ただ幸せになって欲しかった。それを伝えるには近すぎて遠すぎたふたり。

全編を通して、洗練された美しい文章で丹念に織り上げられた物語、という印象を受けました。

主人公は武官の名家の嫡男と、縁あって彼と兄弟同然に育った元孤児の男性で、ふたりはとても仲が良い……良かったのに、周囲を取り巻く人間や環境の変化に翻弄されて、だんだんと距離が離れていく。
まるでコインの表と裏のように、どちらかが光を受けるとき、もう片方には陰が落ちる。
そんなふたりの短くも激動の人生を、後世の歴史家による小説という体裁で綴った、いわゆる大河物語です。

特筆すべきは世界観の丁寧な描写でしょうか。
他はヨーロッパ調の舞台が多い中、ちょっと珍しい部類です。インドのような、タイのような、ときどき中国っぽくもあり、たまにネパールのようでもある。
オリエンタルな雰囲気が好きな人にはたまらない舞台設定でしょう。はい私のことです。

個人的に海外の民族文化・生活風俗に関心が強いため、衣装や小物、慣習に至るまで細かく(かつ、物語への没入を邪魔しない必要最低限の描写に留めて)描かれているところが非常に味わい深かったです。
とくに、さらりと嫌味なく表現される身分社会、男性社会的な文化背景には幾度となくハッとさせられました。
昨今は近代的な人権思想に基づいて理想化された世界観の作品が多い中、敢えてそうした前時代的な表現を恐れず用いる作者の度量には感服します。

しかも、いずれも決して派手な科白やシーンを用いず、ごく自然に当たり前に流れるようにそこにあるだけ、というささやかさにいっそう現実味を覚えてしまうのです。
差別や偏見は決して特別なものではなく、誰にでも、どこにでもありうるものなのだということを、この作者は知っている。そう感じました。

一方でこの物語は愛にも満ちていて、そして同じくらい裏切りと失望にも塗れている。愛するがゆえにほんとうのことを話せない、守りたい、傷ついてほしくない、家族が欲しい――どれも人間として当たり前の感情だからこそ、読んでいて何度も胸が抉られました。
個人的に一番グッサリきた一文を勝手に引用させていただきます。

>何の役に立たなくてもいい、ただ生きているだけでいい、そんな人間になりたかった。恩讐や貸し借りのない関係が欲しかった。

無償の愛情が欲しい。それは、現代人にも通じる感情だと思います。
そして何より悲しいのが、じつは彼には、とっくに無償に近い愛が注がれていたこと。それを気付くのがあまりに遅すぎたということですね。

上のモノローグが誰のものかは、ぜひ本文にてご確認ください。


まとまりのないレビューになってしまいましたが、以上です。
長々と失礼いたしました。

最後に作者さまへ、素敵な時間をどうもありがとうございました。

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