五次元少女の傾聴
いましめ
彼はとても変わった顔をしていた
「地球は、ついに五次元に到達したの」
私は、目の前にいる、変わった顔をした少年と話をする。
彼はとても変わった顔をしていた。
目と耳は二つ、鼻と口は一つ。眼がたった二つしかない。その個数にも驚いたけれど、特筆すべきは、その各パーツの不思議な造形だ。そのような造形の顔を、私は見たことがなかった。
目は幅の狭い二重で、垂れている。鼻も少し低い。唇は色素が薄いけどふっくらと柔らかそうで、肌は日焼けして茶色くなっている。そして、なんと顔に無数のドットが着いているのだ。それは最早アートだった。
「五次元ってなんだ?」
そう言って彼は首を傾げる。
私の住む世界では当たり前の事だが、まだ三次元の世界に住んでいる彼は、五次元を知らないらしい。
「四次元は点と線と空間と時空の世界、だろ?五って、あと一つ何が加わるんだ?」
「スリットだよ。点と線と空間と時空と、スリットの世界。つまり、並行世界」
地球はついに五次元に到達し、私達は並行世界を跨ぐことに成功した。
私はこの日この場所に、目的を持って並行世界より飛来してきたのだ。
「パラレルワールド…SFがガチ!!ラム、お前本当に人間なんだよな…?」
「そうだよ」
そう言って、彼は私の額にある瞳を遠慮なく見つめ、興奮気味に頬を紅潮させ、しかしその手は器用に橙色の果実の皮をむいては口に放り込んでいた。
私の額には眼がある。この世界線では『第三の眼』というらしい。
突如彼の部屋に現れた私とこの額の瞳に、最初は気味悪がって恐れおののいていた彼だが、ひとしきり驚くとかえって冷静になったらしく、私に質問をした。まずは名前。そして何処からやってきたのか。
名前はラム。 どこから来たのか答えたが、彼は全くぴんと来ていなかった。当たり前である。私は並行世界からのタイムトラベラーなのだから。
「じゃあ、歳は?同じくらいに見えるけど」
「さあ、私が住んでいる世界では『西暦』などとうの昔に終わっているし、人は100年では死なない。そもそも1年は365日ではないし」
「え!?西暦が終わったの!?平成ではなく!?」
「アンチエイジングと医療が進んで、私達の平均寿命は、こちらの世界に換算すると4000年以上あるらしい。あなた達は生まれて何ヵ月経ったとか、何日経ったとか、そういうのを気にしてないよね、それと同じ。この世界で私の年齢を計算するのはとても、面倒」
彼はなるほど、と呟いたまま何か考え事を始めた。
彼は私と話をしているが、もちろん彼の言葉と私の言葉は違う。私たちの会話はホログラムに映る翻訳機を通して行われていた。
――西暦2000年代と言えば、肌の色、髪の色、眼の色から、個人の趣味嗜好、表現まで、ありとあらゆるものに対して「多様性」が叫ばれた時代である。
彼の顔はとても変わっていた。
それは彼がとてもブサイクな訳でも、端麗だった訳ではない。そもそも私達の世界では人の造形に対して美醜の概念は存在しない。みんな同じ顔をしているからだ。
地球上にいる白い人も黒い人も黄色い人も、みんな融合して分裂して、ぐちゃぐちゃになった。私たちは遺伝子的にも、見かけ的にも、ほぼ『同じ人間』になった。
私の世界では、皆私と同じ顔をしている。
違いと言えば、そこに生殖器があるかないかくらいのものだ。
人間だけではない、地上・海中、あらゆる生き物がぐちゃぐちゃになった。目は三つになったものの、三次元の彼らと似たようなシルエットを持っている私たち「人間」という種が、いかに自分たちを神聖視し、排他的な存在だったか分かる。
例えば彼の家にいる「パグル」という犬種の犬だって、"可愛さ"という人間のエゴに依って「パグ」と「ビーグル」を合体・量産させたというのに、自らが変わることは嫌がったようだ。
「で、なんでお前はここに来たんだ?このクリスマスの夜に」
「それは、あなたの遺伝子が、私達の遺伝子と最も離れた遺伝子を持つ個体だから」
「遺伝子?」
「そう。私たちの遺伝子に変化を
それから少しの間、目の前の少年と見つめ合う。自分と違う顔を見るのはとても新鮮で、顔を真っ赤にさせた彼はとても表情豊かで面白かった。「ハレンチ!」「えっち!」「ばか!」などと、おそらく罵声であろうスラングを私にぶつけて来る。
「どうして嫌がる?この年齢のあなた達は遺伝子情報の獲得が大好きだと聞いた。タイミング的にも何も問題はないはず」
「そうだけど!俺は順番を大事にしてるの。まずは手を繋いで…いやその前に、恋人にならなくちゃいけない。その後、手を繋いで、ハグをして、キスをして…そしてお互いの信頼が生まれた上で契りを結ぶんだ」
彼はトントン、と、見えない箱を左から右に置いていく。
私は、彼が一番左に置いた、私から見て一番右にある透明の箱を指さした。
「その箱、どうやったら私はもらうことができる?」
「は、ハコ?」
「今あなたが置いた、『恋人』『手を繋ぐ』『ハグ』『キス』『チギリ』。全ての箱を集めないと遺伝子情報が獲得できないという規則なら、私はそれに従う。この世界のスラングでいうと…"郷に入っては郷に従え"。五次元世界の規則」
「規則って訳ではないけど…、いや、まあ、そうだな。規則だ」
「ところで『チギリ』というのは、あなたの遺伝子情報を獲得できる行為に当たる認識に相違はない?」
「あ、ああ…」
彼は何故だか照れくさそうに頭をかきながら、小声で相槌を打った。
この世界線に来る前、「日本の男子高校生」というものを勉強してきたが、流石多様性の世界線。彼は勉強した「日本の男子高校生」とは随分とかけ離れていた。
「それで、その箱はどうやったらくれるの?」
「この箱を獲得するため為には、また別の箱が必要なんだ。『知り合いになる』『友達になる』『恋をする』この3つだ」
なんと、遺伝子情報獲得までには8個もの箱が必要らしい。
「ラム、お前がこの世界に来たのは俺と契りを結ぶ為らしいが、この8つの箱がないことにはできない。"郷に入っては郷に従う"アンダスタン?」
「あんだすたん?どういう意味?」
「”理解したか?”」
「ああ、understandの派生か。変わった発音で翻訳機が認識できなかったみたい。それもこの世界のスラングなんだね」
私は翻訳機に、「あんだすたん=理解したか?」と入力する。
彼はまたしても耳を赤くして、悩ましげに顔を伏せていた。
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