど、あの人がうちのタイプなんだと思う。


 連絡先も交換した!最近のSNSの緑のヤツだ。

 ちなみにお気に入りにしといた。

 かえでとヒカル君で2人目だ!


 そこまで話したわけじゃないのに、いきなりかえでと並ぶなんてすごいじゃないか!

 と、謎の上から目線で妄想のヒカル君と話したりした。


 挨拶が終わった後すぐにかえでの所に行き、興奮気味に報告した。



「かえでぇぇぇえええ!!!うちね!うちね!

  運命の人と出会っちゃったぁ〜〜!!」


「……は?」



 かえではいつもの呆れた顔じゃなかった。

 初めて見る絶句って感じの顔だった。

 とても女の子がしていい表情じゃなかった。


 掻い摘んで説明すると自分の事のように喜んでくれた。


 そして応援してくれた。

 私は自身を初めて幸せに感じたのだ。



 そして今、嬉しい事がおきた。

 彼から連絡がきたのだ!


 だがそれは仕事の内容だった。


(マネ─ジャ─さんが気を利かせてくれたのかな? でも連絡来ただけでも嬉しいや)


 あの時、優菜を見てニヤニヤしていたマネ─ジャ─さんならやりかねないと考えた。


『連絡ありがとうございます。

 〜〜の件一週間後の〇時に事務所前、了解です。

 了解しました!次会える日を楽しみにしてますね!』


(送信〜、っと待て!最後のなんかアピ─ルしてる感じになっちゃったかな?

 じゃあその一文だけ消して……そしたら味気ないなぁ。う〜んなんて返そうか)


 優菜はそんな事をずっと楽しそうに考えていた。



 ───


 新学期の日々はとても早く過ぎて行く。

 気がついたら7月中旬 もうすぐ夏休みがやってくる時期だ。

 あれからヒカル君と親しくなり、今では毎日連絡を取り合ってるくらいだ。

 その惚気っぷりにやられていたかえでだったが、最近慣れてきたのか上手くあしらえるようになっていた。


 そして今朝も惚気話から始まる……


「かえでえぇぇ!!聞いて聞いて!

  ヒカル君がね、ヒカルって呼んでもいいよって言ってくれたの!!」


 優菜が万遍の笑みでかえでに話しかけた。

 かえでは苦笑いをしながら話に付き合う。


「ゆうなが呼んでもいいって聞いたんじゃなくて?」


「違うもん!ゆうなって呼んでって言ったらゆうなって言ってくれて……えへへっ。でね、なんて呼べばいい?って聞いたらそう言ってくれたの!」


「それって言わせたっていう」


「言わせたっていわないよー!」


 とても嬉しそうにしていたのでかえでは優菜の頭を撫でた。


「そっか、良かったね」


「うんっ!」


「でもすこいよね〜、伊藤輝といえば最近有名だし、街中で見かけたらものすごい集団が出来上がるらしいよ」


「ね〜!そんなすごい人と……ふふ、私の王子様だよ!」


「そうだね、すごいすごい」


 優菜は笑顔が絶えなかった。

 もはやかえでの優菜遇えスキルは母親の域に達していた。

 それほど優菜が大切って事だろう。

 どの人が見ても微笑ましい状況になっていた。



「そうだ!ゆうな!夏休みせっかくなんだしヒカル君をデ─トに誘いなよ!」


「え、ぇぇぇえええ!?」


「大丈夫だよ!ヒカル君なら来てくれるよ」


「ほんと!?」


「うん!私を信じて!」


「でも〜恥ずかしいし、断られたら……」


「ヒカル君とのデ─ト、想像してみて?」


「……いく。絶対いく!!」


「よし!じゃ誘おう!」


「え、今?」


「今でしょ」


「………」


「………」



 かえでの額に青筋が立った。

 意図していなかったらしい。


「ささ誘います誘います!だから怖い怖い!笑わないからぁ」



「夏休み一緒にお出かけしませんか?」と連絡したら「OK」と即答だった。


 優菜はかえでに泣きながら抱きついた。




 ───


 7月の下旬、既に夏のピークのような厳しい暑さが続く中、待ち合わせ場所に30分前についた。

 緊張して少し早めに来てしまったからだ。

 待ち合わせ20分前になるとサングラスをつけた彼が来た。


 彼いわく、優菜の事だから早めに来そうだと思って少し余裕もって来たけどやっぱ優奈の方が早かったね。と、待たせてごめんね?と笑って謝ってくれた。


 優菜は私を考えてくれた彼の優しさに心温かくし、全然待ってないよ。と微笑みながら告げた。



 そうしてサングラスデ─トが始まった。

 最初に遊園地に行った。


「優菜!何か乗りたいのある?

