彼との会話劇は面白かった

「さて、どうして"今日"、"俺"なのか、"何の為"に来たのかは分かった。最後にもう一つ、異なる遺伝子を求めるのは近親を防ぐ為か?」

「それもある。けど、本当の目的は『多様性』と『価値観』の獲得。同じ人間が100人居ても新しいアイデアは生まれない。私の世界は、思考が停止したまま凍りついている」

「なるほどねー」


 彼は合点がいったのか、今までぴんと伸ばしていた背筋を緩め、背もたれによりかかった。


「じゃあ、まず、一つ目の箱をプレゼント。俺はお前のことを少し知った。『知り合いになる』箱だ」


 彼は私に、一つ目の透明の箱を手渡した。

 握手を求められたので、その手を握る。彼の手は、私の世界の「男」の手よりも随分と暖かくて、大きくて、ごつごつしている。新鮮だった。


 彼の部屋の時計を見る。制限時間は、あと4時間。

 ――時計の針がてっぺんを指すその時まで。


「さて、じゃあ何して遊ぶ?」

「あなたの話が聞きたいな」

「結構な無茶ぶりを…面白い話はないぞ」

「面白くなんてなくていい、あなたという存在が知りたいの。あなたはどういう背景で育ち、どういうフィルターを持っているか、どういう『枠』や『殻』の中にいるのか」


 私と彼は、4時間たっぷりと話をした。

 彼との会話劇は面白かった。


 例えば、彼はよく、人の気持ちがわからない、冷たい人間だと言われてしまうことがあるらしい。


「なになにが辛いんだーみたいな話を聞いたとき、俺はそれの何が辛いのか分らない時がある。だから、何が辛いのか聞いて、どうしたらそれを解決できるのか言うと、『人の気持ちがわからない、冷たい人間だ』って言われるんだ」

「それは、相手が『辛い』と思ってる気持ちをあなたが分かってないからじゃない?」

「だから聞いたんじゃないか、なんで辛いのかって」

「そうじゃない。『辛い』と思っているそのことを認知してあげないといけない」

「してるよ?『辛い』って言ってるから、当然辛いんだな~って思ってる」

「でも相手は、あなたがそう認知していることが分からない。どうして辛いのか?って聞いたら、『辛いと思っていることを分かってくれない』と取る場合もある」

「え!?」

「だから一言、そっか、辛いんだな。って言うだけで相手は救われるかもしれない。何がその人を辛い気持ちにさせたのか、あなたがその理由に同調する必要はないし、理解する必要もない」

「…そ、そうなの?」


 そして彼は、顎に指をおきながら、神妙な顔をして告げた。


「いや、そもそも『辛い』と相手に認知される必要が何故あるのかわからない」


 彼にとって、相手に「気持ちが共有されたかどうか」に価値が見いだせなかったらしい。

 彼は遺伝子情報獲得の為に8個も箱を用意するけれど、悩みに対しては非常に合理的な思考の持ち主だった。私達にはない考えだった。


「『辛い』を認知してほしい人もいるんだよ。私も、辛い時は、そっか辛いんだねって言ってくれたら嬉しいタイプ」

「嬉しいのか、…だったらそう言ってあげられる人間になりたいな」


 私は、辛い時は、「辛いんだね」と一言言ってもらえればそれでいい。辛い私を認知してくれればいい。解決策を求めているときは、"辛い"とはわざわざ言わず、問題だけを提示する事の方が多いだろう。

 彼にはそういう機微が分らないらしい。


「でも、それだけじゃ問題は解決されない」

「解決策は、相手が求めてたら"助言"すればいいと思う」

「?、解決したいから相談したんだろ?」

「そうだけど、解決策を求めてる訳じゃない場合もある」

「え、じゃあなんで俺に話したの?」

「本当に、ただ聞いてほしいだけなんじゃないかな。それなのに、あなたはきっと、その人に解決策を提示したんだと思う。こうすれば良い、って」

「うん、した」

「でも、その人はもういっぱいいっぱいなのに、あなたが"こうするべきだ"っていうから、その人は自身を否定されたように感じたのかもしれない」

「ええ!?」


 彼は、目から鱗、まさにそんな顔をしていた。


「そんな、否定するつもりなんて!俺は力になりたいって思っただけで…」

「うん、分かるよ。あなたは解決への最善策を提示しようと、その人の為に考えてくれる優しい人。でも、そう捉えられない状況の人もいるっていうだけ」

「…そういう考え方もあるんだな」


 私は彼の話に全く同感できなかった。

 でも、それが面白かった。私は彼の「枠」を知り、彼は私の「枠」を知った。それが『共感』だと、『存在を知る』ことだと、私は思う。


 彼は優しい人だ。


 それともう一つ、こんな話を聞いた。

 彼はものをストレートに言いすぎてしまう節があり、よく他人にキツイと言われてしまうことがあるらしい。


「もうちょっとやんわり包んで言えればいいんだけどな…」

「でも、それはあなた自身はストレートに言って貰った方がありがたいと思ってるからでしょ?それはあなたが持ってる『枠』の中にあるあなたの正しいことで、あなたはそれが良いと思ってしている。相手は、迂言することが正しいと思っている。無意識にね。だから別にあなたが悪いという訳ではない」

「や、でも、結構傷付けてるっぽいし、直さないと」

「あなたの言葉にはいい意味で飾りがないから、剥き出しの言葉でやりとりができる。嘘がないから、周りはあなたのことを信頼していると思うよ」

「……」

「この時代の日本という国のお国柄、そういう気質の人が多いだけ。ただ、迂言してほしい人もいるんだな、って思って話をするだけで緩和されると思う。『回りくどい言い方をすることが良い』とは思えないかもしれないけど、相手はそう感じていると理解するのが『共感』。同感することも同調する必要もない。相手に共感することが大事だって私は思う」

「…そうかな、ありがとう」



 彼の話に同感することはできなかったけれど、彼に共感することはとても楽しかった。

 彼の「枠」や「殻」は私たちにないものばかりで面白い。

 こんなにも違う人間が何十億人もいるこの世界は、いったいなんて面白いんだろう。

 どれだけ新しいアイデアが生まれていくんだろう。


 それを考えるだけで、私はとてもわくわくした。

 私たちの世界は、思考が停止したまま凍り付いているから。

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