私の世界では一人もいなかった
――気が付けば時計の針は、間もなく頂上に達しようとしている。
彼の両親は未だ聖夜のデートから帰ってきていない。
「ねえ、やっぱり、あなたの遺伝子情報、譲ってもらいないかな…。あなたはすごくロジカルで潔癖で、でも優しい人。私達とは考え方が全然違う。あなたみたいな人が、私達の世界には必要だって確信した」
「え、俺にそんな価値なんて…そう言って貰えるのは嬉しいけど…」
「あと7個箱が必要なのは分ってる。でももう時間がないの。私はあと10分で元の世界に帰らなくちゃいけない」
「あと10分!?え、いや、さすがにそんな早くは、いくら俺が童貞とはいえ…」
「この部屋に落ちてる髪の毛一本でいいの、私にもらえないかな?」
「……え、…髪の毛?」
彼は、ぽかんとしたまま、私がつまんだ彼の髪の毛を見る。
「え、遺伝子情報って、髪の毛でいいの?」
「うん。DNAがあれば」
彼はどさりとベッドに倒れこむ。どうかしたのかと駈け寄ると、髪の隙間から見える彼の耳はまたもや赤くなっているのが見えた。
ここまで派手に倒れこむ人を見たことはないが、似たようなことをしている人なら見たことがある。これは照れ隠しだ。しかもいわゆる"穴があったら入りたい"というタイプのものだ。
「ご、ごめん、俺勘違いしてて…俺なんかの髪の毛でいいならどうぞ持って行ってくれ」
「いいの?ありがとう!」
「あ…いや…こちらこそありがとう、ラム」
「私は何もあげてないよ?」
彼の髪の毛を持参したジップロックに仕舞うと、彼は耳を赤くさせたまま、のっそりと透明の箱を差し出した。私の手のひらの上に、無質量の透明の箱が置かれる。
それは確かに無質量なはずなのに、手のひらから何か温かいものが流れ込んでくるような気がした。
「これも、持って行ってくれ。『友達になる』箱」
「いいの…?」
「ああ、ラムの箱もくれないか?」
私と彼は、二つ目の透明の箱、『友達になる』箱を交換する。
「4000年も生きるのに、随分忙しないんだな。こんなたった数時間しか居られないなんて」
「あなたの世界線に影響を及ぼす訳にはいかないから。でも、もしかしたらまた来れるかもしれない。そしたら、次の箱、頂戴ね。あれ?次の箱ってなんだっけ?」
「…リボンを着けて待ってるよ。中身はお楽しみだ」
彼は眉をさげて、眉間に少し皺を寄せて、くしゃっと笑った。
そんな風に笑う人は、私の世界では一人もいなかった。
fin
五次元少女の傾聴 いましめ @rebuke228
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