 俺はジェットコ─スタ─乗りたいけどいける?」


「うん!ジェットコ─スタ─いけるよ!」


「じゃあそれには乗るとして……他に乗りたいのある?」


「う〜ん、あ!観覧車乗りたい」


「いいね!ジェットコ─スタ─の後に乗るか」



 彼がエスコ─トしてくれて、そして一緒に楽しめた。

 何よりも今の時間が優菜にとって大切なものだった。


 観覧車では彼が手を繋いでくれた。

 サングラスも取った。


「綺麗だね」


「……うん」


 園内を見渡せる観覧車はとても景色が良く、そのおかげか良い雰囲気になった。


 次は映画館に行った。

 恋愛モノの映画も見たかったが、笑える映画を選んだ。

 上映中も手を繋いだ。

 彼の肩があたってドキドキした。



 そうこうしている内に、デ─トは終盤に近づいてきた……



 2人は帰りの駅内のホ─ムにいた。


 彼は仕事で夏休みだと言うのにこれからまた忙しくなるらしい。


「だから暫く会えそうにないんだ……残念だけど」


 彼は本当に残念そうにしていた。

 恋愛経験が無いの優菜はこの抑えきれない気持ちをどうしたらいいかわからなくなって涙が出てきた。


 そんな優菜をみて、彼は場所も考えずサングラスをとり抱きしめてくれた。


「泣き虫だな…… 大丈夫だよ。そんな顔されちゃ抜け出してでも会いに行くさ」


 優菜は嬉しかった。


 故に言ってしまった。




 ──呪いの言葉を──



「嬉しいな、私のためにそこまでしてくれるなんて」


 涙を拭い、ヒカルを見つめた。直ぐに目が合う。

 手を手に添えて、力を込めると握り返してくれた。頭が熱い。


「ねえ、ヒカル」


 《ッ!!》


 胸が高鳴る。動悸が激しくなる。

 乱れる呼吸を整え、想いを言葉にした。


「私の事、す██?」



 私には世界が止まったように見えた。

 いや、ゆっくり動いてるようにも見える。


 彼が口を開いた瞬間……



 ─周りの音が聴こえなくなった─



 次に訪れたのは大きな衝撃。


(何が、おきて……)


 気がつくと私は線路に横たわっていた。

 右に振り向くと電車が迫って来ていた。電車の頭がとても大きく見える。


(……え? 私は、死ぬの……?)


 電車の音だけが妙に大きく聴こえる。


(そんなぁ、彼の返事、まだ、聞いて、ない、のに……)


「優菜ぁ!!!!!!」


 彼の大きな声が聴こえた。


(あぁ、彼だけは無事に……)



 電車がすぐそこまで迫る。


「?」


 私の体に暖かいが触れた。


 私の体が浮いた。


 そして……私のいた場所に



 彼がいた。



「!?」


(……え?うそでしょ?)



 声にならない声が出た。


「─っ!ひか『

 ……

 …………?

  あ………え?」



 彼が目の前から消えた。



 あれ?おかしい。


 なんで?え?わからない。


 どこ?どこ?どこ!?



 彼は……どこなの?



「─────っ!!!───────────────────────────ッ!!?!?──────────ッア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!?!?!!!???」



 絶叫と共に血肉が降り注ぐ……



 理解できなかった。


 意味がわからなかった。



 何もわからなくなった。


 ただ、彼が目の前から消えたという現実が。



 ……心を壊した。




 体が痛い。


 喉から声が出てる?なんか痛いかれる裂けそう。


 頭が焼ける。



 彼は……




 …どこ?




 気がついたら私も跳ねていた。





 死んだ。

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